「再提出」
九月の第三週、火曜日の朝だった。
ハルトがデスクで申請書の確認をしていると、スマートフォンが鳴った。
サクからだった。
廊下に出た。
「はい」
「ハルトくん、今話せる?」
「はい。話せます」
「今日、再提出した」
ハルトは少し間を置いた。
「はい」
「さっき、受付番号が発行されました。正式に再提出の記録が残りました」
「おめでとうございます」
「ありがとう」サクは言った。「ハルトくんに最初に言いたかった」
「はい。受け取りました」
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「今回は、一人で出しました」サクは言った。「教授と相談して、手続きは私一人でやってみようと思って」
「はい」
「緊張したけど、ちゃんとできた」サクは言った。「最初の申請を思い出した。あのとき、補記のことをハルトくんに連絡してもらって、窓口に来てくれたんだよね」
「はい。六月でした」
「あのころから、ずいぶん来たな」サクは言った。「論文を一本、書いて、修正して、再提出した。それだけのことだけど、すごく遠くまで来た気がする」
「はい。遠くまで来ました」
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「修正の三点、全部対応できたと思う?」
「はい。先週、確認しましたが、全部対応できていました。特に二点目の先行研究との比較は、ドイツの特許との照合を入れたことで、根拠が明確になっています」
「そっか」サクは言った。「査読の結果、いつ来るかな」
「前回は提出から四ヶ月かかりました。今回は修正稿なので、少し早くなるかもしれません。二ヶ月から三ヶ月が目安だと思います」
「年内には来るかな」
「十一月から十二月になる可能性があります」
「年内に来てほしいな」サクは言った。「ハルトくんもそう思う?」
「はい。年内に来てほしいと思っています」
「ハルトくんがそう思ってくれると、なんか、年内に来る気がする」サクは言った。少し笑った。「根拠ないけど」
「根拠があります」
「何ですか」
「修正稿は、初稿より強い内容になっています。査読者が求めた修正に、全て対応できています。受理される可能性が、初稿より高い。受理の可能性が高ければ、判断も速くなる可能性があります」
「なるほど」サクは言った。「ちゃんと根拠があった」
「はい」
「じゃあ、信じます。年内に来る」
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電話が切れた。
デスクに戻った。
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昼休み、岸本が来た。
「神崎主任、今日、少し顔が違いますね」
「そうですか」
「なんか、少し穏やかな感じがします」岸本は言った。「いいことがありましたか」
「知人から、いい連絡がありました」
「サクさんですか」
「はい」
「論文ですか」岸本は言った。あっさりした言い方だった。
「はい。再提出できたとのことでした」
「それはよかったですね」岸本は言った。「神崎主任、嬉しいんですね」
「はい」
「嬉しいって、ちゃんと言えるんですね」岸本は言った。少し笑った。「いいことだと思います。主任が穏やかだと、フロアが落ち着くんですよ」
「そうですか」
「そうです」岸本は言った。「白銀部長もそうでした。部長が落ち着いていると、フロアが安定した。神崎主任も、同じです」
「はい」
「サクさんからいい連絡が来るたびに、フロアが安定するってことですね」岸本は言った。笑った。「サクさんに、感謝しないといけませんね」
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夜、今日のことを頭の中に入れた。
サクの「再提出した」という言葉。受付番号が発行された記録。「遠くまで来た」という言葉。岸本の「嬉しいって、ちゃんと言えるんですね」という言葉。
全部、残った。
サクの論文が、また一つ、記録として積み上がった。
今度は、年内に査読結果が来るかもしれない。
それが来るまで、こちらも積み上げ続ける。
窓の外に、九月の夜があった。
寝た。
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第百三話 了




