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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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124/128

「整備」

五月になった。


連休明けの、最初の週だった。


---


朝、リアに呼ばれた。


「役員会で報告する機会をいただきました」リアは言った。「来週の水曜、午前中です。神崎さんにも同席してもらいます」


「はい」


「テーマは制度の見直しです。論文の公開後の状況を踏まえて、MPBとして今後どう動くべきかを報告します。神崎さんには、具体的な制度上の課題を整理して出してほしい」


「はい。今週中に出せます」


「お願いします」リアは言った。少し間を置いた。「今回は、長官だけでなく、副長官と管理部長も同席します」


「はい」


「意見が出やすい場ではないかもしれません。ただ、記録として残すことに意味があります」


「はい。把握しています」


---


その日から、整理を始めた。


頭の中にある記録を、文書の形に直す作業だった。


課題は、大きく三つあった。


---


一つ目、申請区分の問題。


現行の申請区分は、魔法使い・魔力保有者・道具使用者の三つに分かれている。


ただ、道具使用者の定義は、魔石型道具を使う申請者を想定して作られたものだった。


装置を使って非適合者が術式を発動する、という事例は想定されていなかった。


現在の区分では、装置使用者の申請を適切に分類できない。


---


二つ目、装置の管理制度の問題。


術式の登録制度はある。


ただ、術式を発動するための装置の所持・使用に関する登録制度はない。


装置が普及した場合、誰がどの装置でどの術式を発動できるか、という記録が存在しない状態になる。


---


三つ目、後天的術式使用者の法的地位の問題。


現行法では、術式を発動できる人間は魔法使いまたは魔力保有者として定義されている。


装置で術式を発動できるようになった非適合者は、どの区分にも属さない。


権利・義務の両面で、制度上の空白がある。


---


水曜の朝、会議室に入った。


長机の上座に、桐谷長官が座っていた。


右隣に副長官の水上が、左隣に管理部長の田村が座っていた。


下座にリアとハルトが並んで座った。


---


「始めてください」桐谷長官は言った。


リアが口を開いた。


「今日は、論文公開後の状況と、それに伴う制度上の課題について報告します。整理は、神崎主任が担当しました」


「はい。よろしくお願いします」


---


ハルトが口を開いた。


「現時点で把握している課題を、三点に整理しました。最初に概要を申し上げます」


桐谷長官が頷いた。


「一点目、申請区分の見直しです。現行の区分は、装置を使った術式発動を想定していません。論文公開後、この区分に当てはまらない申請が増える可能性があります」


「二点目、装置の管理制度の整備です。術式の登録制度はありますが、術式を発動する装置の所持・使用に関する登録制度がありません。装置が流通した場合、記録の空白が生まれます」


「三点目、後天的術式使用者の法的地位の問題です。現行法では、装置で術式を発動できるようになった非適合者は、どの区分にも属しません。権利と義務の両面で、制度上の空白があります」


---


水上副長官が口を開いた。


「三点目は、MPBの管轄の範囲を超えませんか」


「はい。法的地位の定義は、立法の問題です」ハルトは言った。「MPBが単独で解決できる問題ではありません。ただ、申請審査の現場で問題が発生する前に、把握しておく必要があります」


「把握しておく必要があるというのは」


「MPBが制度の空白を知らずに申請を処理した場合、後から記録上の矛盾が生じます。知った上で処理することと、知らずに処理することは、記録として別のことです」


水上副長官は少し間を置いた。


「はい」と言った。


---


田村管理部長が口を開いた。


「一点目と二点目は、MPBとして動けるということですか」


「一点目は、審査基準の補足という形で対応できます」リアが答えた。「申請区分の大きな変更は立法が必要ですが、審査基準の内部補足はMPBの判断で動けます」


「二点目は」


「管理制度の整備は、制度設計から始める必要があります」ハルトは言った。「ただ、まず何を記録するかを決めることから始められます。登録制度がなくても、MPBとして装置関連申請の記録を一元化することはできます」


