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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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119/128

「再召集」

四月になった。


エマの救出から、二週間が経っていた。


研究室に戻ってきていた。


いつもの机。いつもの机器。いつもの数値。


ただ、少し前と違うのは、入口に警備員が一人、常駐するようになっていたことだった。


---


火曜日の午前中だった。


サクは変換効率のデータを確認していた。


カーター教授が入ってきた。


「サク、少し話がある」


顔を見た。


いつもと違った。


「はい。何ですか」


「今日の午後、ホワイトハウスから迎えが来る」


---


サクは手を止めた。


「迎え、ですか」


「はい。一時間前に連絡が来ました。今日の十四時に、車が来るとのことです」


「今日ですか」


「はい。今日です」カーター教授は言った。「神崎さんには、今回は声がかかっていません。私とサクだけです」


---


サクは少し間を置いた。


ハルトくんがいない。


その事実を、頭の中で確認した。


前回はハルトくんが隣にいた。


ホワイトハウスの廊下を歩くとき、コールと話すとき、帰り道に立ち止まったとき。


全部、隣にいた。


「わかりました」サクは言った。「行きます」


---


十四時になった。


研究室の前に、黒い車が来た。


スーツを着た男性が降りてきた。


「佐久間博士、カーター教授、よろしくお願いします」


丁寧な言い方だった。


ただ、選択肢を与える言い方ではなかった。


---


車に乗った。


カーター教授と並んで座った。


窓の外に、サンフランシスコの街が流れた。


教授が、低い声で言った。


「サク、緊張していますか」


「はい」


「私もです」カーター教授は言った。「ただ、前回と同じです。研究の主導権は、渡さない。それだけを持っていけばいい」


「はい」


サクはスマートフォンを握った。


ハルトくんに連絡したかった。


ただ、迎えが来てから、連絡できていなかった。


後で、全部話そうと思った。


---


ワシントンに着いた。


ホワイトハウスの前に立った。


前回と同じ白い建物だった。


ただ、今日は一人少なかった。


---


入館の手続きをした。


スマートフォンを預けた。


廊下を歩いた。


前回と同じ廊下だった。


ただ、前回はハルトくんが隣を歩いていた。


今日は、教授だけだった。


---


前回とは別の部屋に通された。


広い部屋だった。


長いテーブルがあった。


すでに、数人が座っていた。


コールではなかった。


スーツを着た、四十代くらいの男性だった。


側に、数人の補佐官らしき人物がいた。


「佐久間博士、カーター教授、ありがとうございます。私はコール大統領の担当補佐官、マクレガーです」


男性が言った。


「はい」


「今日は、大統領の代わりに、私から概要をお伝えします。その後、カーター教授から提案があるとのことで、それも聞かせてください」


「はい」


---


マクレガーが話し始めた。


「エマさんの件については、改めてお詫び申し上げます。我々の情報収集が十分でなかった部分がありました」


「はい」


「現在、関与した人物の特定が進んでいます。今回の件は、特定の国の情報機関による単独の行動と見ています。ただ、他の国が同様の動きを検討している可能性があります」


「他の国も、ということですか」


「はい。佐久間博士の研究は、各国の情報機関から注目されています。論文の公開後、研究者本人への接触を試みようとする動きが、複数の国で確認されています」


---


サクは黙って聞いた。


想定はしていた。


ただ、こうして正式な場で言われると、重みが違った。


「接触というのは、どういう意味ですか」


「研究者の引き抜き、研究データの取得、あるいは今回のエマさんのような強制的な手段。様々な可能性があります」マクレガーは言った。「今の状況では、佐久間博士とカーター教授、それからエマさんの三名が、特に注意が必要な対象です」


