第四十話 二十日の約束
川口の弥平が蕨宿へやって来たのは、浦和からの書付が届いて三日後のことだった。
朝の中山道には江戸へ向かう旅人や荷を運ぶ男たちが行き交い、旅籠の前では出立を控えた客が草履の紐を結び直していた。商家の軒先からは品物を運び出す声が聞こえ、荷車の車輪が小石を踏むたび、乾いた音が響いている。
「蕨もなかなか賑やかな宿場じゃねえか」
浦和の商家の主人は、通りの両側を眺めながら歩いていた。弥平も隣にいるが、こちらは店構えより道を行く荷車の方が気になるらしい。
「旦那、あれを見てくださいよ」
弥平が目を向けた先では、一台の荷車が商家の前へ寄せようとしていた。しかし、先に止まっていた車が邪魔になり、御者が困った顔で手綱を引いている。
「荷を運んでくるのはいいが、降ろす場所が空いてねえ。ああいう時が面倒なんですよ」
「お前と歩いてると、町見物もできねえな」
「町見物に来たんじゃありませんからね」
弥平が涼しい顔で答えると、主人は呆れたように笑った。
その先で二人を待っていたのは、清兵衛だった。
「浦和からのお客様ですね。お待ちしておりました」
互いに名乗り、挨拶を交わすと、清兵衛は二人を岡田家へ案内した。
清兵衛は道中、納屋を借りるまでの経緯や、雨で傷んだ道を直したことを簡単に話した。弥平は必要なところだけ尋ね、清兵衛が詳しく知らないことは、それ以上聞こうとしなかった。
「道のことは、直した本人に聞くのが一番ですからね」
「権蔵さんという男なんですが、今日は納屋の方で待ってもらっています」
「そりゃありがたい」
清兵衛は、思っていたより話のしやすい男だと感じていた。荷運びの仕事をしていると聞き、もっと荒っぽい人物を想像していたのだが、弥平は相手の話をきちんと聞き、知らないことを知ったふりもしない。
ただ、荷車が通るたびに、どうしてもそちらへ目が向いてしまうらしかった。
*
岡田家では、加兵衛と敬之助が待っていた。
挨拶を終え、茶が運ばれてくると、敬之助が現在預かっている荷について書付を広げた。
「今あるのは、最初にお約束した五台分です。それ以外の荷は引き受けておりません」
「先日、もう一台来たという話は聞いてますが」
弥平が尋ねると、清兵衛が頷いた。
「あれは降ろさずに戻ってもらいました。こっちの約束にない荷でしたからね」
「そいつはよかった。預かると決めてねえ荷まで降ろされたら、後が大変ですから」
弥平は書付を一通り確かめると、早くも納屋の方へ関心を移した。
「できれば、実際に見せていただきたいんですがね」
「もちろんです。そのためにお越しいただいたんですから」
清兵衛が立ち上がろうとすると、加兵衛が声を掛けた。
「弥平さん、一つだけ申し上げておきたいことがあります」
「何でしょう?」
「あの道は荷車のためだけにあるわけではありません。近所の者が井戸へ水を汲みに行く時にも使いますし、畑へ出る者もおります。仕事が増えるのは結構なことですが、そこは忘れないでいただきたい」
弥平は茶碗を置き、加兵衛へ向き直った。
「承知しました。俺らも人の道を借りて仕事してるようなもんですからね。車を止める場所や刻限は、よく確かめておきます」
加兵衛はその返事を聞き、静かに頷いた。
清兵衛は敬之助から書付を受け取ると、二人へ声を掛けた。
「では、参りましょうか。権蔵さんのほかに、辰五郎にも声を掛けてあります。人足のことも話になるでしょうから」
「若い衆をまとめている方ですかい?」
「ええ。少々威勢のいい男ですが、仕事となれば頼りになりますよ」
「そりゃ、会うのが楽しみだ」
弥平が笑ったので、清兵衛もつられて口元を緩めた。
*
納屋へ続く道の入口では、権蔵が待っていた。
「おう、来たか」
「権蔵さん、こちらが川口の弥平さんです」
清兵衛に紹介され、弥平が頭を下げると、権蔵は軽く手を上げた。
