「ノートを開く」
ホワイトハウス内の、客室だった。
ベッドと、机と、椅子があった。
窓に、カーテンがかかっていた。
サクは、椅子に座っていた。
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机の上に、バッグがあった。
中に、教授から預かったフォルダが入っていた。
サクは、しばらく、バッグを見ていた。
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コールの声が、頭の中に残っていた。
「君は、どうしたいのか」
答えは、出なかった。
ただ、その問いだけが、はっきりと残っていた。
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サクは、バッグから、フォルダを取り出した。
机の上に置いた。
開かなかった。
少し、間を置いた。
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開いた。
紙の束だった。
一枚目は、数式だった。
教授の字だった。
知っている数式だった。
エマの未発表データと、同じ系列の式だった。
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二枚目も、数式だった。
三枚目に、注釈があった。
「この先は、サクの方が詳しい」
教授の字で、そう書かれていた。
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サクは、ページをめくった。
四枚目から、文章だった。
数式ではなく、文字だけのページだった。
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「最近、いくつかの団体から接触があった」
「研究データを共有してほしい、共同研究にしないか、という申し出だった」
「全部断った」
「理由は、サクに話した通りだ」
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サクは、その一文を読んだ。
教授の声が、聞こえる気がした。
電話で「お断りします」と言っていた、あの声だった。
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次のページに、続きがあった。
「正直に書く」
「この申し出を断り続けることが、自分にとって、どういう意味を持つか、わかっている」
「ただ、断る以外の選択肢は、私にはなかった」
「サクの研究は、サクのものだ」
「私が、誰かに渡す権利はない」
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サクは、しばらく、その文章を見ていた。
何も、考えられなかった。
ただ、文字だけが、そこにあった。
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次のページに、別の話題があった。
「エマのデータについて」
「サクが公開を控えている理由は、理解している」
「ただ、いつか、サクが公開を決めたとき、このノートのデータが、補強になると思う」
「エマの研究と、サクの研究は、繋がっている部分がある」
「それを、一番わかっているのは、サク自身だ」
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最後のページに、短い文章があった。
「この研究の、次の段階について」
「いつか、サクに聞かれたことがある」
「装置がなくても、魔法が使えるようになるのか、と」
「あのとき、私は、わからないと答えた」
「今も、わからない」
「ただ、わからないことを、わからないまま記録しておくことにも、意味があると思う」
「サクなら、その記録の続きを、書けると思う」
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ノートは、そこで終わっていた。
サクは、最後のページを、もう一度見た。
「サクなら、その記録の続きを、書けると思う」
その一文を、見ていた。
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しばらく、動かなかった。
部屋の中は、静かだった。
時計の音だけが、聞こえた。
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サクは、ノートを、机の上に置いた。
両手を、膝の上に置いた。
息を、一度吐いた。
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コールの問いを、もう一度思い出した。
「君は、どうしたいのか」
教授のノートの、最後の一文を、思い出した。
「サクなら、その記録の続きを、書けると思う」
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答えは、まだ、はっきりした形にならなかった。
ただ、輪郭のようなものが、見えた気がした。
研究を、続ける。
どこで続けるかは、まだわからない。
ただ、続ける、ということだけは、決まった気がした。
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サクは、自分のノートを取り出した。
新しいページを開いた。
日付を書いた。
その下に、書いた。
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「教授のノートを読んだ」
「研究データと、エマのデータの関係についての記録があった」
「教授は、複数の申し出を全部断っていた。理由は、研究がサク自身のものだから」
「最後のページに、『次の段階』についての記録があった。装置なしで魔法が使えるかどうかという問い」
「研究は、続ける。場所は、まだ決まっていない」
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五行、書いた。
ペンを置いた。
ノートを閉じなかった。
もう一行、書きたかった。
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サクは、少し考えた。
ペンを持ち直した。
最後に、書いた。
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「ハルトくんに、伝えたい」
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ノートを閉じた。
スマートフォンを見た。
電波は、まだなかった。
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ドアをノックする音がした。
「佐久間さん」デイヴィッドの声だった。「お時間、よろしいですか」
「はい」
ドアが開いた。
デイヴィッドが、入ってきた。
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「明日のことを、相談したいんですが」デイヴィッドは言った。「先に、一つ伝えたいことがあります」
「はい」
「ご両親への連絡について」デイヴィッドは言った。「もし、何かメッセージがあれば、こちらで確認の上、伝える手段を用意できます」
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サクは、少し間を置いた。
「考えてみます」サクは言った。
「はい。急がなくて大丈夫です」
「ありがとうございます」
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デイヴィッドは、明日の予定を、いくつか説明した。
サクは、聞いていた。
メモは取らなかった。
頭の中に、入れた。
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デイヴィッドが、部屋を出た。
ドアが閉まった。
サクは、もう一度、教授のノートを見た。
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窓の外を見た。
ワシントンの夜景が、見えた。
日本は、もう朝だった。
ハルトくんは、もう仕事に出ているだろうか。
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サクは、自分のノートを、引き出しにしまった。
教授のノートは、バッグに戻した。
明かりを消した。
ベッドに入った。
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第百三十二話 了




