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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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123/128

「反響」

四月の下旬だった。


論文の公開から、二ヶ月が経っていた。


---


午前中、窓口に男性が来た。


四十代くらいだった。


非適合者だった。


「申請の確認に来ました」男性は言った。「ただ、その前に、一点だけ聞いていいですか」


「はい。どうぞ」


「佐久間先生の論文を読みました」男性は言った。「非適合者でも、装置を使えば術式が発動できると書いてありました」


「はい」


「うちの子ども、十二歳で、非適合者で。発現投与を受けたんですが、適合しなかった。クラスで一人だけ魔法の授業についていけなくて」男性は言った。「あの論文が本当なら、何か変わりますか」


ハルトは少し間を置いた。


「変わる可能性があります」ハルトは言った。「ただ、現在はまだ研究段階です。装置の実用化の見通しは、まだ公式には発表されていません」


「そうか」男性は言った。少し息を吐いた。「いつ頃になるかも、わからないですか」


「はい。今の段階では、わかりません。ただ、研究は継続されています」


男性はしばらく、手元を見ていた。


「ありがとうございます。申請の話、してもいいですか」


「はい。どうぞ」


---


申請の確認が終わった。


男性が出て行った。


鶴田が来た。


「さっきの方、お子さんのことを話していましたね」鶴田は言った。


「はい」


「私も、似たような経緯がありましたから」鶴田は言った。「非適合者で、クラスで一人だけ、という感覚は、わかります」


「はい」


「論文が出てから、ああいう問い合わせが増えましたね」


「先週から五件ほどありました」


「五件か」鶴田は言った。「神崎主任が入庁した頃、こういう問い合わせはありましたか」


「ありませんでした」


「変わってきているんですね、少しずつ」


「はい。少しずつ、変わっています」


---


昼、リアに呼ばれた。


「最近の問い合わせの傾向、把握していますか」リアは言った。


「はい。非適合者からの問い合わせが増えています。論文の内容と、実用化の見通しについてです」


「把握していたか」リアは言った。「記録として残しておいてください。問い合わせが積み上がること自体が、一つの記録になります」


「はい」


「もう一点」リアは言った。「魔法使いの業界団体からも、照会が来ています」


「内容は」


「研究の信頼性についての問い合わせです。査読プロセスへの疑義という形で来ています。ただ、根拠は示されていません」


「対応は」


「標準的な照会対応で十分です」リアは言った。「ただ、こちらも記録として持っておいてください」


「はい」


少し間があった。


「神崎さん」リアは言った。


「はい」


「こういう動きが出てくることは、想定していましたか」


「はい。論文が世の中に出れば、賛成と反発の両方が来ると思っていました」


「そうか」リアは言った。「では、想定通りということですね」


「はい。今のところは」


---


夕方、デイヴィッドからメッセージが来た。


「国際的な反応について、共有したいことがあります」


通話した。


「ヨーロッパのいくつかの国で、非適合者の権利に関する議論が始まっています」デイヴィッドは言った。「論文を引用した形で、法整備の議論に入っている国が三カ国あります」


「はい」


「一方で、魔法使い側からの反発も表面化しています。いくつかの国の魔法協会が、公開質問状を学術機関に出しています」


「はい」


「サクさんは把握していますか」


「一部は把握していると思います。今夜、確認します」


「もう一点」デイヴィッドは言った。「アメリカ国内でも、コール大統領の支援宣言を受けて、批判的な議員が複数出てきています。研究への政治的な圧力になる可能性があります」


「はい。記録として持っておきます」


「こちらも記録します」デイヴィッドは言った。「また動きがあれば連絡します」


---


夜、サクに電話した。


八時二十分だった。


「もしもし」サクは言った。


「はい。今日、デイヴィッドと話しました。国際的な反応を少し共有してもらいました」


「私にも届いています」サクは言った。「ヨーロッパの法整備の話、アメリカでの批判的な議員の話も」


「はい。それと、一つ、今日窓口にあったことを話してもいいですか」


「はい」


「非適合者の男性が来ました。十二歳のお子さんが非適合者で、クラスで一人だけ魔法の授業についていけないという話でした。論文を読んで、何か変わりますか、と聞いてきました」


サクは聞いていた。


しばらく、沈黙があった。


「変わります、とは言えなかったですか」サクは言った。


「はい。現段階では研究継続中という案内しかできませんでした」


「そっか」サクは言った。


また少し間があった。


「正直、まだ実感が追いついていないです」サクは言った。「会ったことのない人の生活に、私の書いたものが繋がっているというのが」


「はい」


「でも、その方が問い合わせに来たのは、記録ですね」サクは言った。「論文を読んで、動いた、ということの記録」


「はい」


「続けます」サクは言った。「その記録に、続きを作るために」


「はい」


少し間を置いた。


「今日、カーター教授とも話しました。また急いでいる感じがしました」サクは言った。「なぜ急いでいるのか、今日も聞けなかったです。ただ、教授には何か見えているものがある気がします」


「はい。把握しておきます」


「おやすみ、ハルトくん。また明日」


「おやすみなさい。明日も連絡します」


---


電話が切れた。


今日のことを頭の中に入れた。


窓口に来た男性のこと。「クラスで一人だけ魔法の授業についていけない」というお子さんのこと。鶴田の「変わってきているんですね、少しずつ」という言葉。リアの「問い合わせが積み上がること自体が一つの記録になります」という言葉。デイヴィッドの「法整備の議論に入っている国が三カ国あります」という話。魔法協会の公開質問状の話。サクの「実感が追いついていない」という言葉。「その記録に、続きを作るために」という言葉。カーター教授がまた急いでいるという話。


全部、残った。


論文が、世界を動かし始めていた。


窓口に来た男性が、問い合わせに来たという事実。


その一件が、積み上がっていた。


記録は、つながっていた。


窓の外に、四月の夜があった。


少し風があった。


寝た。


---


第百二十三話 了

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