「受理」
二月になった。
月曜日の朝だった。
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出勤してデスクに座ると、サクから着信が入っていた。
折り返した。
一回のコールで出た。
「ハルトくん」
声が、いつもと違った。
震えていた。
ただ、泣いているのではなかった。
「はい」
「来た」
「はい」
「査読、通った。受理されました」
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ハルトは少し間を置いた。
「はい」
「受理されました」サクはもう一度言った。「正式に、受理されました」
「おめでとうございます」
「ありがとう」サクは言った。「ハルトくんに最初に言いたかった。教授にもエマにも、まだ言っていない。ハルトくんに先に言いたかった」
「はい。受け取りました」
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少し間があった。
「長かったです」サクは言った。
「はい。長かったです」
「最初の申請から、三年以上経ちました。日本で補記の連絡をもらった日から。ハルトくんが来てくれた日から」
「はい。全部、記録として残っています」
「覚えていてくれているんですね」サクは言った。「最初の電話から、全部」
「はい。消えません」
「ありがとう」サクは言った。「ハルトくんがいてくれたから、来られた。本当に、ありがとう」
「はい。来られました。サクさんが続けたから、来られました」
「二人で来られた」サクは言った。「それが、一番正しい言い方だよね」
「はい。そう思います」
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「公開はいつになりますか」ハルトは言った。
「早ければ、来月です。ジャーナルのスケジュール次第で、二月末か三月初旬になるとのことでした」
「はい」
「公開されたら、また色々と動きが出ますよね」サクは言った。
「はい。出ると思います」
「怖い部分もあります」サクは言った。「ただ、出さない理由がない。それは変わりません」
「はい。変わっていません」
「出します」サクは言った。「ちゃんと、出します」
「はい。出してください」
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電話が切れた。
デスクの前で、少し間を置いた。
受理された。
サクの研究が、記録として認められた。
最初の申請の日から、全部が繋がった。
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昼、リアに報告した。
部長室に入った。
「佐久間さんの論文が、受理されました。今朝、連絡がありました」
リアは少し間を置いた。
「受理、ですか」
「はい。正式に受理されました。公開は来月の予定とのことです」
「そうですか」リアは言った。「よかったです」
静かな言い方だった。
ただ、本当のことだとわかった。
「神崎さん」リアは言った。
「はい」
「おめでとうございます」
「はい」ハルトは言った。「ありがとうございます」
「神崎さんがずっと関わってきた研究です。それが、記録として残りました」リアは言った。「MPBとして、公開後の動きに備えます。業界団体の動きが強まる可能性があります。準備を進めておきます」
「はい。よろしくお願いします」
「神崎さん、今日は早く帰っていいです」リアは言った。
「はい?」
「今夜は、サクさんと話してください」リアは言った。「業務はそれで十分です」
「はい」ハルトは言った。「ありがとうございます」
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夕方、定時で上がった。
岸本に声をかけられた。
「神崎主任、今日、なんかいい顔してますよ」
「そうですか」
「はい。珍しい顔です」岸本は言った。「サクさんから、いい連絡がありましたか」
「はい」
「よかった」岸本は言った。あっさりした言い方だった。「それだけ聞ければ十分です。おつかれさまでした」
「おつかれさまでした」
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帰宅した。
サクに電話した。
「今夜は、ゆっくり話しましょう」
「はい」サクは言った。「そうしたかった」
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二人で、色々な話をした。
最初の申請の話。
補記の連絡の話。
サイエンスアークが買収された話。
連行された夜の話。
川沿いのベンチの話。
アメリカへ来た話。
サンフランシスコの霧の話。
実験の最初の日の話。
毎週末の面会の話。
論文を提出した日の話。
査読の修正要求が来た日の話。
再提出した日の話。
全部を、順番に話した。
サクが笑いながら話す場面もあった。
少し詰まった場面もあった。
「ハルトくん、全部覚えているんですね」サクは言った。
「はい。全部、残っています」
「嬉しいな」サクは言った。「私の記録が、ハルトくんの中に全部ある」
「はい。消えません」
「じゃあ、安心できます」サクは言った。「どんなことが起きても、記録はハルトくんの中に残っている。それが、安心です」
「はい。残ります」
「ありがとう、ハルトくん。今夜は、本当にありがとう」
「はい。今夜、話せてよかったです」
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電話が切れた。
今日のことを頭の中に入れた。
朝のサクの震えた声。「来た」という一言。
「二人で来られた」という言葉。
リアの「おめでとうございます」という言葉。
岸本の「なんかいい顔してますよ」という言葉。
今夜、二人で話した全部の記録。
全部、残った。
受理された。
来月、世界に出る。
今日は、それだけで十分だった。
窓の外に、二月の夜があった。
寝た。
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第百十二話 了




