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第40話 妹の絶叫

 陽葵が手にした「嘘のデバイス」が、泥の地面に力なく落ちた。

 校庭の惨状は、彼女の想像を遥かに超えていた。

 校舎は半壊し、血の臭いが立ち込める中心に、それはいた。

 無数の腕が蠢き、目も鼻もない巨大な裂け目から黒い泥を滴らせる、四足歩行の異形。


「……あ」

 陽葵の身体から、一気に血の気が引く。

 その姿、その悍ましい呼吸音、その禍々しい気配。

 十五年前、自分の目の前で、大好きな「お父さん」と「お母さん」を物言わぬ肉塊に変え、幸福だった家庭を一瞬で地獄に変えた、あの悪夢そのものだった。


「……いや。……いやあああああああッ!!」

 陽葵の絶叫が、静まり返った戦場に響き渡った。

 彼女は、目の前の怪物が「記憶を失い、変貌してしまった兄」だとは夢にも思っていない。

 ただ、ずっと隠れ潜んでいた仇が、再び自分の大切な場所を壊しに現れたのだと、本能的な恐怖(を装った完璧な狂気)で叫び声を上げた。


「どうして……どうして今なの!? お兄ちゃんはどこ!? お兄ちゃんを返してよ!!」


 獣は、その叫び声に反応した。

 首をギチ、と不自然な角度で曲げ、陽葵の方を向く。

 駆としての意識を失った獣にとって、陽葵はもはや「愛する妹」ではなく、ただの「うるさい標的」に過ぎない。

 獣は、陽葵に向かって地を蹴った。

 一瞬で距離を詰め、巨大な影の爪が陽葵を切り裂こうと振り上げられる。


「殺して……。いっそ殺してよ! お兄ちゃんがいない世界なんて、もういらない……っ!!」

 陽葵は逃げようともせず、ただ瞳を閉じて、涙を流しながらその死を受け入れる。

 

 だが、獣の爪が彼女に届く直前──、逃げ延びていた焔が横から飛び出し、炎の障壁で辛うじてその一撃を逸らした。

「逃げろ!! こいつは……こいつは今までの獣魔とは格が違う! 兄は……黎明はどうした!? どこへ行ったんだ!!」

 しかし、焔の叫びは陽葵の耳には届かない。

 彼女はただ、地面に這いつくばりながら、目の前の「仇」を、この世の全てを呪うような目で見つめ、叫び続けた。


 その獣の喉の奥から、言葉にならない、悲鳴のような、あるいは誰かの名前を呼ぼうとしているような、不快な濁音が漏れ出した。


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