愛着障害の彼女―4
女性視点4話
私が世界の中心になって幸せになることを追い求めていたら、誰かの人生をメチャクチャにする可能性がある。この歳まで生きてようやくそれを知った。私の実の母は、残念なことにそれを知ることがないまま生きた人だったのだろう。パパは優しい人ではあったけれど、柔軟ではなかったのか、逃げてしまった。
もし、悠樹が忙しくてFINEの返事が遅くなっても、「どうして!」と理由を問い詰めて怒り散らすのをやめ、「寂しかったなぁ」と感想だけを書くようにした。
あの日以来、彼は体調が悪いときは正直に申告するようになったので、そのときは助けが必要かどうかだけを訊くようにした。
それから、散らかっていたアパートを片付けた。万が一、体調を崩すのが逆パターンになって悠樹を呼ぶことになったときに、仰天させないように。…でもたぶんきっと、散らかっているのは見抜かれているだろうとは思うけど。
包丁のことは心に引っかかったままではあるが、スミコさんに料理を教わらなくちゃな、と思っていた、ある秋の日だった。
カオルさんが、他界した。
私はスミコさんと共に葬儀に出席した。会ったこともない知らない親戚たちがワイワイと集まって、少し居心地が悪かったが…葬儀屋の一室で、白い布の上に横たわるカオルさんの姿は、最後に会った日よりも遥かに瘦せ細っていて、本当に本人なのかわからないほどだった。だけど穏やかに眠っているだけのような、そんな顔だった。
納棺が始まり、死装束に身を包んだカオルさんの周りに、花や折り鶴、あの世で使うお金などを入れていく。
「お父さん。私を地獄の底から救ってくれて、ありがとうございました」
死んでからようやく「お父さん」と呼ぶなんて、なんて親不孝なんだろうか。でもようやくわかった。私の父は名前も忘れたようなパパじゃなくて、カオルさんだった。
もちろんあまりベタベタと甘えたことはないし、カオルさんがそのようにスキンシップをしてきたこともほぼないが、私の数々の試し行為を咎めず見送り、そして経済的支援をした。
スミコさんが、お母さんが、棺から少し離れた場所で静かに涙を流している。私はそのそばに行って声をかける。
「お母さん、少しの間、大学を休学して、実家に戻ってはダメですか?」
「なあに榛子、馨がいなくなって私が寂しくすると思って?」
これまでの人生で初めて「お母さん」と呼んだので、おばあちゃんのような年齢の彼女は破顔しながら問うた。
「それもあるんだけど…実は、好きな人ができたから、料理を教えてほしいの。包丁のことも、できれば、克服したい…」
「あら、そうなの!よかったわね。でも、無理はしちゃだめよ。包丁が苦手なあなたに無理やり持たせようとする男なら、やめなさいね」
「違うわ。私がやりたいの」
優しい人だから、と断言することはできない。人間にはきっと色んな顔があるから、まだ悠樹の知らない顔があるかもしれない。でも、少なくとも今は、私がそうしたい。
「そう。榛子、変わったのね。前より明るくなったわ。じゃあ、そうしましょうね」
「ありがとう、お母さん」
心にもない礼を言った日は、どのぐらい前だっただろうか。今の私は、本当に感謝している。
お母さんと、お父さんと、そして悠樹に。




