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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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106/132

「研修」

十一月の後半だった。


リアから呼ばれた。


部長室に入った。


「座ってください」リアは言った。


向かい合って座った。


「非適合者の研修制度の整備について、具体的に動き始めたいと思っています」リアは言った。「神崎さんに、研修プログラムの設計を担当してもらいたい」


「はい。やります」


「先月お伝えした通りです。ただ、今日は少し具体的に話したい」


「はい」


---


「まず、研修の目的を確認させてください」リアは言った。「この研修は、非適合者の審査員が、術式記録を正確に読めるようになることを目的としています。魔法の使い方を教えるのではありません。記録として術式を理解する力を育てることが目的です」


「はい。その通りだと思います」


「神崎さんが、その力をどうやって身につけたか。そこから設計してほしい」


ハルトは少し考えた。


「一点、確認させてください」


「はい」


「私が術式記録を読めるようになった方法は、再現可能かどうかわかりません」


「どういう意味ですか」


「私の場合、記録が蓄積されていく過程で、自然に照合の精度が上がりました。ただ、その過程が、一般的に教えられるものかどうかは、正直わかりません」ハルトは言った。「私のやり方をそのまま教えることが、研修として機能するかどうか、確認が必要です」


---


「その確認を、どうやってしますか」リアは言った。


「鶴田さんに試してもらうのが、最も確かだと思います」


「鶴田さんですか」


「はい。鶴田さんは非適合者として入庁して、三年以上、窓口対応と審査補助を続けています。現時点での術式記録の読み方の水準がどこにあるかを確認して、そこから何が必要かを整理すれば、研修の設計に使えます」


「鶴田さんに、協力を求めるということですか」


「はい。ただ、本人の了解が必要です」


「わかりました」リアは言った。「鶴田さんへの打診は、神崎さんにお願いします」


「はい。今日、話します」


---


昼休み、鶴田に声をかけた。


「少し時間がありますか」


「はい。あります」


第三審査室に入った。


向かい合って座った。


「研修制度の整備について、相談があります」


「はい」


「非適合者の審査員向けの研修プログラムを、私が設計することになりました。その設計に、鶴田さんの協力が必要です」


「私の、ですか」


「はい。鶴田さんが現時点で術式記録をどう読んでいるかを確認させてください。そこから研修に必要な内容を整理します」


鶴田は少し間を置いた。


「つまり、私の現在地を測るということですか」


「はい。そうです」


「神崎主任に、全部見られる感じですね」鶴田は言った。少し笑った。「緊張しますが、やります」


「ありがとうございます」


「ただ、一つだけ聞いていいですか」


「はい」


「私の弱いところが見えたとして、それは研修の設計に使うだけですか。評価には影響しませんか」


「評価には影響しません」ハルトは言った。「研修の設計のための情報として使います。弱いところが見えることは、むしろ研修の根拠になります。隠す必要はありません」


「わかりました」鶴田は言った。「信頼します」


「はい。ありがとうございます」


---


翌週から、確認を始めた。


週に一回、昼休みに三十分。


鶴田に術式記録を見せて、何を読み取れるかを聞いた。


最初の回、鶴田は水系の複合術式の記録を見た。


「出力の範囲は、ここに書いてあります」鶴田は言った。「先行技術との比較は、この部分で確認できます。ただ、この部分の意味が、正直よくわからなくて」


「どの部分ですか」


「この図式の、右側の枝です。何を示しているのか、数値の意味が読めません」


「はい。それは、術式の発動時のエネルギーの分配比率を示しています」ハルトは言った。「この値が、先行技術の同じ部分と比較して、どう違うかを確認することが、審査で必要になります」


「なるほど」鶴田は言った。ノートに書いた。「この部分の読み方を、今まで知らなかったです」


「はい。ここは、申請書の本文には説明が書いてないことが多い。記録として照合できるようになるまでに、時間がかかる部分です」


「神崎主任は、いつから読めるようになりましたか」


「入庁して一年目の終わりごろです。先例を百件以上読んでから、少しずつ見えてきました」


「百件、ですか」鶴田は言った。少し間を置いた。「それは、地道ですね」


「はい。地道な作業です。ただ、積み上げれば見えるようになります」


---


三週間後だった。


三回の確認を終えた。


デスクで、整理した内容を見ていた。


鶴田が読めていることと、読めていないことが、少しずつ明確になってきた。


読めていること。申請書の基本構成。請求項の形式的な確認。先行技術との比較の手順。


読めていないこと。図式の細部の意味。エネルギー分配比率の読み方。複合術式の場合の優先請求項の判断。


全部、頭の中で整理した。


リアへの報告を兼ねて、文書にまとめた。


---


部長室に入った。


「三週間の確認を終えました。報告します」


「はい。聞かせてください」


「鶴田さんが現時点で読めていること、読めていないことを整理しました。読めていないことは三点あります。図式の細部の意味、エネルギー分配比率の読み方、複合術式における優先請求項の判断です」