「はい」


「アメリカとして、引き続き安全を確保する体制を整えています。ただ、我々としても、皆さんの協力が必要です」


「協力というのは、具体的にはどういうことですか」


「行動範囲の制限と、所在の共有です」マクレガーは言った。「一人での外出を控えること、移動の際に事前に連絡を入れること。それだけで、安全の確保が大幅に向上します」


---


サクは少し間を置いた。


行動範囲の制限。


移動の事前連絡。


研究を続けることはできる。


ただ、自由に動けなくなる。


「はい。わかりました」サクは言った。「研究は続けられますか」


「はい。研究は続けてください」マクレガーは言った。即答だった。「大統領は、研究の継続を強く望んでいます。制限するのは、移動と外部との接触の部分だけです」


「はい」


---


マクレガーが、カーター教授を見た。


「カーター教授、提案があるとのことでしたね」


「はい」カーター教授は言った。「少し、話させてください」


「どうぞ」


---


カーター教授は、一度サクを見た。


サクが頷いた。


「エマのことで、一点、お願いがあります」カーター教授は言った。「エマは今、研究から離れています。ただ、エマ自身は、研究を続けたいと言っています」


「はい」


「エマが安全に研究に戻れる環境を、アメリカとして作ってもらえますか。エマの安全が確保されれば、研究の次の段階も進められます」


マクレガーは少し間を置いた。


「エマさんの安全については、我々として全力で対応します。ただ、研究への復帰については、エマさん本人の意志と、安全の確保の両方が揃ってからにしてほしい」


「はい。それは同意します」カーター教授は言った。「エマが戻りたいと言ったとき、安全な環境があること。それだけをお願いしたかった」


「わかりました。対応します」


---


話し合いが続いた。


具体的な行動制限の内容。連絡の手順。緊急時の対応。


一つずつ、確認した。


サクは聞きながら、頭の中で整理した。


できること。できないこと。


研究は続けられる。


ただ、自由に動けなくなる。


ハルトくんには、すぐに会えなくなるかもしれない。


その考えが、頭の端に浮かんだ。


追いやった。


今は、整理することが先だった。


---


一時間ほどで、話し合いが終わった。


「今日は来ていただいてありがとうございました」マクレガーは言った。「大統領からも、よろしくとのことです。研究の継続を、強く望んでいます」


「はい」サクは言った。「研究は続けます」


「ありがとうございます」


---


部屋を出た。


廊下を歩いた。


スマートフォンを返された。


建物を出た。


外の空気だった。


四月のワシントンだった。


少し暖かかった。


---


カーター教授と並んで立った。


しばらく、誰も話さなかった。


サクが先に言った。


「教授」


「はい」


「行動制限、受け入れようと思います」


「はい」カーター教授は言った。「私もそう思っています」


「研究は続けられます。それが一番大事なことです」


「はい」


「ただ」サクは言った。


「はい」


「自由に動けなくなるということの意味を、まだ全部は整理できていません。帰ってから、ゆっくり考えます」


「そうしてください」カーター教授は言った。「急がなくていいです。今日、受け入れたことで十分です」


---


車が来た。


乗った。


サンフランシスコに向かった。


---


車の中で、サクはスマートフォンを開いた。


ハルトくんからメッセージが来ていた。


「今日、連絡が取れなくて、少し心配しました。話せるときに連絡してください」


サクは少し間を置いた。


心配していてくれた。


それだけで、少し落ち着いた。


「帰ったら、電話します。今日のこと、全部話します」と送った。


すぐに返信が来た。


「はい。待っています」


---


研究室に戻った。


カーター教授と別れた。


自分の机に座った。


午前中に確認していたデータが、そのままだった。


変換効率の数値。実験の記録。


全部、そのままだった。


何も変わっていなかった。


ただ、今日から、少し変わる。


---


ハルトくんに電話した。


一回のコールで出た。


「はい」


「帰ってきました」


「はい。お疲れ様でした」


「今日のこと、話していいですか」


「はい。聞きます」


---


サクは話した。


マクレガーとの話。各国の動き。行動制限の内容。教授の提案。エマの安全。


全部、順番に話した。


ハルトくんは黙って聞いていた。


時折、「はい」と言った。


それだけで、十分だった。


---


話し終えた。


「ハルトくん、今日、いなかった」サクは言った。


「はい」


「隣にいてほしかった」


「はい。私もそう思っていました」


「次から、行動が制限されます」サクは言った。「どこかに行くときは、事前に連絡が必要になります。一人では動けなくなります」


「はい」


「ハルトくんに会いに来てほしいとき、来てもらえますか」


「はい。来ます」ハルトは言った。「連絡があれば、来ます」


「約束ですか」


「はい。約束します」


「よかった」サクは言った。「それが聞けたら、大丈夫です」


---


少し間があった。


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「今日、整理できていないことが一つあります」


「はい」


「行動が制限されることの意味を、まだ全部はわかっていない気がして」サクは言った。「自由に動けなくなるということが、これからどういうことに繋がるのか」


「はい」ハルトは言った。「今日の段階では、わからなくていいと思います」


「なぜですか」


「今日起きたことの全部の意味は、記録が積み上がってから見えます」ハルトは言った。「今日一日の記録だけでは、まだ全部は見えません。続きが来てから、繋がります」


「続きが来てから、繋がる」サクは繰り返した。「そっか。今日はまだ途中なんですね」


「はい。途中です」


「わかりました」サクは言った。「じゃあ、今日はここまでにします。続きは、また来たときに」


「はい。来ます」


「おやすみ、ハルトくん」


「おやすみなさい」


---


電話が切れた。


研究室が静かだった。


窓の外に、四月のサンフランシスコの夜があった。


今日、また何かが変わった。


ただ、記録は手元にある。


研究は続けられる。


それが、今日の全部だった。


鍵をかけた。


帰った。


---


第百十九話 了

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