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第12話 招かれざる客

 聖痕祭、当日。

 学園の体育館に設置された特設ステージでは、駆のクラスによるファンタジー演劇の上演が始まっていた。

 舞台中央では、クラスの主役級たちが派手な魔法エフェクトと共に剣を振るっている。

 その端の方で、駆は茶色のタイツに身を包み、緑の葉っぱが茂った巨大な段ボールを被って、微動だにせず直立していた。

 配役は――【森の木 A】。


(……なんで俺は、こんな格好で15分も立ってるんだ)


 視界を遮る段ボールの隙間から、駆は死んだような目で客席を眺めていた。

 本来、無能の劣等生である彼には、舞台装置の移動以外の仕事は与えられない。だが「人数合わせ」という名目で、この屈辱的な役を押し付けられたのだ。

 客席の最前列には、自分のクラスの休憩時間を使って駆けつけた陽葵が座っている。

 彼女はメイド服姿のまま、両手に「お兄ちゃん、最高の木だよ!」と書かれた自作のうちわを握りしめ、全力で応援していた。


(陽葵……。頼むからそのうちわをしまってくれ。死にたくなる)


 だが、駆の自虐的な思考は、客席の中央に座る「異物」を見た瞬間に凍りついた。

 熱狂する観客の中で、その男だけが、彫像のように動かずステージを凝視している。

 仕立ての良いスーツを纏っているが、その瞳には生気がなく、まるで「人間の皮を被った深海魚」のような不気味さを撒き散らしていた。


(……知性を持つ獣魔。擬態の精度が高いが、殺気が漏れすぎている)


 駆は「木」として直立したまま、右手の影を慎重に操作しようとした。

 だが、男の動きの方が早かった。

 男は音もなく席を立つと、周囲の観客が劇に集中している隙に、ステージへと歩み寄ってくる。

 男の口角が、人間の骨格を無視して耳元まで裂けた。


「……見つけたぞ、黎明駆。……君の絶望、その木の皮ごと剥いで中身を啜ってあげよう」


 瞬間、駆の瞳が漆黒に染まる。

 彼が右手を一閃させると、体育館の全ての影が爆発するように膨れ上がり、世界を飲み込んだ。


【――影の王のシャドウ・ガーデン


 それは、現実の時間軸から完全に切り離された、静寂と忘却の領域。

 色を失ったモノクロームの世界で、体育館の喧騒はピタリと止まった。

 跳ね上がる観客、派手な演出、そして最前列で「最高の木」のうちわを振っていた陽葵の姿も、まるで作られたばかりの蝋人形のように固定されている。


「……ほう。無能の劣等生が、これほどの『領域』を展開するとはな」


 怪物だけが、停止した世界の中で首を180度回転させ、ニヤリと笑った。

 駆は段ボールを脱ぎ捨て、漆黒の鎧を纏う。彼にとって、この領域は陽葵を、このバカバカしい祭りを守るための、孤独な聖域だった。


 ドゴォォォォッ!!


 音を持たない衝撃波が炸裂する。

 駆は怪物の背中から生える無数の触手を切り裂きながら、常に背後の陽葵を守るように立ち回った。


 死闘の最中、駆は舞台袖に置かれていた、演劇用のアルミ製の大きな盾(小道具)の横を通り過ぎる。

 その表面は鏡のように磨かれている。


(……陽葵。……すぐ終わらせる。……待ってろ)

 駆は陽葵に、心の中でそう告げた。


 彼女は、うちわを手に、純粋無垢な応援の表情で固まっている。

 だが。

 駆が怪物の攻撃をいなし、体勢を入れ替えた、その一瞬。


 アルミの盾に映る陽葵の表情が、「微かに、動いた」。

 ピクリ、と口角が上がる。


(この領域では人間の時間は止まっているはずなのに、ありえない……)


 それは、凍りついたモノクロの世界で、兄の死闘を「楽しげに」眺める、底知れない闇を孕んだ「不気味なほくそ笑み」だった。


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