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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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111/128

「休日」

土曜日だった。


起きたのは、八時過ぎだった。


カーテンを開けた。


一月の空だった。


晴れていた。


ただ、冷たそうだった。


---


コーヒーを淹れた。


テレビをつけた。


いつもはつけない。


ただ、今日は何となく、つけた。


---


ニュースが流れていた。


コールの就任から二週間の動きを、まとめた特集だった。


---


コメンテーターが話していた。


「コール大統領の適材適所という政策方針が、国内外で様々な議論を呼んでいます。支持する声がある一方、非適合者の権利団体からは強い反発が出ています」


別のコメンテーターが続けた。


「ただ、コール大統領の言っていることは、一見筋が通っています。全員が最も輝ける場所で活躍するという考え方は、効率的な社会の実現という観点からは理解できる部分もある」


「ただ、その最も輝ける場所を誰が決めるのかという問題が、議論の核心ですよね」


「そこが難しいところで」


---


ハルトはコーヒーを飲みながら、画面を見ていた。


コメンテーターが言っていることは、自分が先週リアに話したことと、同じ方向だった。


誰が「最も輝ける場所」を決めるのか。


その問いは、正しかった。


ただ、テレビの議論は、そこから先に進まなかった。


問いを立てて、互いの意見を言って、終わった。


記録として残るものが、何もなかった。


---


チャンネルを変えた。


別のニュース番組だった。


こちらは、アメリカ国内の非適合者の反応を特集していた。


---


街頭インタビューが流れた。


アメリカの若い女性が話していた。


「コールの言っていることの意味は、わかります。効率的な社会って、聞こえはいいですよね。ただ、私は非適合者として、ずっと魔法関連の仕事をしたいと思ってきた。それが、適した場所ではないと言われたら、どうすればいいのか」


次に、中年の男性が話していた。


「非適合者だって、魔法の研究に貢献できる。記録を管理したり、申請を確認したり、データを分析したり。魔法を使えなくても、できることはある。それを全部、適材じゃないと言うつもりなのか」


