「来日」
五月の中旬だった。
朝、ニュースでコール大統領の来日が報じられた。
総理大臣との会談が、その日の午後に予定されていた。
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フロアでも、その話題が出た。
「アメリカの大統領、来てるんですね」岸本が言った。
「はい」
「神崎主任、前にホワイトハウスで会いましたよね」
「はい。一度だけ」
「今回も何か関係あるんですか」
「いいえ。今回は把握していません」
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午後、デイヴィッドからメッセージが来た。
「確認したいことがあります。少し時間をもらえますか」
通話した。
「コール大統領が、本日の夕方、神崎さんと話したいとのことです」デイヴィッドは言った。「総理大臣との会談の後、非公式に時間を取りたいと」
「理由は伝えられていますか」
「具体的な議題は聞いていません。ただ、記録に残さない形での会談を希望されています」
ハルトは少し間を置いた。
「場所は」
「都内のホテルです。後ほど詳細を送ります」
「はい。把握しました」
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リアに報告した。
「コール大統領から、本日の夕方、面会の希望があります」
リアは少し間を置いた。
「内容は」
「伝えられていません。記録に残さない形での会談だそうです」
「ホワイトハウスのときと、同じ形ですね」リアは言った。「行ってください」
「はい」
「一点だけ」リアは言った。「何か持ち帰れるものがあれば、後で記録として共有してください。話せる範囲でいいです」
「はい」
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夕方、指定されたホテルに着いた。
部屋に通された。
広い部屋ではなかった。
応接セットがあるだけの、簡素な部屋だった。
少し待った。
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コールが入ってきた。
スーツのまま、ネクタイを少し緩めていた。
「待たせた」コールは言った。「座ってくれ」
向かい合って座った。
通訳が一人、少し離れた席についた。
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「総理との会談、終わったところだ」コールは言った。「内容は言えない。ただ、長い会談だった」
「はい」
「君を呼んだのは、その会談とは関係ない」コールは言った。「個人的に、聞きたいことがあった」
「はい」
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少し間があった。
「佐久間君の研究が、このまま進んだら」コールは言った。「世界はどうなると思う」
ハルトは少し間を置いた。
「わかりません」
「わからない、か」コールは言った。少し笑った。「それでいい。続けてくれ」
「ただ、記録から言えることはあります」
「聞こう」
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「現在の区分」ハルトは言った。「魔法使い、魔力保有者、非適合者という区分は、できることとできないことの記録です。研究が進めば、この記録の意味が変わります」
「意味が変わる、というのは」
「区分そのものは、記録として残ります。ただ、その記録が示す内容が、現在とは違うものになります。できないことの記録だったものが、いつの時点かでできることの記録に変わります」
「区分がなくなる、ということか」
「いいえ」ハルトは言った。「なくなるのではなく、機能しなくなります。記録は消えません。区分という言葉と、その言葉が示す実態の間に、ずれが生まれます」
コールは少し間を置いた。
「そのずれは、どのくらいの時間で生まれると思う」
「わかりません。ただ、すでに始まっています」
「すでに、というのは」
「論文が公開されてから、MPBの窓口に、非適合者からの問い合わせが増えています」ハルトは言った。「一件ずつは、小さな記録です。ただ、積み上がっています。区分が機能しなくなる過程は、こういう小さな記録の積み重ねとして、すでに進んでいます」
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コールはしばらく黙っていた。
「摩擦は、どう見ている」
「増えています」ハルトは言った。「魔法使いの団体からの照会、各国の法整備の議論、政治的な反発。記録として把握しています」
「危険だと思うか」
「変化の途中に、摩擦が起きる可能性は高いと思います」
「止めるべきだと思うか」
ハルトは少し間を置いた。
「いいえ」
「理由は」
「止めても、記録は別の形で続きます」ハルトは言った。「研究を止めることは、記録を止めることにはなりません。止めれば、記録のないまま、変化だけが進みます。それは、今より把握しにくい状態だと思います」
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コールはしばらくハルトを見ていた。
「正確な記録だな」コールは言った。「ホワイトハウスのときと、同じ答え方をする」
「事実を、記録として答えています」
「それが、君のやり方か」
「はい」
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少し間があった。
「一点、伝えておく」コールは言った。「佐久間君のことだ」
「はい」
「行動制限のことは、把握している」コールは言った。「約束通り、できる範囲で見ている。状況が変わるようなことがあれば、デイヴィッドを通じて連絡する」
「ありがとうございます」
「礼はいい」コールは言った。「記録として、聞いておいてほしかっただけだ」
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「もう一点」コールは言った。「カーター教授とは、最近話したか」
「直接は話していません。サクさんを通じて、状況は聞いています」
「そうか」コールは言った。少し間を置いた。「教授は、優秀な男だ。ただ、最近、少し急いでいるように見える」
「サクさんも、同じことを言っていました」
コールは少し頷いた。
それ以上、何も言わなかった。
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「今日はこれで終わりだ」コールは言った。「呼び出してすまなかった」
「いえ」
「君の答え、覚えておく」コールは立ち上がった。「また会うことがあれば、続きを聞かせてくれ」
「はい」
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ホテルを出た。
夜だった。
少し肌寒かった。
リアにメッセージを送った。
「面会、終わりました。明日、報告します」
すぐに返信が来た。
「お疲れ様でした。明日、聞かせてください」
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夜、サクに電話した。
九時前だった。
「もしもし」サクは言った。
「はい。今日、コール大統領に呼ばれました。総理大臣との会談の後、個人的に話したいと」
「コールが、日本に」サクは言った。「知りませんでした。何の話でしたか」
「研究が進んだら世界はどうなると思うか、と聞かれました」
サクはしばらく黙っていた。
「ハルトくんは、何と答えましたか」
「区分は記録として残るが、機能しなくなる、と答えました。すでに、小さな記録の積み重ねとして始まっている、とも」
「窓口の問い合わせのことですか」
「はい」
「そっか」サクは言った。少し間を置いた。「コール、それを聞いて、何か言いましたか」
「正確な記録だ、と言われました」
「ホワイトハウスのときと、同じですね」サクは言った。少し笑った声がした。
「はい。それから、サクさんの行動制限のことも話しました。約束通り、できる範囲で見ている、と」
「そうですか」サクは言った。少し間を置いた。「カーター教授のことも、話しましたか」
「はい。コールも、教授が最近急いでいるように見える、と言っていました」
サクはまた、しばらく黙っていた。
「みんな、同じことを感じているんですね」サクは言った。「私も、コールも、ハルトくんも」
「はい」
「記録として、持っておきます」サクは言った。「何かの形で、繋がるかもしれないので」
「はい。持っておいてください」
「おやすみ、ハルトくん。今日は、大変な一日でしたね」
「はい。ただ、話せてよかったです」
「おやすみなさい」
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電話が切れた。
今日のことを頭の中に入れた。
コール大統領の来日。「研究が進んだら世界はどうなると思う」という問い。「区分は記録として残るが、機能しなくなる」という自分の答え。「すでに始まっている」という言葉。「正確な記録だな」というコールの言葉。「約束通り、できる範囲で見ている」という言葉。コールも教授が急いでいると感じているという話。サクの「みんな、同じことを感じているんですね」という言葉。
全部、残った。
大統領が来日し、自分を呼び出した。
その記録が、また一つ増えた。
何に繋がるかは、まだわからない。
ただ、繋がる可能性があることは、わかった。
窓の外に、五月の夜があった。
少し肌寒かった。
寝た。
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第百二十五話 了




