表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
127/144

「託されたもの」

朝、目が覚めた。


カーテンの隙間から、光が差していた。


スマートフォンを見た。


ハルトくんからのメッセージは、まだなかった。


時差を、頭の中で計算した。


日本は、もう夜だった。


---


施設の廊下を歩いた。


警備員が、二人立っていた。


「おはようございます」サクは言った。


「おはようございます」一人が言った。


いつも通りだった。


---


研究棟に着いた。


カーター教授は、すでにいた。


机に向かって、何か書いていた。


「おはようございます」サクは言った。


「おはよう」カーター教授は言った。顔を上げなかった。


---


午前中、データの整理を進めた。


先週の実験結果を、まとめる作業だった。


教授が、隣に来た。


「この部分」教授は言った。「サンプル数を、もう少し増やしておいてくれないか」


「来週の分も含めてですか」


「そうだ」教授は言った。少し間を置いた。「早めに、形にしておきたい」


「はい」


---


昼、食堂で一人で食べた。


窓の外に、芝生が見えた。


警備員の車が、いつもより一台多かった。


気のせいかもしれなかった。


サクは、それ以上、気にしなかった。


---


午後、教授の部屋に呼ばれた。


普段、呼ばれることはあまりなかった。


「座ってくれ」教授は言った。


サクは座った。


---


教授は、引き出しから、フォルダを取り出した。


紙の束だった。


データではなく、手書きのメモだった。


「これを」教授は言った。

「君に、預けておきたい」


「これは」


「私の、個人的なノートだ」教授は言った。「研究の記録というより、考えたことのメモに近い」


サクは、フォルダを受け取った。


重くはなかった。


ただ、何か、違うものを受け取った気がした。


---


「なぜ、私にですか」サクは言った。


教授は、少し間を置いた。


「君なら、読める」教授は言った。「私のメモは、字が汚い。それに、私の考え方の癖を、君は知っている」


「はい」


「ただ、それだけの理由じゃない」教授は言った。


サクは、教授を見た。


教授は、窓の外を見ていた。


---


「エマのことを覚えているか」教授は言った。


「はい」


「彼女のデータ、まだ公開していないんだったな」


「はい。エマの判断を待っています」


教授は頷いた。


「もし、エマが公開を決めたら」教授は言った。「そのフォルダの中に、彼女のデータと繋がる部分がある。参考になると思う」


「教授」サクは言った。「それは、今、渡さなければいけないものですか」


---


教授は、少し笑った。


いつもの、忙しい笑い方ではなかった。


「念のため、だ」教授は言った。「研究者は、いつも、念のための準備をしておくものだ」


「教授」


「心配しなくていい」教授は言った。

「ただの整理だ。机の中が、ごちゃごちゃしていてね」


サクはそれ以上、聞かなかった。


ただ、フォルダを、両手で持ち直した。


---


夕方、研究棟を出た。


施設の入り口で、警備責任者がサクに声をかけた。


「佐久間さん」責任者は言った。

「少しだけ、確認させてください」


「はい」


「ご家族の連絡先について、日本側から確認の連絡が入っています。緊急のものではありません。形式的な確認です」


「両親のことですか」


「はい。念のため、現在の連絡先に変更がないか、確認しています」


サクは少し間を置いた。


「変更は、ありません」


「ありがとうございます。それだけです」


---


部屋に戻った。


フォルダを、机の上に置いた。


開かなかった。


今は、開く気になれなかった。


---


夜、八時四十分だった。


ハルトくんに電話した。


「もしもし」ハルトの声がした。


「もしもし、ハルトくん。今、大丈夫ですか」


「はい」


---


「今日、教授からノートを預かりました」サクは言った。


「ノート、ですか」


「研究のメモみたいなものです。手書きの」サクは言った。「私に持っていてほしい、と言われました」


ハルトは少し間を置いた。


「理由は、聞きましたか」


「念のため、だと言っていました」サクは言った。「エマのデータと繋がる部分がある、とも」


「はい」


「教授、いつもの忙しい感じじゃなくて。少し、笑い方が違いました」


---


「もう一つ、ありました」サクは言った。


「はい」


「施設の警備の人が、私の両親の連絡先を確認してきました。日本側から確認の連絡があった、と」


ハルトは、少し間を置いた。


「いつもあることですか」


「いいえ。初めてです」サクは言った。「形式的な確認だと言われました。ただ」


「ただ」


「コールが日本に来た後だから、何か関係あるのかな、と思いました」サクは言った。「考えすぎかもしれません」


---


ハルトは、しばらく黙っていた。


「記録として、持っておきます」ハルトは言った。


「はい」


「教授のノートのことも、ご両親の確認のことも」ハルトは言った。「両方とも」


「はい」サクは言った。少し息を吐いた。「なんだか、今日は、いろんなことが少しずつ動いた一日でした」


「はい」


---


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「教授のノート、あとで読んでみます。エマのデータのこと、何か書いてあるかもしれないので」


「はい。何かわかったら、教えてください」


「はい」サクは言った。「おやすみなさい、ハルトくん」


「おやすみなさい」


---


電話が切れた。


サクは、机の前に座った。


教授のフォルダを、引き寄せた。


開かなかった。


代わりに、ノートを一冊、引き出しから出した。


---


研究用のノートだった。


これまで、実験記録しか書いていなかった。


サクは、新しいページを開いた。


日付を書いた。


その下に、書いた。


---


「教授から、個人的なノートを預かった。理由は『念のため』」


「両親の連絡先について、日本側から確認があった。初めてのこと」


「教授の笑い方が、いつもと違った」


---


三行、書いた。


ペンを置いた。


ノートを閉じた。


教授のフォルダは、開かないまま、机の上に置いた。


---


窓の外を見た。


アメリカの、まだ明るい空があった。


日本は、もう夜中だった。


ハルトくんは、もう寝ただろうか。


サクは、明かりを消した。


---


第百二十七話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