第32話 最前線の地獄
聖痕学園の校庭は、もはや「教育の場」ではなかった。
空から降り注いだ獣魔の群れによって、かつての芝生は真っ黒な血と肉片に覆われ、防衛拠点として急造されたバリケードの裏では、若き騎士候補生たちが、恐怖でガチガチと歯を鳴らしていた。
「救援は!? 教官はどこだ!!」
「……あ、あああああッ!!」
悲鳴が上がる。
学園の守護結界を力任せに食い破り、全長五メートルを超える大型の獣魔が、防衛線のただ中へと躍り出た。
選民意識を剥き出しにしていたエリート生徒たちも、本物の絶望を前にしては、ただの「柔らかい餌」に過ぎない。
その時だった。
鉛色の空から、一筋の「黒い雷」が校庭の中心へと叩きつけられた。
着弾の衝撃で、大型獣魔の頭部が爆散する。
土煙が舞う中、そこに立っていたのは、学園の制服を着崩し、右腕から真っ黒な「泥」を滴らせている駆だった。
「……黎明? 貴様、なぜここに……」
血まみれで膝をついていた生徒の一人が、掠れた声で呟く。
だが、駆は答えない。
彼の背後には、いつの間にか陽葵が、戦場にそぐわない無垢な姿で佇んでいた。
「お兄ちゃん、あっち。……あの子たちが、お兄ちゃんを呼んでるよ」
陽葵が指差した先には、校舎の影から次々と這い出してくる獣魔の増援。
駆は、無感情に一歩踏み出した。
無理やり戦線へ引きずり出されたのではない。彼は自ら、この血の臭いの中に居場所を見出していた。
駆が右手を振るうたび、影が鞭のようにしなり、周囲の獣魔を文字通り「ミンチ」に変えていく。
それは守るための戦いというよりは、己の内側で暴れる「怪物」を外側に吐き出すための、悍ましい排泄作業のようだった。
学園の防衛システムを熟知しているはずの教官たちでさえ、その異常な戦闘力に言葉を失い、戦慄する。
駆の瞳からは、ついにハイライトが完全に消え失せていた。
「……邪魔だ。全員、下がってろ」
かつてのクラスメイトたちを、人間ではなく「障害物」として一瞥し、駆はさらに深い地獄の奥へと突き進む。
その背中に向けられるのは、感謝の言葉ではない。
畏怖、嫌悪、そして「あいつは何だ」という、怪物に向けられる特有の拒絶だった。