「道を見たいんだってな。好きに見てくれ。直したところも、直してねえところもあるからよ」
「ありがとうございます」
弥平は道へ足を踏み入れ、残っている轍を眺めながら歩き始めた。砂利が敷かれたところではしゃがみ込み、指先で土の具合を確かめている。
「ここは随分しっかりしてますね」
「そこは雨でえらいことになった場所だ。下からやり直したんだよ」
「こっちの溝も?」
「ああ。水を逃がさねえと、また掘り返す羽目になる」
弥平は溝の先を目で追い、納得したように立ち上がった。
「これなら、荷を積んだ車も通れそうですね。ただ、何度も通すとなると……」
「また傷むって言いてえのか?」
権蔵の声が少し低くなった。
「ええ。雨でも続けば、車輪が沈むところも出るでしょうから」
「そりゃ傷むさ。道なんざ、使えば傷むもんだろ」
権蔵は弥平の足元を顎で示した。
「俺らは、今の荷を通せるようにしてくれって頼まれたんだ。何年も手入れしなくていい道を作ったわけじゃねえ。毎日何十台も通すつもりなら、また別の話だぞ」
弥平は、少し言葉を選んだ。
「いや、手を抜いたって言ってるわけじゃありませんよ。むしろ、よく直してあると思ってます。ただ、俺らが続けて使うとなると、何に気をつけりゃいいか知っておきたいんです」
権蔵はしばらく弥平を見ていたが、やがて道の脇へ歩き、砂利を入れた場所を示した。
「だったら、ここを見とけ。雨が続いたら、この辺から気をつけた方がいい。車輪が深く入るようになったら、無理して通すんじゃねえぞ」
弥平もその場所まで歩き、土の具合を確かめた。
「分かりました。通る前に様子を見た方がよさそうですね」
「そういうことだ」
権蔵はそれだけ答え、先へ歩き始めた。
清兵衛は二人の後ろをついていきながら、少し安心していた。最初は何か言い合いになるかと思ったが、どうやら互いに仕事の話をしているだけらしい。
しばらく進んだところで、弥平が足を止めた。
「権蔵さん、五台の荷を入れた時は、どうやって車を動かしたんです?」
「一台ずつ入れたよ。荷を降ろしたら空の車を先に出して、次を入れる。そうしねえと、この先でつかえちまうからな」
「空の車は、どこまで戻したんで?」
「あの入口のところまでだ。あそこなら少し余裕がある」
弥平は権蔵が指した方へ歩き始めた。
清兵衛が不思議そうに声を掛ける。
「弥平さん、納屋は向こうだよ」
「分かってます。空の車になったつもりで、ちょいと戻ってみてるんです」
弥平は道幅の狭いところで足を止め、荷車が曲がる様子を思い浮かべるように、地面の轍を追った。
「ここへ車を止めたら、次の車は入れませんね」
「だから止めねえんだ。空いた車は先に出しちまう」
権蔵が言うと、弥平は振り返った。
「それなら、荷を入れるだけの仕事はうまくいきますね」
「実際、うまくいったんだよ」
「ええ。今度の仕事でも、そのやり方が使えるか考えてたんです」
清兵衛が口を挟んだ。
「川口へ荷を引き継ぐ話かい?」
「そうです。浦和から来た車が荷を降ろして、川口の車が積んでいく。両方をここへ入れるんなら、どっちかが待たなきゃならねえでしょう」
「だったら、浦和の車を先に帰せばいいんじゃないか? 荷は一度納屋へ入れて、川口の車は後から呼ぶんだ」
弥平はすぐに頷いた。
「それも一つの方法ですね」
「そうだろ?」
清兵衛は嬉しそうだったが、弥平は道の先へ目を向けた。
「ただ、川口から来る俺らが遅れたら、その荷はしばらく納屋に置くことになる。早く着きすぎれば、今度は俺らが待つ。だから、来る刻限は決めといた方がいいでしょうね」
「そいつは何とかなるんじゃねえか?」
「ええ。荷の量が少なけりゃ、そう難しくはないかもしれません」
そこで権蔵が口を挟んだ。
「刻限を決めるんなら、近所の者が通る時間も考えとけよ」
ちょうどその時、前方の家から桶を持った女が出てきた。
