「開票」
一月になった。
アメリカ大統領選挙の日だった。
---
朝、出勤した。
スマートフォンを確認した。
アメリカではまだ投票が続いていた。
東海岸の投票所が閉まるのは、日本時間の翌朝だった。
結果が出るのは、日本時間の昼から夕方になる見込みだった。
---
通常通り、業務をこなした。
フロアでも、選挙の話が出ていた。
岸本が鶴田に何か話していた。
鶴田が少し難しい顔をしていた。
---
昼休み、デイヴィッドからメッセージが来た。
「神崎さん、今日の夕方、開票速報を一緒に確認しませんか。日本時間の十五時ごろから東部の結果が出始めます。IMPOの担当者数名でオンラインに繋ぎます。よければ参加してください」
「はい。参加します。業務終了後に接続します」
「ありがとうございます。十七時に繋ぎましょう」
---
午後の業務を終えた。
デスクでオンラインに接続した。
フロアにはまだ数人が残っていた。
画面の中に、デイヴィッドが映った。
「神崎さん、繋がりましたね」
「はい」
「今日は四人です。フランスとドイツの担当者も来ています」
「はい」
「東部の開票が始まっています。今のところ、拮抗しています」
---
画面の片隅で、各州の開票状況が更新されていった。
デイヴィッドが時折、状況を説明した。
「東部では、コールが優勢な州が多いです。中西部の結果次第で、方向が変わります」
誰も、多くを話さなかった。
見ていた。
---
十九時を過ぎた。
西部の開票が進んだ。
少しずつ、方向が見えてきた。
---
二十時を過ぎた頃、確定した。
コールが当選した。
---
デイヴィッドが言った。
「結果が出ました」
四人が、しばらく黙っていた。
「今夜はここまでにします」デイヴィッドは言った。「対応は、明日以降に整理します。神崎さん、ありがとうございました」
「はい」
「また連絡します」
接続が切れた。
---
デスクの前で、少し間を置いた。
フロアに残っていたスタッフが、何人か画面を見ていた。
岸本が来た。
「神崎主任、結果出ましたね」
「はい」
「コールが当選しました」岸本は言った。「これから、どうなると思いますか」
「状況を見てから、判断します」
「神崎主任が落ち着いていると、少し安心します」岸本は言った。「帰りましょうか。今日は、一緒に帰りましょう」
「はい。そうしましょう」
---
ビルを出た。
三人で歩いた。
鶴田が言った。
「コールって、演説で色々言っていましたよね。効率とか、適材適所とか」
「はい」
「あれって、非適合者には関係ある話ですか」
「関係する可能性があります」
「どういう関係ですか」
「適材適所という言葉は、誰がどの場所に立つかを決める側が、適材かどうかを判断します」ハルトは言った。「非適合者が魔法関連の仕事に就くことを、適材ではないと判断する人間が出てくる可能性があります」
「それは、私たちのことですね」鶴田は言った。少し間を置いた。「ただ、神崎主任は主任として仕事をしています。それは、事実として残っています」
「はい。残っています」
「じゃあ、私も続けます」鶴田は言った。「それだけです」
---
駅で別れた。
帰宅した。
サクからメッセージが来ていた。
「当選しましたね。今夜、話せますか」
「はい。今から電話します」
---
「ハルトくん」
「はい」
「怖いです」サクは言った。「コールが大統領になった。演説で、ずっと効率とか適材適所とか言っていて。一見、誰かを傷つける言葉じゃないんですが、聞いていると、じわじわと怖くなってくる」
「はい。わかります」
「コールって、非適合者を排除するとは一言も言っていない。ただ、全員が最も輝ける場所で活躍するべきだと言っている。それが怖い」
「はい。言い方が穏やかなほど、根拠として使いやすくなります」
「ハルトくん、今夜、アメリカで暴動が起きています」
「はい。ニュースで確認しています」
「非適合者の人たちが集まって、デモが暴動になったみたいで」サクは言った。「気持ちはわかる。ただ、暴力は間違いだと思う。それでも、あそこまで追い詰められたということが、辛い」
