「重なる記録」
朝、フロアのテレビは消えていた。
岸本が、デスクで資料を見ていた。
「主任、おはようございます」岸本は言った。
「おはようございます」
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「今日は、テレビ、つけてないんですね」ハルトは言った。
「もう、落ち着いてきたみたいです」岸本は言った。「向こうの報道、見ました? デモの規模、小さくなってるって」
「そうですか」
「日本のほうも、本部前、もう誰もいないみたいですよ」岸本は言った。
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リアが、フロアに来た。
「神崎さん」リアは言った。「三島さんのことで、少し」
「はい」
「田中さんと木村さんに、三島さんの方法を教えてもらいたいんです」リアは言った。「研修の参考事例として」
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「三島さんは、何か言っていましたか」ハルトは言った。
「快諾してくれました」リアは言った。「ただ、本人は『うまく説明できるか、わからない』と言っています」
「サポートします」
「お願いします」リアは言った。
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午前中、三島が、田中と木村に説明していた。
楽譜を、机に広げていた。
「ここが、発動点です」三島は言った。「ここが、収束点です」
「楽譜の、フレーズの終わりってことですよね」田中が言った。
「はい」三島は言った。
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木村が、紙を見ていた。
「自分にも、こういう、わかりやすい目印があれば」木村は言った。
「探してみるといいと思います」三島は言った。「楽譜じゃなくても、何でも」
ハルトは、少し離れた場所で、見ていた。
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「神崎主任」三島が、ハルトに気づいた。「これで、合ってますか」
「合っています」ハルトは言った。「三島さんの言葉で、説明できています」
三島は、少し笑った。
「ありがとうございます」
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昼、岸本と食堂に行った。
「三島さん、もう、教える側になったんですね」岸本は言った。
「はい」
「早いですね」岸本は言った。「主任が、新人研修担当になってから、まだ二か月くらいですよね」
「そうですね」
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午後、窓口業務をした。
申請者が来た。
普通の申請だった。
質問も、普通の内容だった。
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別の申請者が来た。
「最近、ニュースで、いろいろ見ますけど」申請者は言った。「ここの審査、変わったりしないんですか」
「特に変更はありません」ハルトは言った。「これまでと同じ基準で、審査しています」
「そうですか。よかったです」
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夕方、リアの部屋に行った。
「デイヴィッドから、何か連絡はありましたか」ハルトは言った。
リアは、少し間を置いた。
「ありません」リアは言った。「神崎さんから聞かれたら、伝えると言われています」
「わかりました」
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「デモのことは」ハルトは言った。
「世界的に、規模は小さくなっているようです」リアは言った。「ただ、なくなったわけではありません」
「サクさんのことは」
「変わりはないはずです」リアは言った。「変わりがあれば、デイヴィッドから連絡があります」
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「神崎さん」リアは言った。
「はい」
「何か、気になっていることがありますか」リアは言った。
ハルトは、少し間を置いた。
「特にありません」ハルトは言った。
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リアは、ハルトを見た。
何も、言わなかった。
「今日は、お疲れさまでした」リアは言った。
「お疲れさまでした」
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岸本と一緒に、庁舎を出た。
「主任」岸本は言った。「最近、ノート、よく見てますよね」
「そうでしょうか」
「気のせいならいいんですけど」岸本は言った。
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家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を過ぎていた。
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サクに電話した。
呼び出し音は、鳴らなかった。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
同じ案内だった。
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ハルトは、ノートを開いた。
新しいページではなく、少し前のページを、見た。
同じ言葉が、並んでいた。
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「電話、まだ繋がらない」
そのページにも。
その前のページにも。
その前のページにも。
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ハルトは、ページを数えた。
同じ言葉が、何回あるか。
数えるのを、やめた。
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新しいページを開いた。
日付を書いた。
その下に、書いた。
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「三島さんが、田中さんと木村さんに、自分の方法を教えた」
「窓口で、審査基準は変わらないと答えた」
「デモの規模は、小さくなっている」
「デイヴィッドからの連絡は、まだない」
「電話、まだ繋がらない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
ノートを閉じなかった。
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ハルトは、閉じたノートの表紙を、見た。
繋がらない、という記録が、増えていく。
それだけが、増えていく。
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ノートを閉じた。
今日のことを頭の中に入れた。
岸本の「最近、ノート、よく見てますよね」という言葉。三島が教える側に立っていたこと。リアの「何か、気になっていることがありますか」という言葉。窓口で「審査基準は変わらない」と答えたこと。そして、今日も、同じ案内が流れたこと。
全部、残った。
毎日、何かが、少しずつ進んでいた。
三島は、教える側になった。
デモは、小さくなっていた。
それでも、変わらないことが、一つあった。
サクと、連絡が取れないこと。
窓の外に、六月の初めの夜があった。
雨が、降っていた。
寝た。
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第百三十四話 了