女は清兵衛たちの姿を見ると、少し足を緩めた。道いっぱいに男たちが立っていたため、通りにくかったらしい。
「おっと、すみません」
清兵衛が先に道の端へ寄ると、弥平たちも後に続いた。女は軽く頭を下げ、桶を提げて通り過ぎていく。
「あの先に井戸があるんだ」
権蔵は女の後ろ姿を見送りながら言った。
「この辺の家じゃ毎日のことだ。荷車を何台も止めて、いちいち待たせるわけにもいかねえ」
「だったら、その時間は避けた方がいいですね」
弥平は道の先を眺めた。
荷車が一台通れることと、荷車を好きな時に通してよいことは違う。
川口でも、似たようなことで揉めた覚えがあった。
清兵衛は先日の辰五郎の話を思い出していた。道を直すだけでも随分苦労したが、使い続けるには、まだ考えることがあるらしい。
*
柿の木の家では、弟が納屋の戸を開けて待っていた。
清兵衛が改めて事情を説明すると、男は弥平たちへ頭を下げた。
「今あるのは、最初にお約束した五台分です。ほかの荷は入れておりません」
「今日は見せていただくだけですから、ご心配なさらねえでください」
弥平は丁寧に答えてから、納屋の中へ足を踏み入れた。
中には縄でまとめられた包みや木箱が並び、荷と荷の間には人が通れるだけの隙間が残されている。壁際まで無駄なく使っている様子を見て、弥平は感心した。
「ほう。随分きちんと収めてありますね」
「敬さんがいろいろ考えてくれたんですよ」
清兵衛が言うと、敬之助は荷の方へ目を向けた。
「運び込む時に、皆さんが順番を守ってくださったおかげです」
弥平は奥まで進み、積まれた荷と出入り口の間を確かめてから戻ってきた。
「今の荷を預かるには、これで十分でしょう」
「そうでしょう?」
清兵衛は思わず顔をほころばせた。
納屋を借りるまでに何度も話をし、道を直して、ようやく五台分の荷を運び入れたのである。川口の運び手にも認めてもらえたことが、素直に嬉しかった。
しかし、弥平は出入り口の辺りでもう一度立ち止まった。
「ただ、新しい荷を入れるとなると、話は別ですね」
「どういうことだい?」
「今の荷で、もう随分場所を使ってるでしょう。これから別の荷を預かるとして、どこへ置くんです?」
清兵衛は納屋の中を見回した。
壁際に多少の隙間はあるが、まとまった荷を置くほどの余裕はない。
「今の荷が引き取られてからなら、場所は空くんだが……」
そこへ、柿の木の家の弟が口を挟んだ。
「清兵衛さん、それは少し待ってください」
男は納屋の中へ目を向けたまま続けた。
「荷がなくなれば場所は空きますが、次の荷まで預かるとは、まだお約束しておりませんよ」
「ああ、そうだった。すまねえ」
清兵衛はすぐに頭を下げた。
「勝手に使おうって話じゃないんだ。ただ、場所のことを聞かれたもんだからさ」
「それならよいのですが……」
弟は少し言いにくそうにしてから、弥平へ向き直った。
「うちは以前も荷を預かって困ったことがあるんです。一度だけと言われても、その後に次も次もと頼まれるようでは、家の者が安心できません」
弥平は静かに聞いていた。
古い納屋とはいえ、持ち主には持ち主の使い道がある。荷を扱う側からすれば便利な場所でも、貸す側まで同じように考えるとは限らない。
「そいつはごもっともです。新しい荷の話をするなら、改めてお願いしなきゃなりませんね」
「ええ。兄とも相談しなければなりませんから」
弟はそれ以上言わなかったが、簡単に了承するつもりがないことは、誰の目にも分かった。
*
納屋の外へ出ると、辰五郎が若い衆を一人連れてやって来た。
「清兵衛さん、遅くなってすみません。ちょいと仕事が片づかなくて」
「いや、ちょうどよかった。こちらが川口の弥平さんだ」
「へえ、あんたが!」
辰五郎は弥平へ威勢よく頭を下げた。
「辰五郎ってもんです。この辺の若い衆をまとめてましてね。人手が必要なら、ぜひ声を掛けてくださいよ」