「はい」
「私の研究が、早く世に出れば、少しでも変わるかもしれない。そう思いました」
「はい。そう思います」
「続けます」サクは言った。「続けることが、今できる一番大事なことです」
「はい。続けてください」
---
翌朝、コールの勝利演説が報道された。
出勤前に、画面で確認した。
---
コールが演台に立っていた。
落ち着いたスーツだった。
声は穏やかだった。
「私がこの国に約束することは、一点です」コールは言った。「効率的な社会を作ること。それだけです」
聴衆が応えた。
「効率的な社会とは何か。全員が、自分の最も輝ける場所で力を発揮できる社会です。得意なことで貢献し、適した場所で活躍する。それが最も豊かで、最も強い社会です」
また、応えが来た。
「魔法を持つ者は、魔法で社会を支える。知識を持つ者は、知識で社会を支える。体力を持つ者は、体力で社会を支える。それぞれが最も効率的な方法で貢献するとき、社会全体が最大の力を発揮します」コールは言った。「私は、その社会を作ります。誰かを排除するのではありません。全員を、最も適した場所に置く。それが、私の考える公平です」
---
ハルトは画面を見ていた。
演説を聞きながら、頭の中で整理した。
「排除するのではなく、最も適した場所に置く」という言葉。
一見、穏やかだった。
ただ、誰が「最も適した場所」を決めるのかが、この演説には書かれていなかった。
決める側が誰かによって、この言葉の意味は変わる。
それが、怖い部分だった。
記録として、持っておいた。
---
出勤した。
フロアに入ると、岸本が来た。
「神崎主任、演説、見ましたか」
「はい」
「穏やかな言い方でしたね」岸本は言った。「排除するとは言っていない。ただ、昨夜の暴動を見た後で聞くと、素直に聞けない」
「はい」
「昨夜、暴動に参加した人たちは、あの演説の何かに反応したんだと思います」岸本は言った。「それが何かは、わかります。わかるから、怖い」
「はい」
「ただ」岸本は言った。
「はい」
「神崎主任が今日もここにいる。それは、変わっていません」岸本は言った。あっさりした言い方だった。「私も、変わらずここにいます。それだけです」
---
午後、リアから呼ばれた。
部長室に入った。
「コールの勝利演説、確認しました」リアは言った。「適材適所という言葉が、今後の業界団体の議論に使われる可能性があります」
「はい。そう見ています」
「MPBとしての対応を、今月中に整理します」リアは言った。「ただ、一点だけ今日確認しておきたいことがあります」
「はい」
「昨夜の暴動について、神崎さんはどう見ていますか」
ハルトは少し考えた。
「暴力は正しくないと思います」ハルトは言った。「ただ、暴動が起きた背景には、制度として対応されてこなかった問題があります。穏やかな言葉で包まれた排除が積み重なったとき、人間はそこまで追い詰められる可能性がある。そういう意味では、記録として持っておく必要がある出来事だと思います」
「記録として持っておく」リアは言った。少し間を置いた。「神崎さんは、いつもそう言いますね」
「はい。記録は、必要になったときに意味を持ちます」
「そうですね」リアは言った。「神崎さん、今日も来てくれてよかったです」
ハルトは少し間を置いた。
「はい。来ました」
---
デスクに戻った。
今日のことを頭の中に入れた。
コールの当選。勝利演説の「排除するのではなく、最も適した場所に置く」という言葉。誰が適した場所を決めるのかが書かれていないという事実。昨夜の暴動。岸本の「神崎主任が今日もここにいる、それは変わっていない」という言葉。リアの「今日も来てくれてよかったです」という言葉。
全部、残った。
コールが大統領になった。
穏やかな言葉で包まれた主張が、これから制度の議論に使われる。
ただ、今日もここに来た。
仕事をした。
記録を積み上げた。
それは、昨日と変わらなかった。
変わらないでいることが、今できる最も確かなことだった。
窓の外に、一月の夜があった。
寝た。
---
第百九話 了




