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第41話 仮面の崩壊

 元凶の男は、獣と化した駆の猛攻を受けながらも、その身を霧のような影へと変え、後退していった。


「……素晴らしい。やはり君は最高だ、黎明駆」

 男は肩の肉を食いちぎられながらも、陶酔したような笑みを浮かべる。

「舞台は整った。存分に味わうがいい。君が最も愛し、最も恐れた結末を」

 男の姿が闇に溶け、気配が完全に消失する。


 標的を失った獣は、その場に崩れ落ちた。

 ミシミシと、骨が逆流するような嫌な音が響く。膨れ上がっていた黒い肉塊が、ドロドロとした泥となって剥がれ落ち、蒸気を上げながら小さくなっていく。


 陽葵は、焔に守られながら、その光景を食い入るように見つめていた。

 両親を殺した、あの憎き「仇」の断末魔。

 だが、泥の中から現れたのは、異形の怪物ではなかった。


「……はぁ、……がはっ、……っ」

 血を吐きながら、泥まみれの地面に四つん這いになったのは、ボロボロになった学園の制服を着た、一人の少年。

 駆だった。


「……え」

 陽葵の口から、乾いた音が漏れる。

 

 駆は、自分が「人間」に戻ったことに気づき、朦朧とした意識の中で周囲を見渡した。

 目の前には、こちらを呆然と見つめる焔。そして、絶望に顔を歪ませ、震えている陽葵。


(……陽葵。……ああ、よかった。……無事だったん……だな……)

 駆は、自分がつい数秒前まで「あの怪物」であったことも、陽葵の名前を忘れていたことも、戻ってきた意識の濁流の中でまだ整理できていない。

 ただ、彼女に駆け寄ろうと、泥にまみれた右手を伸ばした。 

「……陽葵、……こっちに……」

「……触らないで」

 冷たい、氷のような声だった。

 陽葵は、伸ばされた駆の腕を、まるで汚物でも見るかのような目で一瞥した。

 

 その右腕には、まだ怪物の名残である黒い鱗がびっしりと張り付き、指先からは、さっきまで食らっていた元凶の男の――そして、かつて両親から流れたものと同じ色の――血が滴っていた。


「お兄ちゃん、なの……? ずっと、私の隣にいたのは……あのお父さんたちを殺した、化け物だったの……?」

「違う、陽葵、それは……俺は、お前を守りたくて……」

「嘘。……全部、嘘。お兄ちゃんが、お父さんとお母さんを……っ!!」

 陽葵の悲鳴が、駆の胸を貫く。

 焔が、守るように陽葵の前に立ち、剣の切っ先を駆に向けた。その瞳にあるのは、かつてのライバルへの対抗心ではなく、正体不明の怪物に対する純粋な「恐怖」と「嫌悪」だった。


 駆は、伸ばしかけた手を止めた。

 言い訳をしようとした唇が、自分の掌にこびりついた鉄の臭いに反応して凍りつく。

 

 陽葵の瞳から、光が消えていく。

 その瞬間、駆は理解した。自分が何をしても、もうこの亀裂は埋まらない。

 

 世界で一番守りたかった少女に、世界で一番憎まれる存在として、彼は「再会」してしまった。

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