第17話 魔力の暴走
聖痕祭の翌日。学園内には、昨夜の狂乱の残骸と、祭りの終わりを惜しむ気だるい空気が漂っていた。
駆は、重い足取りで中庭の廊下を歩いていた。
右肩の傷は、陽葵が塗ってくれた市販の軟膏のおかげか、痛みは引いている。だが、体の芯にある「違和感」だけが、鉛のように重く居座っていた。
(……魔力の擬態が、上手くいかない)
駆は、無能の劣等生として振る舞うために、常に自分の強大な「影」を、微弱な「Fランク魔力」へと擬態させている。
だが、昨日の領域展開の代償か、内側から溢れ出す漆黒の奔流が、制御を離れて暴れ回ろうとしていた。
「おい、黎明。ボサッとするな。今日は全校生徒対象の『魔力定期検診』だぞ」
クラスメイトの声に、駆はハッとして顔を上げた。
視線の先には、最新型の魔力測定器――「魔導の天秤」が設置された特設ブースがある。
生徒たちが一人ずつ、水晶球に手を触れていく。
「Cランク。次」「Bプラス。優秀だな」
淡々と告げられる判定。
(マズい……。今の状態でこれに触れたら、擬態が剥がれる)
駆の背中に、嫌な汗が流れる。
列は着実に進み、ついに駆の番が回ってきた。
測定員の教師が、退屈そうに手元のタブレットを叩いている。
「黎明駆か。……どうせいつもの『測定不能(微弱)』だろうが、一応形式だ。触れろ」
駆は震える指先を、冷たい水晶球へと伸ばした。
心の中で必死に念じる。
(鎮まれ。……消えろ。……ただの無能の影でいろ……!)
指先が触れた、その瞬間。
ピィィィィィィィィィン!!
鼓膜を突き刺すような高音の警告音が、静かな廊下に鳴り響いた。
水晶球の内側で、本来なら青白く光るはずの魔力が、ドロリとした「漆黒の墨」のような色に染まり、激しくのたうち回る。
「……な、なんだ!? 数値が……計測限界を超えて……逆流している!?」
教師が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
液晶画面に表示された数値が、FからA、そしてSへと一気に駆け上がり、最後にはバグを起こしたように、見たこともない古代文字のような記号で埋め尽くされた。
「……あ、あれ? 合格、でいいですよね?」
駆は引きつった笑みを浮かべ、反射的に手を離そうとした。
だが、その時。
「――逃がさんぞ、黎明」
背後から、氷のように冷たい声が響いた。
焔だ。
彼は、狂ったように点滅する測定器と、蒼白な顔をした駆を、射抜くような視線で見つめていた。
「合格なわけないだろ。……その真っ黒な『魔力』。昨日、俺が体育館で感じた獣魔のモノと全く同じだ」
周囲の生徒たちが、異変に気づいて集まってくる。
「黎明が……獣魔?」「あの漆黒の光、何だ……? 呪いか?」
ざわめきが、波のように広がっていく。
駆は、押し寄せる視線と、自身の内側から漏れ出す「影」の衝動に、眩暈を感じていた。
擬態という名の仮面が、今、音を立てて崩れようとしている。
その光景を、校舎の二階、人影のない教室の窓から、じっと見下ろしている少女がいた。
陽葵だ。
彼女は、騒動の中心にいる兄を見つめながら、指先で窓ガラスをトントンと規則正しく叩いていた。
「……あーあ。……お兄ちゃん、隠すの下手だなぁ」
陽葵は、困った子供を見るような優しい微笑みを浮かべたまま、その瞳の奥に、昨日と同じ「絶対的な静寂」を宿していた。




