「ホワイトハウス」
土曜日の朝だった。
サンフランシスコに着いたのは、前日の深夜だった。
サクが空港に来ていた。
久しぶりに会った。
言葉は少なかった。
ただ、隣に並んで歩いた。
それで、十分だった。
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朝、三人で朝食を取った。
カーター教授と、サクと、ハルトだった。
カーター教授が言った。
「今日、何が起きるかは、正直わかりません。ただ、一点だけ確認しておきたい」
「はい」
「今日の会談で、何を言われても、研究の主導権はこちらが持ち続ける。それだけは、三人で共有しておきたい」
「はい」サクは言った。
「はい」ハルトは言った。
「神崎さん、今日、あなたがいてくれてよかった」カーター教授は言った。「記録を持っている人間が、そこにいるということが、意味を持つと思っています」
「はい。持っています」
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午後、ワシントンに着いた。
ホワイトハウスの前に立った。
白かった。
大きかった。
サクが少し立ち止まった。
「来てしまいましたね」サクは言った。
「はい。来ました」
「緊張しています」
「はい。私もしています」
「ハルトくんも緊張するんですね」
「はい。ただ、記録は持っています」
「そっか」サクは言った。「じゃあ、大丈夫ですね」
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入館の手続きをした。
スマートフォンを預けた。
録音機器の持ち込みが禁止されていた。
案内された。
廊下を歩いた。
静かだった。
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会議室に通された。
少し待った。
扉が開いた。
コールが入ってきた。
落ち着いたスーツだった。
背が高かった。
側近が二人、後ろについていた。
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「佐久間サク博士」コールは言った。
「はい」
「カーター教授」
「はい」
コールがハルトを見た。
「神崎ハルトさん」
「はい」
「MPBの主任審査員ですね」コールは言った。「非適合者として、装置を通じて術式を発動した記録がある」
「はい」
「その記録は、私も確認しました」コールは言った。「事前に、三人全員のことを調べました。それだけは最初に言っておきます。隠すことではないので」
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コールが座った。
三人も座った。
「単刀直入に話します」コールは言った。「私は、この研究を評価しています。データが正確で、結論が明快だ。非適合者が魔法を使えるようになれば、社会全体の効率が上がる。全員が最も輝ける場所で力を発揮できる。私が目指している社会に、最も近い研究です」
「はい」サクは言った。
「ただ、この研究が今、世界に出ると、危険なことが起きます」
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「どういう意味ですか」サクは言った。
「この研究は、魔法技術の優位性を持つ国々にとって、脅威になります」コールは言った。「今まで魔法使いの数が多いことが軍事的な優位性に繋がっていた。この研究が普及すれば、その優位性が崩れる。各国が、研究を止めようとするか、研究者を取り込もうとするか、どちらかの動きに出ます」
「はい」
「あなたたちは、狙われる可能性があります」コールは言った。「今も、各国の情報機関がこの研究を注視しています。公開すれば、その注視が行動に変わります」
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部屋が静かになった。
「だから、公表を控えてほしい」コールは言った。「その代わり、アメリカとして全面的な支援を約束します。研究の継続に必要な予算、施設、スタッフ。全部、提供します。安全も保証します」
「公表のタイミングは」サクは言った。
「私が判断します」コールは言った。あっさりした言い方だった。「国際情勢が整ったとき、アメリカとして公表を後押しします。その方が、研究が正しく世に出られる」
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サクは少し間を置いた。
「ハルトくん」サクは言った。
ハルトを見た。
「はい」
「一点、聞いてもいいですか」
「はい」
「今日の話、どう記録していますか」
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コールが少し眉を動かした。
ハルトは少し間を置いた。
「はい。整理します」ハルトは言った。「コール大統領は、研究を評価している。支持している。ただ、公表のタイミングを自分が判断したいと言っている。その代わりに、資金と安全を提供すると言っている」
「はい」
「コール大統領がおっしゃっていないことが、一点あります」
コールが、ハルトを見た。
「公表を控えることで、誰が最も利益を得るかです」ハルトは言った。「各国から狙われる危険を避けられるのは、サクさんと教授です。ただ、公表のタイミングをコール大統領が管理できることで、最も利益を得るのは、アメリカです」
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部屋が静かになった。
側近の一人が、少し動いた。
コールは動かなかった。
少し間を置いた。
「正確な記録ですね」コールは言った。静かな声だった。
「はい。記録として、持っておく必要があると思いました」
「神崎さん」コールは言った。
「はい」
「あなたが、なぜここに呼ばれたか、わかりますか」
