「反響」
四月の下旬だった。
論文の公開から、二ヶ月が経っていた。
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午前中、窓口に男性が来た。
四十代くらいだった。
非適合者だった。
「申請の確認に来ました」男性は言った。「ただ、その前に、一点だけ聞いていいですか」
「はい。どうぞ」
「佐久間先生の論文を読みました」男性は言った。「非適合者でも、装置を使えば術式が発動できると書いてありました」
「はい」
「うちの子ども、十二歳で、非適合者で。発現投与を受けたんですが、適合しなかった。クラスで一人だけ魔法の授業についていけなくて」男性は言った。「あの論文が本当なら、何か変わりますか」
ハルトは少し間を置いた。
「変わる可能性があります」ハルトは言った。「ただ、現在はまだ研究段階です。装置の実用化の見通しは、まだ公式には発表されていません」
「そうか」男性は言った。少し息を吐いた。「いつ頃になるかも、わからないですか」
「はい。今の段階では、わかりません。ただ、研究は継続されています」
男性はしばらく、手元を見ていた。
「ありがとうございます。申請の話、してもいいですか」
「はい。どうぞ」
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申請の確認が終わった。
男性が出て行った。
鶴田が来た。
「さっきの方、お子さんのことを話していましたね」鶴田は言った。
「はい」
「私も、似たような経緯がありましたから」鶴田は言った。「非適合者で、クラスで一人だけ、という感覚は、わかります」
「はい」
「論文が出てから、ああいう問い合わせが増えましたね」
「先週から五件ほどありました」
「五件か」鶴田は言った。「神崎主任が入庁した頃、こういう問い合わせはありましたか」
「ありませんでした」
「変わってきているんですね、少しずつ」
「はい。少しずつ、変わっています」
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昼、リアに呼ばれた。
「最近の問い合わせの傾向、把握していますか」リアは言った。
「はい。非適合者からの問い合わせが増えています。論文の内容と、実用化の見通しについてです」
「把握していたか」リアは言った。「記録として残しておいてください。問い合わせが積み上がること自体が、一つの記録になります」
「はい」
「もう一点」リアは言った。「魔法使いの業界団体からも、照会が来ています」
「内容は」
「研究の信頼性についての問い合わせです。査読プロセスへの疑義という形で来ています。ただ、根拠は示されていません」
「対応は」
「標準的な照会対応で十分です」リアは言った。「ただ、こちらも記録として持っておいてください」
「はい」
少し間があった。
「神崎さん」リアは言った。
「はい」
「こういう動きが出てくることは、想定していましたか」
「はい。論文が世の中に出れば、賛成と反発の両方が来ると思っていました」
「そうか」リアは言った。「では、想定通りということですね」
「はい。今のところは」
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夕方、デイヴィッドからメッセージが来た。
「国際的な反応について、共有したいことがあります」
通話した。
「ヨーロッパのいくつかの国で、非適合者の権利に関する議論が始まっています」デイヴィッドは言った。「論文を引用した形で、法整備の議論に入っている国が三カ国あります」
「はい」
「一方で、魔法使い側からの反発も表面化しています。いくつかの国の魔法協会が、公開質問状を学術機関に出しています」
「はい」
「サクさんは把握していますか」
「一部は把握していると思います。今夜、確認します」
「もう一点」デイヴィッドは言った。「アメリカ国内でも、コール大統領の支援宣言を受けて、批判的な議員が複数出てきています。研究への政治的な圧力になる可能性があります」
「はい。記録として持っておきます」
「こちらも記録します」デイヴィッドは言った。「また動きがあれば連絡します」
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夜、サクに電話した。
八時二十分だった。
「もしもし」サクは言った。
「はい。今日、デイヴィッドと話しました。国際的な反応を少し共有してもらいました」
「私にも届いています」サクは言った。「ヨーロッパの法整備の話、アメリカでの批判的な議員の話も」
「はい。それと、一つ、今日窓口にあったことを話してもいいですか」
「はい」
「非適合者の男性が来ました。十二歳のお子さんが非適合者で、クラスで一人だけ魔法の授業についていけないという話でした。論文を読んで、何か変わりますか、と聞いてきました」
サクは聞いていた。
しばらく、沈黙があった。
「変わります、とは言えなかったですか」サクは言った。
「はい。現段階では研究継続中という案内しかできませんでした」
「そっか」サクは言った。
また少し間があった。
「正直、まだ実感が追いついていないです」サクは言った。「会ったことのない人の生活に、私の書いたものが繋がっているというのが」
「はい」
「でも、その方が問い合わせに来たのは、記録ですね」サクは言った。「論文を読んで、動いた、ということの記録」
「はい」
「続けます」サクは言った。「その記録に、続きを作るために」
「はい」
少し間を置いた。
「今日、カーター教授とも話しました。また急いでいる感じがしました」サクは言った。「なぜ急いでいるのか、今日も聞けなかったです。ただ、教授には何か見えているものがある気がします」
「はい。把握しておきます」
「おやすみ、ハルトくん。また明日」
「おやすみなさい。明日も連絡します」
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電話が切れた。
今日のことを頭の中に入れた。
窓口に来た男性のこと。「クラスで一人だけ魔法の授業についていけない」というお子さんのこと。鶴田の「変わってきているんですね、少しずつ」という言葉。リアの「問い合わせが積み上がること自体が一つの記録になります」という言葉。デイヴィッドの「法整備の議論に入っている国が三カ国あります」という話。魔法協会の公開質問状の話。サクの「実感が追いついていない」という言葉。「その記録に、続きを作るために」という言葉。カーター教授がまた急いでいるという話。
全部、残った。
論文が、世界を動かし始めていた。
窓口に来た男性が、問い合わせに来たという事実。
その一件が、積み上がっていた。
記録は、つながっていた。
窓の外に、四月の夜があった。
少し風があった。
寝た。
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第百二十三話 了




