「選択」
ホワイトハウスの執務室だった。
机の上に、声明の草稿があった。
補佐官が、向かいに立っていた。
「この表現で、よろしいですか」補佐官は言った。
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コールは、草稿を読んだ。
二度、読んだ。
「『深い悲しみ』の部分」コールは言った。「削ってくれ」
「削る、ですか」
「事実だけでいい」コールは言った。「悲しみは、言葉にした時点で、対外的なメッセージになる。今回は、それを避けたい」
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補佐官は、その場で修正した。
修正版を、コールに見せた。
コールは、読んだ。
「これでいい」コールは言った。
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「もう一つ、確認したい」コールは言った。「『関与した者には相応の対応を取る』の部分だ」
「はい」
「この一文で、十分伝わるか」コールは言った。「強すぎず、弱すぎず」
補佐官は、少し間を置いた。
「外交筋には、十分な強さで伝わると思います」補佐官は言った。「名指しをしない分、複数の国に向けたメッセージになります」
「それでいい」コールは言った。「名指しすれば、証拠の話になる。今は、その段階じゃない」
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「研究支援の継続については」補佐官は言った。
「変えない」コールは言った。「むしろ、強調する」
「強調する、というのは」
「カーター教授が亡くなったことで、研究が止まる、と考える者が出るかもしれない」コールは言った。「その考えを、最初に否定しておく必要がある」
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「『アメリカは、この研究への支援を継続する。研究者の安全についても、これまで以上の体制を取る』」コールは、草稿の一文を読んだ。「この部分は、そのままでいい」
「はい」
「以上だ」コールは言った。「準備してくれ」
補佐官は、一礼して、部屋を出た。
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一人になった。
コールは、窓の外を見た。
ワシントンの空は、晴れていた。
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声明の発表は、午後に行われた。
コールは、壇上に立った。
カメラが、並んでいた。
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「本日、声明を発表します」コールは言った。「昨日、研究者であるカーター教授が、何者かによる襲撃を受け、亡くなりました」
会場が、静かになった。
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「教授は、長年にわたり、人類にとって重要な研究に取り組んできました」コールは言った。「その功績は、今後も正当に評価されるべきものです」
「現在、捜査当局が、事件の全容解明にあたっています。関与した者については、相応の対応を取ります」
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「もう一点、明確にしておきます」コールは言った。「アメリカは、この研究への支援を継続します。研究者の安全についても、これまで以上の体制を取ります」
「研究を止めることで利益を得る者がいるとすれば、その判断は誤りです」コールは言った。「この研究は、止まりません」
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「質問は、以上で終わります」コールは言った。
壇を下りた。
記者たちの声が、後ろで続いていた。
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控室に戻った。
補佐官が、待っていた。
「反応は」コールは言った。
「いくつかの国の大使館から、すでに反応があります」補佐官は言った。「公式な抗議ではありません。ただ、声明の内容を、確認したいという連絡です」
「確認したい、というのは」
「『関与した者には相応の対応を取る』の部分が、どこまでの意味を持つのか、という確認です」補佐官は言った。
コールは、少し笑った。
「気にしている、ということだ」コールは言った。「それでいい」
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「もう一点、報告があります」補佐官は言った。「佐久間さんのご両親について、日本側との情報共有のラインが確認できました」
「内容は」
「日本側で、警備を強化しています。ご両親には、状況の概要が伝えられています」補佐官は言った。「現時点で、特別な動きは確認されていません」
「わかった」コールは言った。「継続して、確認してくれ」
「はい」
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「佐久間さんは、今どこにいる」コールは言った。
「この建物内です」補佐官は言った。「面談の準備ができています」
「呼んでくれ」
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別室に移動した。
しばらくして、サクが入ってきた。
デイヴィッドが、付き添っていた。
「佐久間さん」コールは言った。「座ってくれ」
サクは、座った。
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「先に、伝えておく」コールは言った。「教授のことは、残念だ」
サクは、頷いた。
何も、言わなかった。
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少し間があった。
「声明は、見たか」コールは言った。
「はい」サクは言った。
「内容について、何か感じたことはあるか」
サクは、少し間を置いた。
「研究は止まらない、という部分」サクは言った。「ありがとうございます」
「礼はいい」コールは言った。「事実を言ったまでだ」
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「佐久間さん」コールは言った。「今後のことを、話したい」
「はい」
「君は、新しい施設に移ることになる」コールは言った。「これまでより、警備の厳しい場所だ。研究は、そこで継続できる」
「はい」
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「ただ」コールは言った。「その前に、一つ聞きたい」
サクは、コールを見た。
「君は、どうしたいのか」コールは言った。
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サクは、何も言わなかった。
しばらく、黙っていた。
コールは、待った。
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「すみません」サクは言った。「すぐには、答えが出ません」
「いい」コールは言った。「すぐに答える必要はない」
「ただ」サクは言った。「一つだけ、確認させてください」
「聞こう」
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「研究を続けるかどうかは、私が決めることですか」サクは言った。
「そうだ」コールは言った。「前にも言った。この研究の主導権は、君にある」
「場所も、ですか」
「場所については、安全上の制約がある」コールは言った。「ただ、その制約の中で、できる限り君の希望を反映する」
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サクは、少し間を置いた。
「考える時間を、いただけますか」サクは言った。
「もちろんだ」コールは言った。「期限は設けない」
「ありがとうございます」
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「もう一点」コールは言った。「日本にいる、君の両親のことだ」
サクは、少し顔を上げた。
「現在、日本側で警備を強化している」コールは言った。「状況に変化があれば、すぐに伝える」
「ありがとうございます」サクは言った。少し間を置いた。「両親には、まだ詳しいことを話せていません」
「それは、君が決めることだ」コールは言った。「ただ、必要なら、伝える手段は用意する」
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「今日は、以上だ」コールは言った。「考える時間を、十分に取ってくれ」
「はい」
サクは、立ち上がった。
一礼して、部屋を出た。
デイヴィッドが、後について出た。
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一人になった。
コールは、椅子に座った。
しばらく、何もしなかった。
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ノートを取り出した。
公式の記録ではなかった。
自分用のメモだった。
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「声明、強調点は支援継続。脅しは名指しせず」
「サク家族、日本側ラインは確認済み。継続監視」
「サク、『どうしたいか』に即答せず。考える時間を要求」
「教授のこと、サクは多くを語らなかった」
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四行、書いた。
ペンを止めた。
もう一行、書いた。
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「彼女が決めるまで、待つ」
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ノートを閉じた。
窓の外を見た。
ワシントンの空は、まだ晴れていた。
コールは、目を閉じた。
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第百三十一話 了