「はい。非適合者として術式を発動した記録がある人物として、ということでした」
「それもあります」コールは言った。「ただ、もう一点あります」
「はい」
「佐久間さんの論文の申請に、最初から関わってきた人物だからです。この研究の記録を、誰より持っている人間だからです」コールは言った。「あなたがどう記録しているかを、確認したかった」
「はい。確認していただきました」
「そうですね」コールは言った。少し笑った。「気に入りました。その話し方」
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コールがサクを見た。
「佐久間さん、選んでください」コールは言った。「強制するつもりはありません。ただ、選ぶ前に、一点だけ確認してほしいことがある」
「はい」
「この研究が公開された後、あなたを守れる保証が、今の私にはあります。ただ、公開後に状況が変われば、その保証が続くかどうかはわからない。それを理解した上で、選んでください」
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サクは少し間を置いた。
カーター教授を見た。
教授が頷いた。
ハルトを見た。
ハルトは何も言わなかった。
ただ、頷いた。
サクが前を向いた。
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「公表します」サクは言った。「予定通り、来月、公表します」
コールは少し間を置いた。
「わかった」コールは言った。あっさりした言い方だった。「その答えは、予想していた」
「はい」
「一点だけ言っておく」コールは言った。「公表後、何かあれば、連絡してください。約束は変わりません。公表を選んだ後でも、できる範囲で動きます」
「はい。ありがとうございます」
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「神崎さん」コールは言った。
「はい」
「最後に一点だけ聞かせてください」
「はい」
「非適合者として、術式を発動したとき、何を感じましたか」
ハルトは少し間を置いた。
「記録が、動いた、と思いました」
「記録が動いた、ですか」
「はい。頭の中に持っていた術式の記録が、実際の感覚と繋がりました。平面だったものが、立体になった感覚です」
「それは、魔法使いが感じることと同じですか」
「わかりません。ただ、記録として持っていたから、繋がりました。記録がなければ、繋がらなかったと思います」
コールは少し間を置いた。
「記録が、か」コールは言った。静かな声だった。「面白い言い方だ」
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会談が終わった。
三人で廊下を歩いた。
スマートフォンを返された。
建物を出た。
外の空気だった。
二月のワシントンだった。
冷たかった。
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三人で少し、立っていた。
誰も、すぐには話さなかった。
サクが言った。
「終わりました」
「はい」
「やった」サクは言った。「言えました」
「はい。言えました」
「ハルトくん、記録の話をしてくれてよかった」サクは言った。「あの場で、ハルトくんが話してくれたから、私も落ち着けた」
「はい。記録として、持っておく必要があると思いました」
「コールが、気に入ったって言っていましたね」サクは言った。少し笑った。「ハルトくんらしい場面でした」
「はい」
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カーター教授が言った。
「今日のことを、記録として残します。会談の内容、コールの言葉、三人の答え。全部、残します」
「はい」ハルトは言った。
「神崎さん、今日はありがとうございました」カーター教授は言った。「あなたがいてくれてよかった。記録を持っている人間がいることで、会談の質が変わりました」
「はい。来てよかったです」
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夜、サンフランシスコに戻った。
二人で夕食を取った。
向かい合って座った。
いつものカフェだった。
「ハルトくん、明日帰るんですね」サクは言った。
「はい。明日の便です」
「また離れる」
「はい」
「ただ、今日、一緒にいられてよかった」サクは言った。「今日は、ハルトくんが隣にいてくれないと、駄目でした」
「はい。隣にいられてよかったです」
「来月、論文が出ます」サクは言った。「また、色々と動きが出ると思います。怖い部分もあります。ただ、今日、ここまで来られた。それが、今日の全部です」
「はい。今日、ここまで来ました」
「続けます」サクは言った。「公表して、続けます」
「はい。続けてください」
「ハルトくんも、続けてくれますか」
「はい。続けます」
「約束ね」
「はい。約束します」
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今日のことを頭の中に入れた。
ホワイトハウスの白い壁。コールの落ち着いたスーツ。「事前に三人全員を調べました」という言葉。「この研究を評価している」という言葉。「公表を控えてほしい」という要求。「公表のタイミングは私が判断する」という言葉。「誰が最も利益を得るか」という自分の言葉。コールの「正確な記録ですね」という返し。「記録が動いた」という自分の答え。サクの「公表します」という言葉。コールの「わかった」というあっさりした返し。
全部、残った。
来月、世界に出る。
今日、その準備が終わった。
記録は、次の段階に進んだ。
窓の外に、サンフランシスコの夜があった。
明日、帰る。
寝た。
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第百十四話 了




