第42話 拒絶と沈黙
校庭に吹き抜ける風が、焦げ付いた鉄の臭いを運んでいく。
駆は泥の中に膝をついたまま、微動だにしなかった。向けられた焔の剣先が、夕闇の中で鋭く光っている。
「……何か言ったらどうなんだ、黎明」
焔の声は震えていた。裏切られた怒りよりも、信じたくないという絶望が勝っている。
「お前が……あの十五年前の怪異だったなんて、そんなこと……。お前は今まで、どんな顔をして陽葵さんの隣にいたんだ……!?」
駆は答えない。
視線は、焔の背後にいる陽葵の足元だけをじっと見つめていた。
そこには、かつて自分が必死に繋ぎ止めたはずの「妹」はもういない。
陽葵は、焔の肩越しに駆を見下ろしていた。その瞳には涙もなく、ただ、深海のように暗く、凍てつくような拒絶だけが宿っている。
「……答えてよ、お兄ちゃん」
しかし不思議なことに、陽葵の声は驚くほど静かだった。それがかえって、駆の心臓を物理的に握り潰すような苦痛を与える。
「お父さんとお母さんをバラバラにしたその手で、私に触れてたの? 私が泣くたびに、心の中で笑ってたの? ……『次は、お前の番だ』って、そう思ってたの?」
「…………っ」
駆の指先が、ピクリと跳ねた。
違う。そんなわけがない。お前を守ることだけが、俺の汚れた人生の唯一の光だった。
喉まで出かかった言葉を、駆は無理やり飲み込んだ。
今の自分に、何を言う資格がある?
自分が「怪物」であることは紛れもない事実であり、両親を殺したのも、この忌まわしい影だ。
理由がどうあれ、彼女の人生を壊したのは自分なのだ。
「ふーん。……言い訳、しないんだね」
陽葵の唇が、わずかに歪んだ。それは悲しみではなく、獲物を追い詰めた後の「冷笑」に近いものだったが、今の駆にはそれを見極める心の余裕はなかった。
「……焔さん。……もう、大丈夫です」
陽葵が焔の腕をそっと抑えた。
「話す価値もないよ。……私の前から、消えて。お兄ちゃん。……二度とその名前で、私を呼ばないで」
「消えて」
その三文字が、駆の魂に引導を渡した。
焔は剣を収めなかったが、陽葵の言葉に毒気を抜かれたように、嫌悪感もあらわに顔を背けた。
周囲にいた他の生徒たちや教官たちも、遠巻きに駆を「穢れたもの」として見つめている。
駆は、ゆっくりと立ち上がった。
右腕の影は力なく垂れ下がり、足取りは死人のように重い。
彼は一度も振り返ることなく、陽葵から、学園から、自分が守ろうとした全てから背を向け、闇が広がる森の方へと歩き出した。
背後で、陽葵が誰にも気づかれないほど微かに、そして深く、肩を震わせていたことに、誰も気づかなかった。




