「打診」
朝、出勤した。
いつもと変わらない朝だった。
申請書の確認をしていた。
鶴田が昨日の案件の質問に来た。
岸本が窓口の件で相談してきた。
帰ってきた感覚が、少しずつ戻ってきていた。
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午後、リアから呼ばれた。
第三審査室に入った。
「座ってください」リアは言った。
向かい合って座った。
「今日は、一点、お伝えしたいことがあります」リアは言った。
「はい」
「私事になりますが、今月末付けで、私は審査部の部長に就任することが決まりました」
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ハルトは少し間を置いた。
「昇進、ですか」
「はい。審査連携部との統合に伴い、新しいポジションができました。そこに就くことになりました」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」リアは言った。少し間を置いた。「それに伴い、第三審査室の主任のポジションが空きます」
「はい」
「神崎さんに、引き継いでほしいと思っています」
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部屋が静かになった。
「私が、主任ですか」
「はい」リアは言った。「正式な辞令は、来月初旬になります。今日は内示として、先にお伝えしたかった」
「なぜ、私ですか」
「IMPOでの実績、魔法庁での経験、この三年半の業務、全部を評価した結果です」リアは言った。「組織として判断しました」
「私は非適合者です」
「はい。それは、このポジションに関係しません」リアは言った。「むしろ、非適合者が主任として業務を行うことに、制度としての意義があります」
「白銀主任が推薦してくれたんですか」
「はい。ただ、組織の判断です。私だけの意見ではありません」リアは言った。「どうですか」
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ハルトは少し考えた。
三年半前、この場所に来た。
非適合者として、窓口で申請書の記載漏れを指摘した。
記録を積み上げてきた。
魔法庁に出向した。
IMPOに出向した。
全部が、今日に繋がっていた。
「はい。受けます」
「即答ですね」
「やれることがあります。それが理由です」
「そうですか」リアは言った。少し笑った気配があった。「相変わらずです」
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「一点、確認させてください」ハルトは言った。
「はい」
「白銀主任が部長に就任された後、第三審査室との関係はどうなりますか」
「部長として、審査部全体を見ます」リアは言った。「第三審査室の主任は、神崎さんが直接判断して動く形になります。これまでより、裁量が広がります」
「はい。わかりました」
「やれることが増えます」リアは言った。「それは、神崎さんにとっていいことだと思います」
「はい。そう思います」
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少し間があった。
「白銀主任」ハルトは言った。
「はい」
「一点、お礼を言わせてください」
「何ですか」
「三年半前、採用面接で推薦してくれたと聞いています」ハルトは言った。「非適合者を採用することへの反発もあったと聞きました」
「どこで聞きましたか」
「記録として、残っていました」
リアは少し間を置いた。
「それは、正確な記録ではありません」リアは言った。静かな声だった。「反発があったのは本当です。ただ、私が推薦したのは、反発があったからではありません。神崎さんが適切だと判断したからです」
「はい」
「お礼を言われることではありません」リアは言った。「神崎さんが三年半、積み上げてきたことが、今日の内示に繋がっています。それは、神崎さんが作った記録です」
「はい」ハルトは言った。「ただ、言いたかった。お礼を」
リアは少し間を置いた。
「はい。受け取りました」リアは言った。「神崎さんも、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
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第三審査室を出た。
フロアに戻った。
デスクに座った。
いつものデスクだった。
ただ、来月からは、意味が変わる。
辞令はまだだった。
ただ、やることは見えていた。
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岸本が来た。
「神崎さん、呼ばれていましたね。何かありましたか」
「はい。少し」
「言えないやつですか」
「辞令が出てから、話します」
「了解です」岸本は言った。あっさりした言い方だった。「なんか、いい感じの顔してますよ」
「そうですか」
「はい。珍しい」岸本は言った。「楽しみにしています、辞令が出るの」
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夜、サクに電話した。
「少し、話せますか」
「うん。どうしたの」
「今日、内示がありました」
「内示?」
「主任に就くことになりました。来月、正式な辞令が出ます」
電話口が少し静かになった。
「ハルトくん、主任」サクは言った。
「はい」
「なんか、当然な気もするけど」サクは言った。「すごいね」
「やれることが増えます」
「それが、一番の理由なんですね。受けた理由」サクは言った。少し笑った。「ハルトくんらしい」
「はい」
「おめでとう、ハルトくん」サクは言った。「本当に、おめでとう」
「ありがとうございます」
「白銀主任も、昇進するんですね」
「はい。部長に就任します」
「二人とも、おめでとう」サクは言った。「ハルトくんが白銀主任のいたポジションに就く。なんか、ちゃんと繋がってる気がする」
「はい。繋がっています」
「続けましょう」サクは言った。「ハルトくんは日本で、私はアメリカで。同じ方向に向かって」
「はい。続けます」
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電話が切れた。
部屋が静かになった。
今日のことを頭の中に入れた。
リアからの内示。「非適合者が主任として業務を行うことに、制度としての意義がある」という言葉。「お礼を言われることではありません、神崎さんが積み上げてきた記録です」という言葉。岸本の「なんか、いい感じの顔してますよ」という言葉。サクの「おめでとう、ハルトくん」という言葉。
全部、残った。
三年半前、ここに来た。
非適合者として、記録を積み上げてきた。
その記録が、今日の内示に繋がった。
来月、辞令が出る。
やることが増える。
それだけだった。
それで、十分すぎるくらいよかった。
窓の外に、七月の夜があった。
蒸し暑かった。
ただ、少し軽かった。
寝た。
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第百話 了
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