「その三点は、研修で教えられますか」


「はい。教えられます」ハルトは言った。「ただ、教えることはできますが、身につくまでには時間がかかります。一回の研修で完結するものではありません。継続的に積み上げる仕組みが必要です」


「どういう仕組みですか」


「週に一回、先例を一件ずつ読み合わせる形が有効だと思います。先例を読みながら、読み方の根拠を説明する。それを積み重ねることで、少しずつ見えるようになります」


「それは、今の鶴田さんとの確認と同じ形ですか」


「はい。今やっていることが、そのまま研修の形になります」


「つまり、神崎さんはすでに研修を始めていた、ということですか」リアは言った。


「はい。気づいたら、そうなっていました」


---


「神崎さん、一点だけ確認させてください」リアは言った。


「はい」


「今の鶴田さんとの確認の形を、正式な研修制度として整備したいと思っています。対象を鶴田さんだけでなく、岸本さん、それから新しく入ってくる非適合者の審査員にも広げます。神崎さんに、その担当をお願いできますか」


「はい。やります」


「主任としての業務と並行になりますが、大丈夫ですか」


「はい。問題ありません。今の鶴田さんとの確認は、通常業務の中でできています。同じ形で続けられます」


「わかりました」リアは言った。「正式な研修プログラムとして、来月から稼働する形で準備をお願いします」


「はい。準備します」


「一点、お願いがあります」


「はい」


「業界団体への回答の根拠として、この研修の実施記録を使いたいと思っています。非適合者の審査員向けの研修制度が制度として存在するという事実が、議論への回答になります。記録として残してください」


「はい。残します」


---


部長室を出た。


フロアに戻った。


鶴田が窓口対応を終えて、デスクに戻るところだった。


「鶴田さん、少し話せますか」


「はい。どうぞ」


「来月から、研修を正式に始めることになりました。今の確認の形が、そのまま研修になります。引き続き、協力をお願いします」


「はい。もちろんです」鶴田は言った。少し間を置いた。「神崎主任、一つだけ聞いていいですか」


「はい」


「この研修、私が最初の受講者になるんですよね」


「はい。そうなります」


「それって、記録として残りますか」


「はい。残ります」


「じゃあ、ちゃんとやります」鶴田は言った。「最初の受講者として、ちゃんとやります」


「はい。よろしくお願いします」


「神崎主任」


「はい」


「さっき、私の弱いところを全部見られましたよね」


「はい。把握しました」


「恥ずかしかったんですが、見てもらってよかったと思っています」鶴田は言った。「自分で気づいていなかった部分が、わかりました。知ることができたのは、神崎主任が見てくれたからです」


「はい。見てよかったです」


「ありがとうございます」鶴田は言った。「続けます」


---


その夜、サクに連絡した。


「少し話せますか」


「うん。どうしたの」


「研修の話を、少し聞いてもらいたかった」


「研修?」


「非適合者の審査員向けの研修制度を、来月から正式に始めることになりました」


「それって、ハルトくんが教えるんですか」


「はい。週に一回、先例を読み合わせる形です」


「すごいな」サクは言った。「ハルトくんが教える側になった」


「鶴田さんに確認作業をお願いして、読めていることと読めていないことを整理していたら、それが研修の形になっていました」


「気づいたらそうなっていた、か」サクは言った。「ハルトくんらしい」


「はい。ただ、一点、サクさんに話しておきたかった」


「はい」


「業界団体への回答の根拠として、この研修の実施記録を使うことになりました」


「どういうこと?」


「非適合者の審査員向けの研修制度が制度として存在するという事実が、非適合者の参入規制への議論への回答になります。記録として積み上げることで、制度の議論に対抗できます」


「なるほど」サクは言った。「研修が、制度の根拠になる」


「はい」


「ハルトくんって、そういうことを考えているんだね」サクは言った。「研修をやりながら、同時に議論への対応にもなっている」


「白銀部長がそう判断しました。私は研修を設計しただけです」


「それが全部だよ」サクは言った。「毎回、そう言うんだよね」


「事実だからです」


「うん」サクは言った。「私も、研究を続けます。記録を積み上げます。ハルトくんが記録で守っている間に、私も記録を増やします」


「はい。続けてください」


「おやすみ、ハルトくん」


「おやすみなさい」


---


今日のことを頭の中に入れた。


リアからの正式な依頼。鶴田の「最初の受講者として、ちゃんとやります」という言葉。「自分で気づいていなかった部分がわかった」という言葉。サクの「記録を積み上げます」という言葉。


全部、残った。


研修が、来月から始まる。


週に一回。先例を一件ずつ。積み上げていく。


それが、制度の議論への回答にもなる。


記録は、思わぬ形で繋がる。


それが今日も、確かだった。


窓の外に、十一月の夜があった。


少し風があった。


寝た。


---


第百六話 了

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