「再召集」
四月になった。
エマの救出から、二週間が経っていた。
研究室に戻ってきていた。
いつもの机。いつもの机器。いつもの数値。
ただ、少し前と違うのは、入口に警備員が一人、常駐するようになっていたことだった。
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火曜日の午前中だった。
サクは変換効率のデータを確認していた。
カーター教授が入ってきた。
「サク、少し話がある」
顔を見た。
いつもと違った。
「はい。何ですか」
「今日の午後、ホワイトハウスから迎えが来る」
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サクは手を止めた。
「迎え、ですか」
「はい。一時間前に連絡が来ました。今日の十四時に、車が来るとのことです」
「今日ですか」
「はい。今日です」カーター教授は言った。「神崎さんには、今回は声がかかっていません。私とサクだけです」
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サクは少し間を置いた。
ハルトくんがいない。
その事実を、頭の中で確認した。
前回はハルトくんが隣にいた。
ホワイトハウスの廊下を歩くとき、コールと話すとき、帰り道に立ち止まったとき。
全部、隣にいた。
「わかりました」サクは言った。「行きます」
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十四時になった。
研究室の前に、黒い車が来た。
スーツを着た男性が降りてきた。
「佐久間博士、カーター教授、よろしくお願いします」
丁寧な言い方だった。
ただ、選択肢を与える言い方ではなかった。
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車に乗った。
カーター教授と並んで座った。
窓の外に、サンフランシスコの街が流れた。
教授が、低い声で言った。
「サク、緊張していますか」
「はい」
「私もです」カーター教授は言った。「ただ、前回と同じです。研究の主導権は、渡さない。それだけを持っていけばいい」
「はい」
サクはスマートフォンを握った。
ハルトくんに連絡したかった。
ただ、迎えが来てから、連絡できていなかった。
後で、全部話そうと思った。
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ワシントンに着いた。
ホワイトハウスの前に立った。
前回と同じ白い建物だった。
ただ、今日は一人少なかった。
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入館の手続きをした。
スマートフォンを預けた。
廊下を歩いた。
前回と同じ廊下だった。
ただ、前回はハルトくんが隣を歩いていた。
今日は、教授だけだった。
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前回とは別の部屋に通された。
広い部屋だった。
長いテーブルがあった。
すでに、数人が座っていた。
コールではなかった。
スーツを着た、四十代くらいの男性だった。
側に、数人の補佐官らしき人物がいた。
「佐久間博士、カーター教授、ありがとうございます。私はコール大統領の担当補佐官、マクレガーです」
男性が言った。
「はい」
「今日は、大統領の代わりに、私から概要をお伝えします。その後、カーター教授から提案があるとのことで、それも聞かせてください」
「はい」
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マクレガーが話し始めた。
「エマさんの件については、改めてお詫び申し上げます。我々の情報収集が十分でなかった部分がありました」
「はい」
「現在、関与した人物の特定が進んでいます。今回の件は、特定の国の情報機関による単独の行動と見ています。ただ、他の国が同様の動きを検討している可能性があります」
「他の国も、ということですか」
「はい。佐久間博士の研究は、各国の情報機関から注目されています。論文の公開後、研究者本人への接触を試みようとする動きが、複数の国で確認されています」
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サクは黙って聞いた。
想定はしていた。
ただ、こうして正式な場で言われると、重みが違った。
「接触というのは、どういう意味ですか」
「研究者の引き抜き、研究データの取得、あるいは今回のエマさんのような強制的な手段。様々な可能性があります」マクレガーは言った。「今の状況では、佐久間博士とカーター教授、それからエマさんの三名が、特に注意が必要な対象です」
「はい」
「アメリカとして、引き続き安全を確保する体制を整えています。ただ、我々としても、皆さんの協力が必要です」
「協力というのは、具体的にはどういうことですか」
「行動範囲の制限と、所在の共有です」マクレガーは言った。「一人での外出を控えること、移動の際に事前に連絡を入れること。それだけで、安全の確保が大幅に向上します」
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サクは少し間を置いた。
行動範囲の制限。
移動の事前連絡。
研究を続けることはできる。
ただ、自由に動けなくなる。
「はい。わかりました」サクは言った。「研究は続けられますか」
「はい。研究は続けてください」マクレガーは言った。即答だった。「大統領は、研究の継続を強く望んでいます。制限するのは、移動と外部との接触の部分だけです」
「はい」
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マクレガーが、カーター教授を見た。
「カーター教授、提案があるとのことでしたね」
「はい」カーター教授は言った。「少し、話させてください」
「どうぞ」
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カーター教授は、一度サクを見た。
サクが頷いた。
「エマのことで、一点、お願いがあります」カーター教授は言った。「エマは今、研究から離れています。ただ、エマ自身は、研究を続けたいと言っています」
「はい」
