「呼び出し」
二月の半ばだった。
論文の公開まで、二週間を切っていた。
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水曜日の夕方、サクから電話が来た。
いつもより、少し早い時間だった。
「ハルトくん、今話せますか」
「はい」
「驚いたことがあって」サクは言った。「今日、ホワイトハウスの担当者から連絡が来ました」
ハルトは少し間を置いた。
「ホワイトハウスから、ですか」
「はい。コール大統領が、直接会って話したいとのことで。今週末、ワシントンに来てほしいと言われました」
「教授にも、同様の連絡が来ましたか」
「はい。同じ連絡が来ました」サクは言った。「それから、もう一点」
「はい」
「ハルトくんにも、来てほしいと言われました」
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ハルトは少し間を置いた。
「私に、ですか」
「はい。神崎ハルトさんも同席してほしいと。名前を指定されました」
「理由は伝えられましたか」
「非適合者として術式を発動した記録がある人物として、直接話を聞きたいとのことでした」サクは言った。「ハルトくんのことを、知っていた」
「はい」
「どう思いますか」
「事前に調べているということです」ハルトは言った。「コールは、会う前に相手の記録を全部把握する人間だと思います。サクさんのことも、教授のことも、私のことも」
「怖い?」
「はい。少し怖いです」ハルトは言った。「ただ、行きます」
「行ってくれますか」
「はい。有給を取ります」
「ありがとう」サクは言った。「一人では、行けない気がしていた」
「はい。一緒に行きます」
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翌朝、リアに報告した。
部長室に入った。
「白銀部長、相談があります」
「はい。座ってください」
向かい合って座った。
「今週末、有給を取得したいと思っています」
「はい。どういう用件ですか」
「アメリカに行きます」ハルトは言った。「コール大統領から、直接会って話したいという連絡が来ました。佐久間さんとカーター教授、それと私の三人が呼ばれています」
リアは少し間を置いた。
「コール大統領から、直接ですか」
「はい。ホワイトハウスでの会談です」
「神崎さんが呼ばれた理由は」
「非適合者として術式を発動した記録がある人物として、名前を指定されました」
「事前に調べていたということですね」
「はい。そう見ています」
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リアは少し間を置いた。
「有給の申請は通します」リアは言った。「ただ、一点だけ確認させてください」
「はい」
「今回の会談の内容は、MPBとして把握しておく必要がありますか」
「帰国後に報告します」ハルトは言った。「会談の内容次第では、MPBとして対応が必要になる可能性があります」
「わかりました」リアは言った。「帰国後に聞かせてください」
「はい」
「神崎さん」リアは言った。
「はい」
「コールは、準備して来る人間だと思います。神崎さんも、準備してください」
「はい。何を準備すればいいですか」
「神崎さんが持っている記録を、全部整理してください」リアは言った。「実験のデータ、申請の記録、審査の実績。全部です。何を聞かれても、記録で返せるように」
「はい。やります」
「気をつけて行ってきてください」
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デスクに戻った。
岸本が来た。
「神崎主任、今週末、有給ですか。珍しいですね」
「はい。アメリカに行きます」
「アメリカ」岸本は言った。少し間を置いた。「サクさんのところですか」
「はい。少し、用事があります」
「そうですか」岸本は言った。あっさりした言い方だった。「気をつけていってらっしゃい。戻ってきたら、また一緒に帰りましょう」
「はい。戻ってきます」
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鶴田も来た。
「神崎主任、週末、アメリカに行くんですか」
「はい」
「研修は、来週の分をやっておきますか」
「はい。今週中にやりましょう」
「わかりました」鶴田は言った。少し間を置いた。「神崎主任、大丈夫ですか」
「はい。問題ありません」
「なんか、少し緊張した顔をしているように見えて」鶴田は言った。
「そうですか」
「見間違いですか」
「いいえ」ハルトは言った。「少し、緊張しています」
「そうですか」鶴田は言った。「神崎主任が緊張するって、珍しいですね」
「珍しいことが起きるので」
「そうですか」鶴田は言った。「帰ってきたら、教えてください。話せる範囲で」
「はい。話せる範囲で話します」
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木曜日の夜、渡航の準備をした。
スーツを出した。
鞄を用意した。
頭の中を確認した。
実験のデータ。申請の記録。MPBでの審査実績。この三年間で積み上げてきた記録。
全部、頭の中にあった。
消えていなかった。
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サクに連絡した。
「準備できました」
「私も」サクは言った。「ハルトくん、明日の夜に着きますよね」
「はい。夜の便で着きます」
「空港に迎えに行きます」
「はい。ありがとうございます」
「ハルトくん、一つだけ聞いていいですか」
「はい」
「コールが何を言ってきても、私は公表します。それは変わらない。ただ、ハルトくんはどう思いますか。どんな話になると思いますか」
ハルトは少し考えた。
「コールは、研究の内容を評価していると思います」ハルトは言った。「就任演説で言っていた効率的な社会という考え方と、サクさんの研究は方向が合致しています。ただ、評価しているからこそ、コントロールしたいとも思っている可能性があります」
「コントロール、ですか」
「はい。価値があると判断した物を、自分の管理下に置こうとする人間がいます。コールがそういう人間かどうかは、会ってみないとわかりません」
「会ってみてから、判断するということですね」
「はい。記録を積み上げてから、判断します」
「わかった」サクは言った。「じゃあ、明日、会いましょう」
「はい。明日、会います」
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金曜日、有給を取った。
午後の便でアメリカに向かった。
飛行機の窓から、東京の街が小さくなっていった。
雲の上に出た。
頭の中を確認した。
記録は全部、あった。
コールが何を知っているかは、まだわからなかった。
ただ、こちらも記録を持っていた。
それで、進める。
それだけだった。
雲の上の空が、続いていた。
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第百十三話 了




