第29話 似たもの同士
瓦礫の山に蹲る黒き獣の前に、陽葵は立っていた。
駆を包もうとした彼女の上着の下で、異形の肉体が激しく脈打つ。
(……なぜだ。……なぜ、俺を……)
獣の喉から漏れる、空気を引き裂くような掠れ声。
なぜ、この化け物を殺さなかった。
なぜ、震えもせずに自分を「兄」と呼ぶのか。
陽葵は、その問いに言葉で答えることはしなかった。
彼女はゆっくりと、自分のワンピースのボタンに手をかけ、それを一つずつ外していく。
「……あ、……」
床に落ちる白い布。
月光の下で、陽葵の細く、白い裸身が露わになった。
それは、暴力的な破壊に満ちたこの廃ビルの中で、唯一の、そしてあまりに場違いな聖域だった。
陽葵はそのまま、ドロドロとした影の粘液を厭わず、獣の胸元へと飛び込んだ。
鋭い棘が彼女の肌を掠め、赤い筋を作る。
だが、彼女はそれを気に留める様子もなく、獣の――駆の、形を失いかけた頭部を引き寄せ、その唇を、自分の唇で激しく塞いだ。
刹那。
駆の全身を、脳を焼き切るほどの衝撃が突き抜けた。
ドクン、と心臓が一度、大きく波打つ。
肺に酸素が流れ込み、浸食していた影が、彼女の体温に弾かれるようにして剥がれ落ちていく。
バキバキと、ねじ曲がった骨が正しい位置に戻る凄まじい音が響き――、
影の粒子が霧散したあとには、陽葵と同じく、一糸纏わぬ姿で床に膝をつく「駆」の姿があった。
「……っ、は、……あ……」
人間としての肺が、冷たい夜気を吸い込む。
駆の瞳に、僅かな光が戻る。陽葵。彼女は、妹だ。
自分の記憶の深淵に沈んでいた彼女の輪郭が、痛みを伴って浮上してくる。
「……どうして……、俺だとわかった……」
駆は震える腕で、自分と同じく裸の陽葵を抱きしめた。
陽葵は、駆の肩に顎を乗せ、耳元で愛おしそうに囁く。
「……お兄ちゃんに、似てたから」
「……似てた?」
「うん。あの獣魔、雰囲気がお兄ちゃんに、そっくりだったよ」
彼女の瞳に、狂おしいほどの愛着と、それ以上に深い「闇」が宿る。
駆がその言葉の意味を反芻しようとした、その瞬間だった。
抱きしめていた陽葵が、不意に、駆の口内に自分の舌を滑り込ませた。
甘い感触。だが、直後、駆の視界が火花を散らす。
「――っ!!」
陽葵が、駆の舌を、逃がさないほど激しく、深く、噛みちぎらんばかりの力で噛みしめたのだ。
口内に広がる、熱い血の味。
駆は激痛に目を見開いた。
陽葵は血に染まった唇を離し、恍惚とした表情で駆を見つめる。
「これで、お揃いだね。……お兄ちゃん」
駆の口から、どろりと鮮血が滴り落ち、床の影と混ざり合う。
痛みこそが、自分が「生きている」ことを証明する唯一の絆であるかのように。
裸で抱き合う二人の背後から、学園の救助隊の激しい足音が近づいていた。