「一元化することで、何が変わりますか」


「将来、制度が整備されたとき、既存の記録が根拠になります。記録がなければ、ゼロから始めなければなりません。記録があれば、続きから始められます」


田村管理部長は頷いた。


---


桐谷長官が口を開いた。


「三点、把握しました」長官は言った。「優先順位を教えてください。今すぐ動くべきものと、時間をかけるものの整理です」


「はい」ハルトは言った。「今すぐ動けるのは、審査基準の内部補足と、装置関連申請の記録一元化です。どちらも、MPBの内部決定で進められます」


「法的地位の問題は」


「今すぐMPBが解決できるものではありません。ただ、問題として記録に残しておくことはできます。記録として存在することが、将来の議論の根拠になります」


「わかりました」桐谷長官は言った。「審査基準の補足と記録一元化について、来月中に草案を出してください。白銀部長に主導してもらいます」


「はい」リアは言った。


「三点目の法的地位については、関係省庁への情報共有を含めて、管理部で整理してください」


田村管理部長が頷いた。


---


「最後に一点、確認させてください」桐谷長官は言った。


「はい」


「今回の見直しは、業界団体への回答になりますか」


「はい」リアは言った。「制度の整備を実際に進めている事実は、照会への最も有効な回答になります。論拠ではなく、記録として」


桐谷長官は少し間を置いた。


「進めてください」


---


会議室を出た。


廊下を歩いた。


「お疲れ様でした」リアは言った。


「はい」


「水上副長官の質問、うまく対応できていました」


「管轄の範囲という指摘は、正しいと思っています。ただ、知らないままにしておくことと、知った上で保留することは違います」


「そうですね」リアは言った。少し間を置いた。「今日のことを、草案に入れてください」


「はい。週末に出せます」


---


フロアに戻ると、鶴田が来た。


「今日、役員会でしたか」


「はい」


「どうでしたか」


「三点、把握してもらえました。来月中に草案を出すことになりました」


「草案、僕も確認できますか」


「はい。確認してください」ハルトは言った。「鶴田さんから見た現場の感覚を、草案に反映したいと思っています」


鶴田は少し間を置いた。


「はい。やります」


---


夜、サクに電話した。


八時十分だった。


「もしもし」サクは言った。


「はい。今日、役員会がありました。制度の見直しについて報告しました」


「どんな話でしたか」


「申請区分の整備、装置の管理制度、後天的術式使用者の法的地位、の三点です」


「三点目は難しそうですね」


「はい。MPBだけで動ける話ではありません。ただ、問題として記録に残しておくことが、今できることです」


「記録に残しておくことが、今できること」サクは繰り返した。「それが、ハルトくんの答えですね」


「はい。記録がなければ、議論の根拠がありません」


「そっか」サクは言った。少し間を置いた。「今日、カーター教授と長く話しました。次のデータの整理、かなり具体的なところまで話せました」


「はい」


「教授、今日は少し落ち着いていました。ただ、話の最後に、いつもより長く黙っていて」


「はい」


「なんだったんだろうと、今でも少し気になっています」サクは言った。「ただ、気になるということを、記録として持っておきます」


「はい。持っておいてください」


「おやすみ、ハルトくん。また明日」


「おやすみなさい。明日も連絡します」


---


電話が切れた。


今日のことを頭の中に入れた。


三つの課題。水上副長官の「管轄の範囲を超えませんか」という言葉。


「知らないままにしておくことと、知った上で保留することは違います」という自分の言葉。


桐谷長官の「記録として存在することが将来の議論の根拠になる」という理解。


鶴田の「草案、僕も確認できますか」という言葉。


サクの「記録がなければ議論の根拠がありません、がハルトくんの答えですね」という言葉。


カーター教授が話の最後に長く黙っていたという話。


全部、残った。


制度の見直しが、動き始めた。


草案を書く週末が来る。


窓の外に、五月の夜があった。


少し暖かかった。


寝た。


---


第百二十四話 了

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