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第14話 約束の破片

 モノクロームの世界が、ガラスが砕けるような音と共に崩壊した。

 一気に流れ込んでくる、体育館の熱気と喧騒。主役級の生徒たちが放つ派手な魔法の残光。


 駆は舞台の隅で、脱ぎ捨てた段ボールの「木」の横に膝をついていた。

 右手からは影の鎧が霧のように消え、残ったのは激しい動悸と、右肩に刻まれた生々しい裂傷の痛みだけだ。


(……倒した。……はずだ)


 知性体の気配は完全に消え失せている。

 客席は何事もなかったかのように劇のクライマックスに沸き、拍手喝采が巻き起こっていた。


「黎明、何してんだ! 幕が降りるぞ、早く片付けろ!」

 クラスメイトの怒声が飛ぶ。駆はふらつきながら立ち上がり、最前列を見た。


 そこには、もう陽葵の姿はなかった。

 空席。彼女が振っていたはずの「最高の木」のうちわだけが、寂しく椅子の上に残されている。


「……陽葵?」


 胸の奥が、冷たい氷を飲み込んだようにザワついた。

 駆は必死に記憶の糸を辿る。劇が終わったら、どこで陽葵と待ち合わせる約束をしていたか。



 放課後。学園祭の夕暮れ時。

 どこか、二人にとって特別な場所で、一緒に模擬店を回ろうと言ったはずだ。

 だが、その「場所」の名称が、影の力を使った代償として、泥のように溶けて思い出せない。


(どこだ……? 噴水前か? 屋上か? それとも……裏庭か?)


 思考が空回りする。

 九条さんの警告が、耳鳴りのように響く。

 ――「次に忘れるのが陽葵に関することだったら、終わりだ」


 駆は制服の上着を羽織り、肩の傷を隠しながら、夕闇に染まり始めた校内を走り回った。

 オレンジ色の空に、後夜祭のキャンプファイヤーの煙が昇っている。

 楽しげな笑い声が、今の駆には死者たちの囁きのように聞こえた。


(思い出せ……。陽葵が楽しみにしてた、あの場所……)


 駆は焦燥感に駆られながら、校舎の連絡通路を駆け抜けた。

 そして。

 人混みが途切れた夕暮れの渡り廊下で、駆は「その背中」を見つけた。


 夕陽を浴びて、メイド服のフリルを揺らしながら歩く、細い少女のシルエット。

間違いない。陽葵だ。


「……陽葵! 悪かった、遅くなって……!」


 駆は安堵と共に声をかけ、駆け寄ろうとした。

 だが、あと数歩というところで、駆の足が、まるで見えない糸に引かれたかのように止まった。


 陽葵はまだ、こちらに気づいていないらしい。

 彼女はゆっくりとした足取りで、夕陽に照らされた通路を歩いている。


「…………あれ?」


駆の口から、無意識にそんな声が漏れた。

見慣れた、ずっと守ってきたはずの妹の後ろ姿。

服装も、髪型も、背丈も、全部。

なのに。


夕陽に照らされた彼女の「影」の形。

あるいは、彼女が纏う、微かな、けれど決定的な「何か」。

そこには、言語化できない、パズルのピースが一つだけ違うような、奇妙な『違和感』が、静かに漂っていた。


(なんだ……? 何かが、おかしい。……俺の知っている陽葵は、あんな風に……)


駆の胸の奥で、知性体との闘いのときに聞いた陽葵

「鼻歌」が、再び蘇った気がした。


 陽葵が、ピタリと足を止めた。

そして、ゆっくりと、首だけをこちらへ向けていく。


「……あ、お兄ちゃん。……やっと、見つけた」


陽葵は、とびきり清らかな笑顔でそう言った。

だが駆は、その笑顔を見ても、胸の奥の「違和感」を消し去ることができず、ただ立ち尽くした。


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