「エマが安全に研究に戻れる環境を、アメリカとして作ってもらえますか。エマの安全が確保されれば、研究の次の段階も進められます」
マクレガーは少し間を置いた。
「エマさんの安全については、我々として全力で対応します。ただ、研究への復帰については、エマさん本人の意志と、安全の確保の両方が揃ってからにしてほしい」
「はい。それは同意します」カーター教授は言った。「エマが戻りたいと言ったとき、安全な環境があること。それだけをお願いしたかった」
「わかりました。対応します」
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話し合いが続いた。
具体的な行動制限の内容。連絡の手順。緊急時の対応。
一つずつ、確認した。
サクは聞きながら、頭の中で整理した。
できること。できないこと。
研究は続けられる。
ただ、自由に動けなくなる。
ハルトくんには、すぐに会えなくなるかもしれない。
その考えが、頭の端に浮かんだ。
追いやった。
今は、整理することが先だった。
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一時間ほどで、話し合いが終わった。
「今日は来ていただいてありがとうございました」マクレガーは言った。「大統領からも、よろしくとのことです。研究の継続を、強く望んでいます」
「はい」サクは言った。「研究は続けます」
「ありがとうございます」
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部屋を出た。
廊下を歩いた。
スマートフォンを返された。
建物を出た。
外の空気だった。
四月のワシントンだった。
少し暖かかった。
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カーター教授と並んで立った。
しばらく、誰も話さなかった。
サクが先に言った。
「教授」
「はい」
「行動制限、受け入れようと思います」
「はい」カーター教授は言った。「私もそう思っています」
「研究は続けられます。それが一番大事なことです」
「はい」
「ただ」サクは言った。
「はい」
「自由に動けなくなるということの意味を、まだ全部は整理できていません。帰ってから、ゆっくり考えます」
「そうしてください」カーター教授は言った。「急がなくていいです。今日、受け入れたことで十分です」
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車が来た。
乗った。
サンフランシスコに向かった。
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車の中で、サクはスマートフォンを開いた。
ハルトくんからメッセージが来ていた。
「今日、連絡が取れなくて、少し心配しました。話せるときに連絡してください」
サクは少し間を置いた。
心配していてくれた。
それだけで、少し落ち着いた。
「帰ったら、電話します。今日のこと、全部話します」と送った。
すぐに返信が来た。
「はい。待っています」
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研究室に戻った。
カーター教授と別れた。
自分の机に座った。
午前中に確認していたデータが、そのままだった。
変換効率の数値。実験の記録。
全部、そのままだった。
何も変わっていなかった。
ただ、今日から、少し変わる。
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ハルトくんに電話した。
一回のコールで出た。
「はい」
「帰ってきました」
「はい。お疲れ様でした」
「今日のこと、話していいですか」
「はい。聞きます」
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サクは話した。
マクレガーとの話。各国の動き。行動制限の内容。教授の提案。エマの安全。
全部、順番に話した。
ハルトくんは黙って聞いていた。
時折、「はい」と言った。
それだけで、十分だった。
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話し終えた。
「ハルトくん、今日、いなかった」サクは言った。
「はい」
「隣にいてほしかった」
「はい。私もそう思っていました」
「次から、行動が制限されます」サクは言った。「どこかに行くときは、事前に連絡が必要になります。一人では動けなくなります」
「はい」
「ハルトくんに会いに来てほしいとき、来てもらえますか」
「はい。来ます」ハルトは言った。「連絡があれば、来ます」
「約束ですか」
「はい。約束します」
「よかった」サクは言った。「それが聞けたら、大丈夫です」
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少し間があった。
「ハルトくん」サクは言った。
「はい」
「今日、整理できていないことが一つあります」
「はい」
「行動が制限されることの意味を、まだ全部はわかっていない気がして」サクは言った。「自由に動けなくなるということが、これからどういうことに繋がるのか」
「はい」ハルトは言った。「今日の段階では、わからなくていいと思います」
「なぜですか」
「今日起きたことの全部の意味は、記録が積み上がってから見えます」ハルトは言った。「今日一日の記録だけでは、まだ全部は見えません。続きが来てから、繋がります」
「続きが来てから、繋がる」サクは繰り返した。「そっか。今日はまだ途中なんですね」
「はい。途中です」
「わかりました」サクは言った。「じゃあ、今日はここまでにします。続きは、また来たときに」
「はい。来ます」
「おやすみ、ハルトくん」
「おやすみなさい」
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電話が切れた。
研究室が静かだった。
窓の外に、四月のサンフランシスコの夜があった。
今日、また何かが変わった。
ただ、記録は手元にある。
研究は続けられる。
それが、今日の全部だった。
鍵をかけた。
帰った。
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第百十九話 了