---


ハルトは画面を見ていた。


中年の男性が言ったことを、頭の中で繰り返した。


記録を管理したり、申請を確認したり、データを分析したり。


それは、自分がやってきたことだった。


五年間、そこにいた。


記録として、全部残っていた。


---


テレビを消した。


外に出ることにした。


---


コートを着た。


マフラーを巻いた。


部屋を出た。


駅に向かった。


---


近くの商店街に行くことにした。


特に目的はなかった。


ただ、外の空気を吸いたかった。


---


電車に乗った。


隣に、五十代くらいの女性が座っていた。


その向かいに、二十代くらいの男性が座っていた。


二人は知り合いらしかった。


話をしていた。


---


「コールってさ、言い方が上手いよね」男性が言った。


「そうね」女性が言った。「排除するとは言わないで、最適化って言うんだもんね」


「でも、結局、非適合者には魔法関連の仕事には向いていないって言いたいんでしょ」


「どうなんだろう。あの言い方だと、解釈の余地があるよね」女性は言った。「ただ、演説の後に暴動が起きたのは、非適合者の人たちがそう受け取ったってことだよね」


「まあ、そうね。あれだけ穏やかに言われると、反論しにくいよね。感情的に見えるから」


「そこが怖いんだよ」女性は言った。「反論すると、感情的な人間に見える。ただ、黙っていると、認めたことになる」


---


ハルトは前を向いたまま、聞いていた。


知らない二人の会話だった。


ただ、二人が話していることは、正確だった。


穏やかな言い方で包まれた排除は、反論を難しくする。


感情的に見えることを恐れると、黙るしかなくなる。


記録で返すことの意味が、改めてわかった。


感情ではなく、記録で返せば、感情的に見えない。


それが、唯一の対応だった。


---


電車を降りた。


商店街に入った。


---


土曜日の午前中だった。


人が多かった。


家族連れ。年配の夫婦。若い人たち。


色々な人間が、行き来していた。


---


八百屋の前を通ると、店主が常連らしい客と話していた。


「コールの話、聞いた?」客が言った。六十代くらいの男性だった。


「テレビで見た見た」店主が言った。「適材適所ってやつね」


「うちの息子、非適合者なんだよ。今、魔法庁の関連会社で事務やってるんだけど、これから仕事続けられるのかって心配してた」


「そうか」店主は言った。「ただ、日本はアメリカじゃないからね。すぐに何かが変わるわけじゃないと思うよ」


「そうだといいんだけど」男性は言った。「なんか、空気が変わってきた気がして。職場でも、非適合者に対する言い方が少し変わってきたって言ってて」


「空気か」店主は言った。「それが一番、じわじわ来るんだよね」


---


ハルトはその場を通り過ぎた。


少し立ち止まりたかった。


ただ、立ち止まらなかった。


頭の中に、残った。


「空気が変わってきた気がして」という言葉。


「職場での言い方が少し変わってきた」という言葉。


制度が変わる前に、空気が変わる。


空気が変わると、制度が変わりやすくなる。


それが、一番先に起きることだった。


---


コーヒーショップに入った。


注文した。


窓際の席に座った。


外を見た。


商店街の人の流れが見えた。


---


スマートフォンを確認した。


サクからメッセージが来ていた。


「今日、休みですか?」


「はい。今日は休みです。商店街に来ています」


「いいですね。私も今日は休もうと思っています。教授に言われました。たまには休みなさいって」


「はい。休んでください」


「街に出たら、何か変化を感じましたか」サクは言った。「こっちも、少し空気が変わった気がしていて」


「はい。電車の中と、商店街で、普通の人たちがコールの話をしていました」


「どんな話でしたか」


「穏やかに言われると反論しにくい、という話と、職場の空気が少し変わってきたという話です」


「そっか」サクは言った。少し間を置いた。「制度より先に、空気が変わるんですよね」


「はい。そう思います」


「ハルトくん、今日休みなのに、こんな話しちゃってごめんなさい」サクは言った。「せっかくの休みに」


「いいえ。聞きたかった話です」


「聞きたかった?」


「はい。今日外に出て見たこと、聞いたことを、サクさんに話したかった。話す相手がいると、記録が整理されます」


「私が、記録の整理に役立っているんですね」サクは言った。少し笑った。


「はい。一番、役立っています」


「そんなこと言われると、照れます」サクは言った。「おやすみの日に言うことじゃないですよね、それ」


「はい。ただ、事実です」


「うん」サクは言った。「ありがとう、ハルトくん。今日も、ありがとう」


---


コーヒーを飲んだ。


外を見た。


人が流れていた。


みんな、それぞれの話をしながら歩いていた。


コールの名前を出している人もいた。


出していない人もいた。


世界が動いている中で、土曜日の商店街は、いつもと同じようにあった。


ただ、少し重かった。


重さは、目に見えなかった。


ただ、確かにあった。


---


コーヒーを飲み終えた。


店を出た。


商店街をもう少し歩いた。


本屋に入った。


棚を見た。


魔法関連の入門書が、一角にまとまっていた。


非適合者向けの魔法鑑賞ガイド、というタイトルの本があった。


手に取った。


裏表紙を読んだ。


「魔法を使えなくても、魔法を楽しむ方法があります」と書いてあった。


そういう本が、棚に並んでいた。


需要があるということだった。


非適合者が、魔法の世界と関わりたいと思っている人間が、いるということだった。


それが、今の世界だった。


サクの研究が世に出れば、この棚の意味が変わるかもしれなかった。


---


本を棚に戻した。


店を出た。


帰ることにした。


---


駅に向かって歩いた。


風が少し強くなっていた。


一月の風だった。


冷たかった。


コートの前を合わせた。


---


駅の手前で、小学生くらいの男の子が、父親らしい男性と歩いていた。


「ねえ、パパ、非適合者ってかわいそうなの?」男の子が言った。


父親が少し間を置いた。


「かわいそうってことはないよ」父親は言った。「ただ、大変なことがあるかもしれない。世の中の仕組みが、そうなっているから」


「ぼくが非適合者だったら、どうなるの」


「それは、なってみないとわからないよ」父親は言った。「ただ、パパはどっちでも同じように一緒にいるよ」


「コールって人が、非適合者は違う仕事をするべきって言ってた」男の子は言った。「テレビで言ってた」


「そうだね」父親は言った。少し間を置いた。「ただ、誰がどの仕事をするかは、その人が決めることだよ。コールが決めることじゃない。パパはそう思う」


「そっか」男の子は言った。「じゃあ、ぼくが非適合者でも、魔法の仕事できる?」


「できるかどうかは、お前が続けるかどうかだよ」


---


ハルトは少し後ろを歩きながら、その会話を聞いた。


父親の「誰がどの仕事をするかは、その人が決めること」という言葉。


「続けるかどうかだよ」という言葉。


残った。


全部、残った。


---


電車に乗った。


帰宅した。


コートを脱いだ。


今日のことを頭の中に入れた。


テレビのコメンテーターの「誰が最も輝ける場所を決めるのか」という問い。電車の中の二人の「穏やかに言われると反論しにくい」という言葉。八百屋の前の「空気が変わってきた気がして」という言葉。本屋の棚にあった非適合者向けの魔法鑑賞ガイド。父親の「続けるかどうかだよ」という言葉。


全部、残った。


今日は休みだった。


仕事はしなかった。


ただ、外に出て、色々な人間の言葉を聞いた。


知らない人たちが、それぞれの言葉で、同じ問いの周りを歩いていた。


誰が決めるのか。


続けるかどうかは誰が決めるのか。


その問いへの答えは、記録の中にあった。


今日一日分の記録が、また積み上がった。


窓の外に、一月の夕方があった。


少し暗くなっていた。


寝た。


---


第百十一話 了

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