「太平洋上」
東京の夜景が、窓の外で小さくなった。
エアフォースワンが、上昇を続けていた。
コールはシートに体を預けた。
ネクタイを、完全に外した。
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補佐官が、ブリーフィング資料を持ってきた。
「明日のスケジュールです」
「後で見る」コールは言った。「今は、いい」
補佐官が一礼して、下がった。
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機内が静かになった。
コールは目を閉じた。
今日一日のことが、順番に浮かんできた。
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午後、総理との会談があった。
長い会談だった。
経済、安全保障、いくつかの議題があった。
その中の一つに、佐久間サクの研究があった。
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「佐久間サクさんの研究について」総理は言った。「日本としての見解を、お伝えしておきたいと思います」
「聞こう」
「佐久間さんは、日本国籍です」総理は言った。「ただ、研究はアメリカの大学で行われています。特許も、アメリカで申請中と聞いています」
「その通りだ」
「論文の影響は、すでに日本国内にも及んでいます」総理は言った。「非適合者からの問い合わせが、関連機関に増えていると報告を受けています」
コールは頷いた。
「日本としては、研究の成果が実用化された場合、日本国民である佐久間さんの研究として、何らかの形で日本にも関与の道を残しておきたいと考えています」
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コールは少し間を置いた。
「率直に聞きたい」コールは言った。「それは、利権の話か」
総理は少し間を置いた。
「無関係ではありません」
「正直でいい」コールは言った。「ただ、一つはっきりさせておきたい」
「はい」
「この研究の主導権は、佐久間サク本人にある」コールは言った。「アメリカ政府は、研究を支援している。だが、所有しているわけではない。実用化の方法も、公開のタイミングも、彼女が決めることだ」
「わかっています」
「だから」コールは言った。「日本が関与の道を残したいなら、彼女と直接、話すことだ。私やあなたが決めることじゃない」
総理はしばらく、コールを見ていた。
「アメリカも、同じ立場ですか」
「同じ立場だ」コールは言った。「彼女が、自分で決める。それが一番、長く続く形だと思っている」
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別の話題に移る前に、もう一つあった。
「佐久間さんの安全についても、確認させてください」総理は言った。
「現在、行動制限下にある」コールは言った。「アメリカの魔法部隊が護衛についている。これは継続する」
「ご家族については」
コールは少し間を置いた。
「佐久間さんのご両親は、日本国内にお住まいだと把握している」コールは言った。「そちらの安全については、日本側での対応が中心になる。ただ、何か動きがあれば、こちらの情報も共有する」
総理は少し驚いた様子だった。
「すでに、把握されていたんですね」
「事前に、確認した」コールは言った。「彼女の研究を支援すると決めたとき、彼女に関わるすべてを把握しておく必要があると思った」
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会談は、その後も続いた。
ただ、コールの中で、その部分だけが、少し長く残った。
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機内で、コールは目を開けた。
窓の外は、もう夜だった。
太平洋の上だった。
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会談の後、もう一つ、予定にない時間を取った。
神崎ハルトという男と、二人で話した。
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「佐久間君の研究が、このまま進んだら」コールは聞いた。「世界はどうなると思う」
「わかりません」
その答えから、始まった。
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「現在の区分は、できることとできないことの記録です」ハルトは言った。「研究が進めば、この記録の意味が変わります。区分そのものは、記録として残ります。ただ、その記録が示す内容が、変わります」
「区分がなくなる、ということか」
「いいえ。なくなるのではなく、機能しなくなります」
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コールは、その答えを、もう一度頭の中で再生した。
ホワイトハウスのときと、同じだった。
感情を排した、事実だけの答え。
ただ、今回は、もう一つ気づいたことがあった。
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「すでに始まっています」ハルトは言った。「論文が公開されてから、MPBの窓口に、非適合者からの問い合わせが増えています。一件ずつは、小さな記録です。ただ、積み上がっています」
そのとき、ハルトの声が、わずかに変わった。
数字や制度の話をしているときと、違う調子だった。
コールは、それを聞き逃さなかった。
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「窓口の問い合わせの中に、何か、覚えているものがあるか」コールは聞いた。
ハルトは少し間を置いた。
「十二歳のお子さんが、非適合者で、クラスで一人だけ魔法の授業についていけないという話がありました。父親が、論文を読んで、窓口に来ました」
「その子に、何と答えた」
「変わる可能性がある、とだけ答えました」ハルトは言った。「今の段階では、それ以上は言えませんでした」
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コールは、それ以上、聞かなかった。
ただ、その話を、覚えておくことにした。
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「佐久間君のことだ」コールは、話を変えた。「行動制限のことは、把握している。約束通り、できる範囲で見ている」
「ありがとうございます」
「礼はいい」コールは言った。「記録として、聞いておいてほしかっただけだ」
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「もう一点」コールは聞いた。「カーター教授とは、最近話したか」
「直接は話していません。サクさんを通じて、状況は聞いています」
「教授は、優秀な男だ」コールは言った。「ただ、最近、少し急いでいるように見える」
「サクさんも、同じことを言っていました」
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機内で、コールは目を開けたまま、しばらく天井を見ていた。
カーター教授について、報告を受けたのは、先週だった。
研究データの扱いについて、教授が、想定より早いペースで進めようとしている、という内容だった。
理由は、まだ報告に上がっていなかった。
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コールは、補佐官を呼んだ。
「カーター教授の警護について、もう一度確認してくれ」コールは言った。「念のためだ」
「承知しました」
「それから」コールは言った。「佐久間君のご両親について、日本側との情報共有のラインを、今週中に確認しておいてくれ」
「はい」
「どちらも、急ぎではない」コールは言った。「ただ、後回しにはしないでくれ」
補佐官は、頷いて、下がった。
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コールは、ノートを取り出した。
公式の記録ではなかった。
自分用のメモだった。
「区分は記録として残るが、機能しなくなる」
「すでに始まっている」
「カーター、ペース」
「佐久間家族、日本側ライン」
四行だけ、書いた。
ノートを閉じた。
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窓の外は、暗い太平洋だった。
月明かりが、雲の上に、わずかに見えた。
ワシントンまで、まだ長い時間があった。
コールは、目を閉じた。
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第百二十六話 了