「そりゃありがたい。俺も川口で人足を使ってるんですが、何かと苦労が多くてね」
「そりゃ、こっちも同じですよ」
辰五郎が笑うと、弥平は納屋の方へ目を向けた。
「荷車一台分の荷を降ろすとなると、何人くらい集められそうです?」
「荷の大きさにもよりますが、五、六人くらいなら何とかなると思いますよ」
「仕事の日を前もって決めたら、集まれますかい?」
「そりゃ助かりますね。急に言われたって、みんな別の仕事がありますから」
「でしょうな。俺も川口で何度も困ってるんですよ」
辰五郎は少し意外そうな顔をした。
「川口でもですか?」
「川口だからって、人足が暇を持て余してるわけじゃありませんからね。仕事が重なりゃ、こっちも頭を抱えますよ」
「へえ、そいつは大変だ」
「だから、来る日と荷の量が早めに分かるなら、ありがたいんです」
辰五郎はしばらく考えていたが、やがて頷いた。
「だったら、日取りが決まったら知らせてください。こっちも若い衆に当たってみますから」
「そうしてもらえると助かります」
「よし、そん時は任せてくださいよ」
「まだ仕事が決まったわけじゃねえぞ、辰さん」
権蔵が横から口を挟むと、辰五郎は不満そうに顔をしかめた。
「分かってるよ。これから決めるんだろ?」
「ならいいけどよ」
弥平は二人のやり取りを聞きながら、少し口元を緩めた。
*
ひととおり現場を見終えると、清兵衛たちは柿の木の家の弟を交え、改めて話をすることになった。
茶を出してもらい、皆が腰を下ろしたところで、敬之助が書付を広げた。
「まず確認しておきたいのですが、今回の納屋は、最初の五台分を約二十日間預かるというお約束です」
「ええ。そのつもりでお貸ししています」
弟が答えると、敬之助は日数についても説明した。
「すでに何日か経っておりますので、残りもそう長くはありません。今の荷を引き取っていただいた後のことは、まだ何も決まっていません」
「二十日ですか」
弥平は茶碗を置いた。
「毎日荷を扱う仕事を続けるつもりなら、短いですね」
「やっぱり、そう思うかい?」
清兵衛が尋ねると、弥平は少し考えてから答えた。
「そりゃそうでしょう。ただ、一度試してみるだけなら、まだ方法はあるかもしれません」
「一度?」
「ええ。最初から毎日何台も運ぶ約束をする必要はねえでしょう。少ない荷を一度引き継いでみりゃ、どこで時間が掛かるかも分かりますから」
清兵衛は納屋の方へ目を向けた。
「だが、今は五台分の荷が入ってるぜ」
「そうなんです。だから、まず今の荷がいつ引き取られるのか、確かめなきゃなりませんね」
清兵衛は少し考えた。
「それなら、こっちで日取りを確かめてみよう。荷が片づく見込みが立てば、次の話もしやすくなる」
「その方がいいでしょうね」
弥平が答えたところで、敬之助が口を開いた。
「ただ、荷が出ていったとしても、新しい荷を預かるには別のお約束が必要です」
「もちろんだよ、敬さん」
清兵衛は柿の木の家の弟へ向き直った。
「今の荷をきちんと引き取ってもらうのが先だ。その後のことは、改めて相談させてください」
弟はすぐには返事をせず、手元の茶碗を見つめていた。
「……兄にも話してみます。ただ、うちとしては、今の約束をまず守っていただきたいんです」
「それは必ず」
清兵衛が答えると、男はようやく頷いた。
浦和の主人は、そのやり取りを黙って聞いていたが、茶碗を置くと弥平へ声を掛けた。
「一度試すだけなら、うちの方でも荷を探してみようか」
「旦那、まだ運ぶと決まったわけじゃありませんぜ」
「分かってるよ。だが、荷がなけりゃ試すこともできんだろう」
清兵衛も身を乗り出した。
「川口へ送る荷に、何か心当たりがおありですか?」
「まあ、うちにもいろいろな荷が集まりますからな。向こうへ送りたいという話も、時々あります」
