「途絶」
朝、施設に着いた。
警備の車が、また増えていた。
昨日より、二台多かった。
サクは、警備員に聞いた。
「何かあったんですか」
「特には」警備員は言った。「念のための増員です」
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研究棟に入った。
カーター教授は、すでにいた。
電話で話していた。
「お断りします」教授は言った。「これで、何度目ですか」
サクは、入り口で立ち止まった。
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教授は、サクに気づいた。
「すまない」教授は言った。電話を切った。「入ってくれ」
「お電話、大丈夫でしたか」
「ああ」教授は言った。「最近、こういう連絡が増えていてね」
「どんな連絡ですか」
教授は、少し間を置いた。
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「研究の協力という名目で、声をかけてくる団体がある」教授は言った。「国も、いくつか」
「協力、ですか」
「データを共有してほしい、共同研究にしないか、いろいろな言い方をしてくる」教授は言った。「全部、断っている」
「なぜですか」
「サクの研究だ」教授は言った。「サクが決めることだ。私が、勝手に渡すものじゃない」
サクは、教授を見た。
教授は、いつも通りの顔をしていた。
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午前中、いつも通り作業をした。
データの整理だった。
教授は、隣の机で、別の資料を見ていた。
ときどき、電話が鳴った。
教授は、出なかった。
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昼前だった。
廊下で、大きな音がした。
サクは、顔を上げた。
教授も、顔を上げた。
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ドアが開いた。
警備員が、三人、入ってきた。
「教授」一人が言った。「少し、こちらへ」
「何だ」教授は言った。
「確認したいことがあります。すぐに済みます」
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教授は、立ち上がった。
サクを見た。
「すぐ戻る」教授は言った。
サクは、頷いた。
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教授が、警備員と一緒に部屋を出た。
ドアが閉まった。
サクは、一人になった。
データの画面を、見ていた。
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外で、声がした。
何か、強い声だった。
言葉は、聞き取れなかった。
サクは、立ち上がった。
ドアに近づいた。
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ドアが、外から開いた。
別の警備員が、立っていた。
「佐久間さん」警備員は言った。「こちらへ来てください」
「何があったんですか」
「説明します。まず、移動してください」
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連れて行かれたのは、地下の部屋だった。
窓のない、小さな部屋だった。
椅子が、いくつかあった。
「ここで、待っていてください」警備員は言った。
ドアが閉まった。
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サクは、座った。
スマートフォンを見た。
電波が、なかった。
時計だけが、動いていた。
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一時間が経った。
二時間が経った。
ドアが開いた。
スーツを着た男性が、入ってきた。
施設の責任者だった。
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「佐久間さん」責任者は言った。「お伝えしなければならないことがあります」
サクは、責任者を見た。
「カーター教授が、亡くなりました」責任者は言った。
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サクは、何も言えなかった。
責任者の言葉が、頭の中で、繰り返された。
亡くなりました。
その三文字が、形を持たないまま、そこにあった。
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「今朝、施設内で、何者かによる襲撃がありました」責任者は言った。「教授は、その場で亡くなりました。詳細は、現在調査中です」
「何者かというのは」
「特定できていません」責任者は言った。「ただ、海外の関係者である可能性が高いと見ています」
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サクは、教授の机を思い出した。
電話で「お断りします」と言っていた声を思い出した。
「協力という名目で、声をかけてくる団体がある」という言葉を思い出した。
全部、断っている、と言っていた。
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「佐久間さん」責任者は言った。「申し訳ありませんが、今後しばらく、外部との連絡を控えていただきます」
「連絡というのは」
「電話、メール、すべてです」責任者は言った。「情報管理上の措置です。事件の詳細が外部に伝わることを、防ぐ必要があります」
「いつまでですか」
「現時点では、お伝えできません」
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「日本にいる人に、連絡できませんか」サクは言った。「一言だけでも」
責任者は、少し間を置いた。
「申し訳ありません」責任者は言った。「現段階では、認められません」
サクは、それ以上、言わなかった。
スマートフォンを、握ったままだった。
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「これから、移動していただきます」責任者は言った。「ワシントンです」
「ワシントン」
「ホワイトハウスで、状況の説明と、今後についての協議があります」責任者は言った。「準備ができ次第、出発します」
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サクは、立ち上がった。
部屋を見た。
教授の机があった部屋には、戻れなかった。
私物は、後で届けると言われた。
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ただ、肩にかけたバッグの中に、あの紙の束が入っていた。
教授から、昨日預かったものだった。
サクは、バッグを、強く持った。
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ヘリコプターに乗った。
窓の外に、施設が小さくなっていくのが見えた。
サクは、何も言わなかった。
隣に座った警備員も、何も言わなかった。
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ホワイトハウスに着いた。
会議室に通された。
しばらくして、デイヴィッドが入ってきた。
「サクさん」デイヴィッドは言った。「無事で、よかったです」
サクは、デイヴィッドを見た。
「教授のこと、聞きました」サクは言った。
「はい」
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「今日中に、コール大統領から、状況の説明があります」デイヴィッドは言った。「その前に、一点だけ伝えておきます」
「はい」
「今後、サクさんの滞在先を変更することになります」デイヴィッドは言った。「これまでの施設ではなく、新しい場所に移っていただきます」
「新しい場所、というのは」
「詳細は、まだ言えません」デイヴィッドは言った。「ただ、警備のレベルが、これまでとは違う場所になります」
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「ハルトくんに、連絡したいです」サクは言った。
デイヴィッドは、少し間を置いた。
「現時点では、難しいです」デイヴィッドは言った。「事件の情報が、まだ確定していません。確定する前に外部に伝わると、調査に影響します」
「いつ、連絡できますか」
「わかりません」デイヴィッドは言った。「ただ、必ず、連絡できる方法を考えます。約束します」
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サクは、頷いた。
頷くことしか、できなかった。
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一人になった。
会議室の隅に、椅子があった。
サクは、座った。
バッグから、ノートを取り出した。
教授から預かった紙の束ではなく、自分のノートだった。
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ペンを持った。
手が、少し震えていた。
サクは、ページを開いた。
日付を書いた。
その下に、書いた。
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「教授が、亡くなった」
「協力の申し出を、すべて断っていたと聞いた」
「ハルトくんに、連絡できない」
「これから、新しい場所に移る」
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四行、書いた。
それ以上、書けなかった。
ノートを閉じた。
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スマートフォンを、見た。
電波は、まだなかった。
ハルトくんからのメッセージは、届いていなかった。
サクからも、送れなかった。
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窓の外を見た。
ワシントンの空が見えた。
曇っていた。
サクは、ノートを、両手で持った。
それ以外、何もできなかった。
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第百二十八話 了




