メサイアコンプレックスの彼―2
男性視点2話
――お兄ちゃんの言う通りだった。あの男はあたしのこと、愛してなんかいなかった。若い女のカラダとしてしか見てなかったんだ。
あたしね、子供ができたみたいなの。これでずっと一緒になれるねって、喜んで報告した。そしたらあいつ、今までにない形相でバカヤロウ!!って怒鳴った。何が起きたのかわからなかったのよ。それからはもう、連絡がつかないの。FINEだけじゃなくて電話も繋がらないの。
ねぇ、あたし、この子をどうしたらいい?堕ろせばいいのかな?急がないとだめなんだよね?でも、お金もないの。それに、堕ろすなんて、人殺しだよね?
あたし、本当に捨てられたの?
ねぇ、お兄ちゃん、相談に乗ってほしい――
『助けて』
あのときも、メッセージの連投が入っていた。そして同じように、仕事に忙殺されていてメッセージは見れなかった。今よりも若くて、新入社員になったばかりだった。部署の全体像もまだ見通せていないような頃で、心身余裕がなかった。
僕たちの家では、両親は共働きで、ほとんど家にいなかった。父などは単身赴任で滅多に家には帰らなかった。ほとんどがらんどうとなった家で、「千莉ちゃんの面倒をちゃんと見てね」が母の口癖だった。
千莉は大事な妹だった。兄としてしっかりしなければというよりは、僕自身も両親がほとんど不在の生活が寂しかったから、千莉と一緒にいることでそれが紛れたのだ。きっと彼女も僕を父代わりのように頼っていただろうと思う。だが、やはり不安定だった。少し注意や助言しただけで、激しく落ち込んだり、怒ったりした。
叱るのと人格否定は、全く違うものだ。叱るというのは行為に対してだけするもので、相手の人格までは踏み込まない。だけど千莉も、そして榛子も、否定されたと誤解しがちだった。
幼少期は僕にべったりと甘えていたような千莉も、高校生ぐらいになると同級生などと付き合うようになった。そこまではよかったが、突然、一体どこで知り合ったのか、一回りほども年上の男と付き合い出したのだ。
本来、大人は未成年に手を出してなんかいけない。行為さえしていなければいい、という考え方もあるかもしれないが、いずれはそこに辿り着いてしまうだろう。だから僕は止めた。きっとロクな男じゃないから、やめろ。だけど千莉は聞かなかった。おそらく、僕が社会人になったことで甘える相手がいなくなって、それで優しそうに見える年上に縋ったのだろう。
だが結果的に搾取されたのは妹のほうだった。
千莉のことだから、相手に頼まれるがままに体を許したのだろう。そうしなければ愛されないと。そんなことあるはずがないのに。そう信じてしまえば脆い。
行方を晦ました男を憎んでいる。お前は妹を殺した。それも、ほんの刹那の快楽のためだけに。避妊もせずにやったんだろう。だけど千莉が言うように、連絡先は断たれてしまっているので、データを復元するなり探偵を頼むなりしなければ見つけられないだろう。僕は今となってはそれよりも自分自身を憎んでいた。
彼女が助けを求めたときに、全くFINEもメールも見ていなかった自分自身のことを。
あのとき何か一言でも返事をできていたならば、彼女は今もまだここに生きていたかもしれない。一番最後の『助けて』というメッセージが入るまでは、3日の猶予があったのだ。その3日の間に千莉はひとりで考え込んで思い詰め、誰にも助けを求められず…いや、助けを求めた兄は振り向いてくれず、八方塞がりのような精神状態に陥って命を絶った。
「千莉をちゃんと見てって言ったのに」と幻滅し悲しんだ母とは精神的に疎遠になり、父もほとんど他人のようにして暮らしている。正直言って、僕も孤立していた。
だから、榛子を救いたいのかもしれない。それで罪が償われるとは思えない。榛子と知り合ったのは、たまたまだ。だけど彼女も両親との問題を抱え、どことなく挙動が千莉に似ていた。だから彼女のことも、死なせたくない。
彼女の過去を聞いたのは、知り合ってから2週間ほど過ぎた頃だった。
ゲームではプレイヤースキルを求められるが、そもそも一方的に考えるだけでは限界がある。だから多くのユーザーはRescordのアカウントを交換して、そこでチャットや通話で指示をやりとりしながらゲームを進める。榛子と僕もその流れに乗った。
Rescordそのものは単なるチャットや通話ツールとしても使えるので、ゲームとは関係のない雑談などもすることがあったが、そこでぽつりぽつりと榛子が過去について話すことがあったので、少しずつ知っていった。しかしよく考えたら、僕のことはあまり話していないような気がする。むしろ、話してはいけないのかもしれない。
――私のことが好きだったんじゃなくて、自殺した妹と重ねてたのね。私は妹の代わりだったのね!そう。ならもう、知らない!
…たぶん、そういう反応になるだろう。実際僕はそうなのかもしれない。だから、言わないほうがいい。
でも、榛子だってきっと僕に「パパ」を重ねようとしているんだろうから、お互い様だと思うのだけどな。
今では、榛子と僕は週に一度ぐらいの頻度で会って食事をしたり、ソシャゲのコラボカフェに行ったり、映画を見たり水族館に行ったりなど、特に目新しくもないようなデートをしているが、少なくとも僕には不満はない。
体を重ねるのは、慎重になったほうがいいだろう。千莉のことがあるから。たとえ相手から求めらたとしても…いや、その場合、断ったら、どうなるんだろうか。拒絶したと誤解をされるのか。僕が誤解されるのは構わない。だが榛子が思いもよらぬ行動に出ないかのほうが心配だ。
僕は…このままでいいのか?