主人はそう言って、すぐに付け加えた。
「ただ、まだ荷主へ何も聞いておりません。勝手にこちらで決めるわけにもいきませんので」
「そりゃそうだ」
清兵衛は頷き、弥平の方を見た。
「もし荷が見つかって、納屋の都合もついたら、一度やってみるって話でどうだい?」
「俺は構いませんよ。ただ、運び賃や人足の手配もありますから、条件はきちんと決めましょう」
「もちろんだ」
敬之助は早くも書付を取り出していたが、今日のところは確認すべきことを控えるだけだった。
まだ誰も、新しい荷を預かるとも、運ぶとも約束していない。
それでも、清兵衛の顔には少しずつ期待が戻っていた。
最初の二台分を預かった時には、こんな話になるとは思っていなかった。それが五台分になり、今度は川口から運び手がやって来た。
荷を預かるだけなら、これまでのやり方で何とかなる。
しかし、先へ運ぶとなれば、また別の考え方が必要になるらしい。
「……面白くなってきたな」
清兵衛が小さく呟くと、敬之助は聞こえなかったふりをして書付を畳んだ。
その様子を見ていた浦和の主人が、ふと思い出したように口を開いた。
「そういや、一つだけ心当たりがあるな」
「何の話です?」
「川口へ送りたがっていた荷のことですよ。少し前に、そんな話を聞いた覚えがありましてね」
弥平も主人の方へ向き直った。
「旦那、どこの荷です?」
「いや、まだ先方に確かめてもいないんだ。勝手に名前を出して、後で違ったとなっちゃ困る」
主人はそれ以上詳しいことを話さず、浦和へ戻ったら確かめてみるとだけ約束した。
清兵衛は嬉しそうだったが、弥平はすぐには笑わなかった。
帰り支度を始めた時、もう一度納屋を見ておきたいと言い、皆と一緒に外へ出た。
夕方にはまだ早いが、道には朝より長く影が伸びている。納屋の戸は閉じられ、先ほどの道には新しい足跡がいくつも重なっていた。
弥平は道の入口まで歩き、そこで振り返った。
「清兵衛さん」
「何だい?」
「今日、ひとつ分かったことがあります」
「ほう、何だい?」
「ここは、荷を運ぶには悪くねえ場所です。ただし、勝手に使える場所は、思ってたより少ねえ」
清兵衛は少し考えてから頷いた。
「そりゃ、そうだな」
「でも、それだけのことを、ちゃんと話して決めようとしてる。そこはありがてえと思いましたよ」
弥平は納屋の方へ目を向けた。
「今度荷が見つかったら、俺も運ぶ方法を考えてみます。ただ、今日みたいに、またいろいろ聞かせてもらうことになりますぜ」
「構わねえよ。こっちも、知らねえことは教えてもらいてえからな」
清兵衛が答えると、弥平はようやく笑った。
浦和の主人が帰りを促し、二人は清兵衛たちへ挨拶して中山道の方へ歩き始めた。
弥平は何度か振り返り、納屋へ続く道を眺めていた。
道は直してある。
荷を置く納屋もある。
人足を集める話もできそうだった。
ただ、そのどれもが、まだ新しい仕事のために自由に使えるわけではない。
弥平はしばらく歩いてから、隣の主人へ声を掛けた。
「旦那」
「何だ?」
「さっきの荷、本当に心当たりがあるんですかい?」
「あると言っただろ」
「だったら、早めに聞いてみてくださいよ」
「何だ、急に乗り気になったのか?」
「いや……」
弥平は少し考えた。
『荷が見つかった時に、運ぶ場所がねえってんじゃ、困るでしょう?』
主人は弥平の顔を見て、声を上げて笑った。
「まったく、お前はどこまで先の心配をするんだ」
「仕事ですからね」
弥平はそう答え、再び前を向いた。
その背後では、蕨宿の人々がいつもどおりに暮らしている。
小さな納屋も、狭い道も、今日一日で何かが変わったわけではない。
ただ、あの納屋へ続く道を、もう一度荷車で通ってみたいと思う男が、一人増えていた。
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