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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「新人」

四月になった。


入庁式の日だった。


---


朝、出勤した。


フロアに、見慣れない顔が増えていた。


今年の新人は、三名だった。


名簿を確認した。


魔法使いの女性、魔力保有者の男性、非適合者の男性。


去年と似た構成だった。


---


午後、研修の担当になっていた。


会議室に三名が入ってきた。


全員、スーツだった。


全員、少し緊張していた。


---


ハルトは名簿を見た。


「神崎ハルトです。魔法特許庁第三審査室主任として、今日から三日間、基礎研修を担当します。よろしくお願いします」


三名が頷いた。


「一人ずつ、自己紹介をお願いします」


---


一人目、魔力保有者の男性だった。


「田中ショウです。魔力保有者です。大学で特許法を専攻していました。制度の側から魔法に関わりたいと思って、MPBを受けました」


「はい。よろしくお願いします」


---


二人目、非適合者の男性だった。


「木村ダイキです。非適合者です。神崎主任の話を、去年の説明会で聞きました。非適合者でもここで働けると知って、受けようと思いました」


「はい。来てくれてありがとうございます」


---


三人目、魔法使いの女性だった。


少し間を置いてから、言った。


「三島ユキです」三島は言った。「魔法使いです。ただ、あまり上手くないです」


「はい」


「大学でも、魔法の授業が一番苦手で。安定して発動できなくて。不発が多くて」三島は言った。声が少し小さかった。「それでもここを受けたのは、審査という仕事が、魔法を使うことより記録を確認することだと聞いたからです。記録の確認なら、できると思って」


「はい。よろしくお願いします」


---


研修が始まった。


MPBの業務概要。申請の受理から登録までの流れ。審査基準の基礎。窓口対応の心構え。


三名が聞いていた。


田中がメモを取っていた。


木村がまっすぐ前を見ていた。


三島が、少し俯き加減で聞いていた。


---


午後、窓口対応のロールプレイをした。


ハルトが申請者役、新人が審査員役だった。


田中は手順通りにこなした。


木村は途中で詰まったが、自分で考えて対応した。


三島の番になった。


ハルトが申請書を持って窓口に来る場面だった。


三島が対応し始めた。


受け答えは丁寧だった。


確認の手順も、概ね正しかった。


ただ、途中で、三島が少し止まった。


「あの、一点だけ確認していいですか」三島は言った。


「はい。どうぞ」


「この申請書の第二請求項、少し曖昧な部分がある気がして。ただ、私の読み方が合っているかどうか、自信がなくて」


「どの部分ですか」


「ここです」三島が指した。「術式の出力範囲の記載なんですが、数値の単位が、前のページと統一されていない気がして」


ハルトは少し間を置いた。


「正しいです。よく気づきました」


三島が少し顔を上げた。


「本当ですか」


「はい。申請者に確認を求める必要があります。今気づいたことが、審査の仕事です」


三島はしばらくハルトを見ていた。


「私、魔法は下手ですが、こういうの、好きかもしれないです」


「はい。続けてください」


---


研修が終わった。


三名が会議室を出た。


三島が最後に残った。


「神崎主任、一つだけ聞いていいですか」


「はい」


「さっきの請求項の話ですが、あれは正しかったんですよね」


「はい。正しかったです」


「私、魔法使いなのに魔法が下手で、ずっと落ちこぼれって言われてきました」三島は言った。「魔法の授業で不発が出るたびに、魔法使いなのになんでできないのって言われて」


「はい」


「ここでも、魔法使いとして採用されているのに、こんなに不発が多くて大丈夫かって、自分でも思っています」


「三島さん」ハルトは言った。


「はい」


「一点だけ、確認させてください」


「はい」


「不発が出るのは、どのタイミングが多いですか」


「緊張しているときと、複雑な術式のときです。基本的な術式は、一人でやれば出ます。ただ、人前だと不発が増えます」


「はい」ハルトは言った。「術式を発動するとき、頭の中で何を考えていますか」


「えっと、手順です。図式の順番を追って、順番通りにやろうとしています」


「はい」ハルトは言った。「少し、確認させてください。今すぐでなくていいです。ただ、術式を発動するとき、手順を追うことと、術式全体のイメージを持つことは、別のことです。その違いが、不発と繋がっている可能性があります」


