第45話 陽葵の決意
アパートの狭い一室に、場違いなほど軽やかな足音が響き、止まった。
死を待つ駆が重い瞼を開けると、そこには月明かりを背負って立つ陽葵の姿があった。
「お兄ちゃん。お父さんの日記、全部読んだよ」
陽葵の声は、驚くほど澄んでいた。彼女は一歩ずつ歩み寄り、駆の目の前で、ゆっくりと制服のボタンを外し始めた。
「私たち、本当の兄妹じゃなかったんだって。……嬉しいな。だって、これでお兄ちゃんを『男の人』として愛していいんだもん」
駆が何かを言おうとした瞬間、全身を強烈な金縛りが襲った。指先一つ動かせない。
視界が熱を帯び、陽葵がシャツを脱ぎ捨て、下着姿のまま駆の上に跨がった。薄い布越しに伝わる、生々しいほどの体温と拍動。死にかけていた駆の脳に、強烈な生の執着が叩き込まれる。
「ずっと、こうしたかったの」
陽葵は駆の顔を両手で挟み込み、深い、呼吸を奪うようなキスを強いた。彼女の手は駆の服を剥ぎ取り、肌を露わにしていく。指先が這うたび、そこが焼けるように熱い。
陽葵の指がブラのホックに掛かり、ショーツが床に滑り落ちた。月光に照らされた、完璧な曲線を描く彼女の全裸。彼女はそのまま駆を押し倒し、腰に深く跨がった。
「お兄ちゃん、私と一つに――」
陶酔した彼女の瞳が、至近距離で歪んだ。
刹那、視界が泥のように融解し、駆の意識は真っ暗な底へと引きずり込まれる。
「…………っ!」
次に目覚めた時、駆はうつ伏せに倒れていた。背中には、先ほどと同じ重みがある。
だが、跨っている陽葵は、乱れ一つない制服姿のまま、冷徹な手つきで駆の首を絞め上げていた。
「……あ、……が、……ッ」
駆は混乱する。自分の服も、さっき脱がされたはずなのに、元のまま肌を覆っている。
あれは夢だったのか。それとも、今この瞬間こそが女王の幻覚なのか。
「お兄ちゃん、ごめんね。でもね、二人の心臓を止めたのも、実は私の影なの」
陽葵の囁きは、すこし潤いを含んだ艶のある唇から、まるで毒のように紡がれた。
「私もお兄ちゃんと同じ、元から人間じゃない。【影の女王】なの。……あの日、お父さんとお母さんを殺したのは私。邪魔だったから」
首を絞める力が強まる。陽葵は狂おしげに顔を歪め、駆の耳を甘噛みした。
「愛してる。愛してるの、お兄ちゃん。だから死んで。私の糧になって、私の一部になってよ。そうすれば、私たちは永遠に離れない、本当の一体になれるんだから……っ!」
愛と殺意が不可分に溶け合った陽葵の貌。
しかし、彼女の背後で、巨大な影の翼がアパートの壁を突き破り、夜空へと広がっていく。
「……残念。今日はここまでね。お兄ちゃん。私の気持ちき向き合う覚悟ができたら……後日、【月の見えるあの丘】で待っているわ」
圧迫が解けた時、そこにはもう誰の気配もなかった。
静寂だけが残った部屋。駆の首筋には、消えない真っ赤な指の跡と、確かな熱の残滓がこびりついていた。




