「余波」
一月の後半だった。
コールが大統領に就任して、二週間が経っていた。
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朝、出勤した。
デスクに座った。
メールを開いた。
デイヴィッドからが来ていた。
「神崎さん、少し共有したいことがあります。今日、時間がありますか」
「はい。昼休みであれば」
「では、十二時半にオンラインで」
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午前中、通常の業務をこなした。
鶴田が申請書の照合の質問を持ってきた。
岸本が窓口対応の件で相談してきた。
いつもと変わらなかった。
ただ、フロアの空気が、少し重かった。
誰も口にはしていなかった。
ただ、みんなが何かを感じていた。
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昼休み、オンラインに繋いだ。
「神崎さん、今日はいくつか共有したいことがあります」デイヴィッドは言った。「全部、まだ確定ではありません。ただ、方向として見えてきているものを、早めにお伝えしておきたい」
「はい。聞きます」
「一点目、IMPOへの影響です」デイヴィッドは言った。「コールの政策チームが出した内部文書に、国際魔法関連機関への資金拠出の見直しという項目があります。IMPOの運営予算の一部は、アメリカの拠出金で成り立っています。削減される可能性があります」
「削減された場合、IMPOの運営はどうなりますか」
「他の加盟国で補填できるかどうか、今確認中です。すぐに影響は出ませんが、来年度以降の体制が変わる可能性があります」
「はい。把握しました」
「二点目、各国の制度への波及です」デイヴィッドは言った。「コールの適材適所という言葉が、各国の魔法関連団体に影響を与え始めています。日本でも、業界団体が動きを強める可能性があります」
「はい。すでに照会が増えています」
「そうですか」デイヴィッドは言った。「三点目、佐久間さんの研究への影響です」
「はい」
「アメリカの研究助成機関が、審査基準の見直しを検討しているという話が出ています。非適合者関連の研究への助成について、新しい基準を設ける可能性があります。ただ、まだ検討段階です」
「サクさんの研究への直接の影響は、今のところありますか」
「今のところは、ありません。ただ、来年度の助成金の審査に影響する可能性があります」デイヴィッドは言った。「佐久間さんには、すでに連絡が入っているはずです」
「はい。確認します」
「神崎さん、全部まだ確定ではありません。ただ、今から把握しておいた方がいいと思ってお伝えしました」
「はい。ありがとうございます」
「日本の状況も、引き続き教えてください」
「はい。連絡します」
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昼休みが終わった。
午後の業務を始めた。
夕方、リアから呼ばれた。
部長室に入った。
「座ってください」リアは言った。
向かい合って座った。
「デイヴィッドさんから連絡が来ていましたか」
「はい。昼休みに話しました」
「IMPOへの資金拠出の件と、各国への波及の件ですか」
「はい。それから、サクさんの研究への影響の可能性も」
「そうですか」リアは言った。「MPBへの影響として、現時点で見えているものを整理してください。今月中に、長官に報告する必要があります」
「はい。今週中に出せます」
「お願いします」リアは言った。少し間を置いた。「神崎さん、今の状況を、個人としてどう見ていますか」
「確定していないことが多い段階です」ハルトは言った。「ただ、方向は見えています。コールの政策は、効率という言葉を使いながら、既存の区分を強化する方向に動いています。その方向が制度として固まる前に、記録として対応できる準備をしておく必要があります」
「記録として対応できる準備、というのは」
「業界団体への回答の根拠を積み上げることです。研修制度の実績を積み重ねることです。それが、制度の議論に対して最も確かな回答になります」
「はい」リアは言った。「引き続き、よろしくお願いします」
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夜、サクに電話した。
「今日、デイヴィッドさんから連絡がありました。研究への影響の可能性について」
「うん。私にも来た」サクは言った。「来年度の助成金の審査が変わるかもしれないという話ですよね」
「はい。確定ではないとのことでした」
「わかってる」サクは言った。「ただ、それより先に、もう一つ気になることがあって」
「はい」
「論文の査読結果、まだ来ていません」
ハルトは少し間を置いた。
「年内に来る可能性があると、以前話していましたね」
「はい。十一月か十二月には来ると思っていました。ただ、来なかった。先週、ジャーナルの担当者に確認したところ、審査が遅れているとのことで」
「理由はわかりましたか」
「大統領選挙の影響で、審査委員の一部が多忙になっているとのことでした」サクは言った。「政治的な状況が、学術の審査にまで影響しているということで。正直、少しがっかりしました」
「はい。それは想定していなかった影響ですね」
「うん」サクは言った。「いつ来るかも、今のところわからないとのことで。担当者が、できる限り早くするとは言ってくれましたが」
「はい」
「ハルトくん、少し不安です。査読が遅れている間に、状況が変わって、受理されなくなる可能性はありますか」
ハルトは少し考えた。
「査読の審査基準は、政治的な状況で変わるものではありません」ハルトは言った。「論文の内容として正しければ、受理されます。遅れることと、受理されないことは、別の話です」
「そっか」サクは言った。少し間を置いた。「そうだよね。ハルトくんに言ってもらうと、区別できる。私は不安になると、遅れていることと、受理されないことを同じように感じてしまっていた」
「はい。区別できると、対応が変わります」
「うん」サクは言った。「ありがとう。少し落ち着いた」
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「研究自体は、続いていますか」ハルトは言った。
「はい。続けています」サクは言った。「変換効率の改善も、少しずつ進んでいます。査読を待っている間も、次のデータを積み上げています」
「はい。それが正しいと思います」
「論文が遅れても、研究は止まらない」サクは言った。「記録は積み上がっています。それだけは、変わりません」
「はい」
「ハルトくんが言いそうなことを、私が言えるようになってきました」サクは言った。少し笑った。
「はい。一年半分の記録が、サクさんの中にも積み上がっています」
「そっか」サクは言った。「嬉しいな、それ」
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電話が切れた。
今日のことを頭の中に入れた。
デイヴィッドからの三点の情報。IMPOへの資金拠出の見直し。各国への波及。研究助成の基準変更の可能性。リアとの話。サクの「論文の査読結果がまだ来ていない」という話。大統領選挙の影響で審査が遅れているという事実。「遅れることと、受理されないことは、別の話です」という自分の言葉。サクの「記録は積み上がっています、それだけは変わりません」という言葉。
全部、残った。
コールの就任から二週間で、いくつかの方向が見え始めていた。
全部、まだ確定ではなかった。
ただ、方向は見えていた。
見えているうちに、準備する。
記録を積み上げる。
それが今できる、最も確かなことだった。
窓の外に、一月の夜があった。
少し寒かった。
寝た。
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第百十話 了




