「選挙戦」
十二月の後半だった。
アメリカの大統領選挙まで、三週間を切っていた。
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朝、出勤した。
デスクに座った。
スマートフォンを見た。
サクからメッセージが来ていた。
「ハルトくん、今夜話せますか。選挙の話で、少し気になることがあって」
「はい。話せます。夜、電話します」
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午前中、通常の業務をした。
昼休み、岸本が来た。
「神崎主任、アメリカの選挙、見てますか」
「ニュースで確認しています」
「コールって人、すごいこと言ってますよね」岸本は言った。「非適合者は魔法に関わる職業に就くべきではない、って言ったとか」
「はい。先週の演説でそう発言しています」
「それって、神崎主任のことも含まれますよね」岸本は言った。あっさりした言い方だった。「MPBの審査員って、魔法に関わる職業じゃないですか」
「はい。そういう解釈ができます」
「腹立たしくないですか」
ハルトは少し考えた。
「腹立たしい部分はあります」
「正直に言ってくれましたね」岸本は言った。「私も腹立たしいです。ただ、それが、アメリカの大統領になるかもしれない人間の発言なんですよね」
「可能性はあります」
「サクさんは、アメリカにいますよね」岸本は言った。「大丈夫ですか」
「今夜、話す予定です」
「そうですか」岸本は言った。「神崎主任、気をつけてください。アメリカの選挙が、日本にも影響することがあります」
「はい。わかっています」
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夜、電話した。
二回のコールで出た。
「ハルトくん」
「はい。話せますか」
「うん」サクは言った。「コールの発言、聞きましたか」
「はい。確認しています」
「先週の演説で、非適合者は魔法関連の研究や業務から外れるべきだと言っていました。聴衆の反応が大きくて、支持率が上がっているんです」サクは言った。「私の研究、非適合者が魔法を使えるようにする研究ですよね。コールが大統領になったら、どうなるか」
「はい。影響が出る可能性があります」
「研究費の問題もあるし、大学の方針も変わるかもしれない」サクは言った。「教授も心配しています。エマは怒っています」
「エマさんが怒っているんですか」
「すごく怒っています」サクは言った。少し笑った。「エマって、普段は穏やかなんですが、こういうことにはっきり言う人で。不公平だって、直接的に言っていました」
「はい。不公平だと思います」
「ハルトくんが、そう言うのは珍しい」
「事実として、不公平だと思います」ハルトは言った。「ただ、コールの発言は今のところ政治的な主張です。制度として動くかどうかは、当選してから先の話です」
「はい」
「今できることは、研究を続けることです」
「それはわかってる」サクは言った。「ただ、少し怖い。アメリカの政治が、私の研究の環境を変えるかもしれないということが」
「はい。怖い部分は、あります」ハルトは言った。「ただ、サクさんの研究の記録は残っています。コールが何を言っても、今日までの実績は消えません」
「記録は消えない」サクは繰り返した。「そうだよね。ハルトくんがそう言うと、少し落ち着く」
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少し間があった。
「一点、確認してもいいですか」ハルトは言った。
「はい」
「コールの発言の中で、具体的に何が一番気になっていますか」
「研究資金の話です」サクは言った。「非適合者関連の研究への公的支援を見直すという発言があって。私の研究は、大学の資金と、一部の民間助成金で動いています。公的支援が絡んでいるかどうか、教授に確認しています」
「結果はわかりましたか」
「まだです。来週、確認できると思います」
「はい。確認できたら、教えてください」
「うん」サクは言った。「ハルトくんは、日本でのIMPOとの連絡で、何か情報が入っていますか」
「デイヴィッドから先週、確認の連絡が来ました。アメリカの選挙の動きについて、各国の担当者が注視しているとのことでした」
「IMPOとして、対応を考えているんですね」
「はい。ただ、選挙の結果が出るまでは、状況を見守るという段階だと思います」
「そっか」サクは言った。「待つしかないね、今は」
「はい。ただ、待ちながら記録を積み上げることはできます」
「続けます」サクは言った。「続けるしかない。それは、変わりません」
「はい。続けてください」
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翌週、デイヴィッドから連絡が来た。
「神崎さん、コールの発言についてIMPOとしても状況を把握しています。一点、共有しておきたいことがあります」
「はい」
「コールの政策チームが出した文書の中に、魔法関連の国際条約の見直しという項目があります。具体的な内容はまだ不明ですが、IMPOの運営に影響する可能性があります」
「IMPO自体が影響を受けますか」
「可能性として、あります。ただ、今の段階では確認できていません。選挙の結果を見てから、対応を考えます」デイヴィッドは言った。「神崎さん、一点だけ確認させてください」
「はい」
「佐久間さんの研究への影響について、何か情報はありますか」
「研究資金の問題を、現在確認中とのことでした。詳細は来週わかる予定です」
「そうですか。把握しました。何かわかれば、教えてください」
「はい」
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年末になった。
選挙まで、一週間を切った。
リアから呼ばれた。
部長室に入った。
「神崎さん、アメリカの選挙について、確認したいことがあります」
「はい」
「コールが当選した場合、MPBへの影響はあると思いますか」
「直接的な影響は、すぐには出ないと思います」ハルトは言った。「ただ、業界団体の動きが強まる可能性があります。コールの発言が、国内の議論を後押しする根拠として使われる可能性があります」
「照会が増えるということですか」
「はい。可能性があります。コールが非適合者の職業参入に批判的であることが、国内の同様の議論を加速させる可能性があります」
「はい」リアは言った。「わかりました。来年の方針を、年明けに話しましょう。今日は状況の確認だけで十分です」
「はい」
「神崎さん、個人的に、この状況はどう見ていますか」
ハルトは少し考えた。
「批判的な立場の人間が力を持つことは、対応が必要です。ただ、批判が出ることで、記録の価値が改めて問われる場面が増えます」ハルトは言った。「問われる場面が増えることは、記録で返せる機会が増えることでもあります」
「記録で返せる機会が増える、か」リアは言った。少し間を置いた。「神崎さんは、そう見るんですね」
「はい。見方の一つです」
「そうですね」リアは言った。「その見方は、持っておいていいと思います」
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今日のことを頭の中に入れた。
岸本の「腹立たしくないですか」という言葉。サクの「少し怖い」という言葉。デイヴィッドからのIMPOへの影響の話。リアの「個人的にどう見ているか」という問い。
全部、残った。
選挙まで、あと数日だった。
結果がどちらになっても、記録は積み上がっていた。
ただ、結果によって、対応が変わる。
今は、待つ時間だった。
窓の外に、十二月の夜があった。
寝た。
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第百八話 了