「術式全体のイメージ、ですか」


「はい。手順を一つずつ確認することと、術式が完成した状態を先に頭の中に持つことは、違います。今すぐ答えを出さなくていいです。ただ、そういう観点で、一度考えてみてください」


三島はしばらく、ハルトを見ていた。


「神崎主任って、魔法使いですか」


「いいえ。非適合者です」


「非適合者なのに、魔法のことがわかるんですか」


「記録として、把握しています」ハルトは言った。「使えることと、記録として持っていることは、別のことです」


「そっか」三島は言った。少し間を置いた。「続けます。MPBで、続けます」


「はい。続けてください」


---


夕方、フロアに戻ると、岸本が来た。


「神崎主任、今年の新人どうでしたか」


「三名とも、それぞれの持ち味がありました」


「魔法使いの子、三島さんですよね。少し緊張した顔をしていましたよ」岸本は言った。


「はい。ただ、請求項の読み方で、良い気づきがありました」


「へえ」岸本は言った。「魔法使いなのに、そっちが得意な子、いるんですね」


「はい。使えることと、読めることは、別のことです」


「神崎主任らしい言い方ですね」岸本は言った。笑った。「記録になる方を選ぶ、ってやつですね」


「はい。そうかもしれません」


---


夜、サクに電話した。


「今日、新人研修がありました。三名入ってきました」


「どんな人たちでしたか」サクは言った。


声が、少し落ち着いていた。


行動制限が始まってから、毎日電話をしていた。


声の様子で、今日の状態がわかるようになっていた。


「魔法使いの女性で、不発が多くて落ちこぼれと言われてきたという人がいました」


「落ちこぼれ、か」サクは言った。「どんな子でしたか」


「請求項の読み方で、良い気づきがありました。記録を読む目を持っている人です」


「ハルトくんみたいな子ですね」


「私とは違います。彼女は魔法使いです」


「そうだけど」サクは言った。「記録を読む目を持っている、というところが似ていると思って」


「はい。そうかもしれません」


「その子、続けますか」


「はい。続けると言っていました」


「よかった」サクは言った。「ハルトくんが続けると言った子は、ちゃんと続ける気がします」


「根拠はありません」


「あるよ」サクは言った。「ハルトくんが見てきた記録が、根拠です」


---


「サクさん、今日はどうでしたか」


「研究室にいました。护衛の人が二人、入口にいます。最初は慣れなかったですが、今日は少し慣れました」


「はい」


「ハルトくん、一つだけ聞いていいですか」


「はい」


「行動制限って、どのくらい続くと思いますか」


ハルトは少し考えた。


「わかりません。ただ、状況が変わったとき、終わります」


「状況が変わるというのは」


「記録が増えることで、世界の見方が変わります。サクさんの研究が広まれば、狙う意味がなくなる状況が来る可能性があります。狙う側が、取れないと判断したとき、終わります」


「取れないと判断したとき、か」サクは言った。「それって、研究が進むことが一番の防御ということですか」


「はい。そう思っています」


「じゃあ、続けます」サクは言った。「研究を続けることが、一番の答えですね」


「はい」


「ありがとう、ハルトくん。今夜も、整理してくれて」


「はい。話せてよかったです」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


---


電話が切れた。


今日のことを頭の中に入れた。


三名の新人。田中のメモを取る姿。木村の「神崎主任の話を聞いて受けようと思いました」という言葉。三島の「魔法は下手ですが、こういうの好きかもしれないです」という言葉。「術式全体のイメージを持つこと」という自分の言葉。岸本の「記録になる方を選ぶ、ってやつですね」という言葉。サクの「取れないと判断したとき、終わります」という言葉への「じゃあ続けます」という返し。


全部、残った。


今日、また記録が積み上がった。


新人が来た。


三島という人間が、MPBに来た。


落ちこぼれと言われてきた魔法使いが、記録を読む目を持っていた。


術式全体のイメージという話を、今日は少しだけした。


続きは、また来る。


窓の外に、四月の夜があった。


少し暖かかった。


寝た。


---


第百二十話 了

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