「繋がらない」
三島ユキが、すでに来ていた。
机の上に、楽譜のコピーが置いてあった。
「それは」ハルトは言った。
「昨日、家にあったものを持ってきました」三島は言った。「ピアノを習っていたときの楽譜です」
---
「見てください」三島は言った。
楽譜の上に、書き込みがあった。
フレーズごとに、丸で囲んである部分があった。
「この丸は」
「術式の構造に当てはめてみました」三島は言った。「フレーズの始まりと終わりが、術式でいう発動点と収束点に近い気がして」
ハルトは、楽譜を見た。
倉田の言葉を思い出した。
楽譜と似ている、という言葉だった。
---
「今日、試してみたいです」三島は言った。
「はい」
田中と木村も、隣の机から見ていた。
鶴田が、入ってきた。
「準備できましたか」鶴田は言った。
「はい」三島は言った。
---
演習場に移動した。
三島が、術式の構えを取った。
これまでと、姿勢が違った。
全体を、先に見ているような構えだった。
---
三島が、術式を発動した。
光が、安定して広がった。
輪郭だけではなかった。
最後まで、形が崩れなかった。
---
「できました」三島は言った。
息が、少し弾んでいた。
田中と木村が、拍手をした。
鶴田が、メモを取った。
---
「フレーズの終わりを、収束点として意識しました」三島は言った。「最初から最後まで、一つの曲として見ました」
「はい」ハルトは言った。「安定していました」
「ありがとうございます」三島は言った。少し間を置いた。「神崎主任が、魔法庁で聞いてきてくれたから、できました」
「いいえ」ハルトは言った。「三島さんが、自分で繋げました」
---
昼、リアに報告した。
「三島が、術式を安定させました」ハルトは言った。「ピアノの楽譜の構造を、術式に当てはめる方法でした」
リアは、少し間を置いた。
「研修生が、自分でやり方を見つけたんですね」
「はい」
「いいことです」リアは言った。「記録に残してください。今後の研修にも使えるかもしれません」
「はい」
---
午後、窓口業務をした。
特に大きな案件はなかった。
夕方、岸本と一緒に庁舎を出た。
「三島さん、今日すごかったですね」岸本は言った。
「はい」
「神崎主任、嬉しそうですね」
「そうでしょうか」
「顔には出ていませんけど」岸本は言った。少し笑った。
---
家に帰った。
夕食を作った。
時計を見た。
八時を、少し過ぎていた。
サクに電話する時間だった。
---
電話をかけた。
呼び出し音が、鳴らなかった。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
そういう案内が、流れた。
---
ハルトは、もう一度かけた。
同じ案内が、流れた。
メッセージアプリを開いた。
サクに送ったメッセージに、未読のマークがついたままだった。
---
しばらく、画面を見ていた。
時間が経った。
九時になった。
サクからの連絡は、なかった。
---
ハルトは、リアにメッセージを送った。
「サクさんに連絡が取れません。電話が使われていない、という案内が流れます」
しばらくして、返信が来た。
「デイヴィッドに確認してみます。今は連絡が取れないので、明日の朝、改めて連絡します」
「はい。お願いします」
---
ハルトは、ソファに座った。
何もできなかった。
記録できることが、なかった。
---
しばらくして、ベッドに入った。
今日のことを頭の中に入れた。
三島の楽譜。「神崎主任が、魔法庁で聞いてきてくれたから、できました」という言葉。リアの「いいことです」という言葉。岸本の「神崎主任、嬉しそうですね」という言葉。
サクに電話したこと。「現在使われておりません」という案内。九時になっても、連絡がなかったこと。
全部、残った。
ただ、最後の記録だけ、形にならなかった。
サクから、連絡がない理由が、わからなかった。
窓の外に、五月の終わりの夜があった。
寝た。
---
翌朝、目が覚めた。
スマートフォンを見た。
サクからの連絡は、なかった。
リアからのメッセージも、まだなかった。
---
身支度をした。
テレビをつけた。
いつもの、朝のニュース番組だった。
---
画面の下に、速報のテロップが流れた。
「アメリカ・著名研究者のカーター教授、何者かに襲撃され死亡」
ハルトは、その場で動けなくなった。
---
テレビの音声が、続いた。
「アメリカの大学に所属するカーター教授が、現地時間昨日、研究施設内で何者かに襲撃され、死亡したことがわかりました。教授は、非適合者の魔法発動に関する研究で知られ……」
---
ハルトは、テレビを見ていた。
画面が、切り替わった。
カーター教授の写真が、映った。
サクと一緒に研究している姿を、何度も聞いていた、その人の写真だった。
---
スマートフォンが鳴った。
リアからだった。
「神崎さん」リアは言った。「テレビ、見ましたか」
「はい」
「すぐに来てください」リアは言った。「デイヴィッドから連絡が来ています」
---
ハルトは、テレビを消した。
部屋を出た。
サクからの連絡は、まだなかった。
---
第百二十九話 了




