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田舎の電車は1時間に1本だから  作者: 直木和爺
第5章 雪を捕らえた蜘蛛
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123話 巣のない蜘蛛は地に落ちる

 それはさながら裁判のようだった。

 俺と雪芽を中心として、クラスメイトたちは周りをぐるりと取り囲む。

 皆、内に秘めた怒りでその瞳を燃やし、それでも秩序というものを維持しようと振る舞っている。


 そんなクラスメイトたちから俺と雪芽を守るかのように、夏希と隆平が後ろに立ち、それに敵対するように広瀬が正面に立ちはだかる。そして今、庭と高野がその後ろについた。


 ……始まった。始まってしまったんだ。

 作戦の第3段階。広瀬との決戦が。




「――は? 決まってない?」


 その時、俺は手にしたコーヒーを口に運ぶことも忘れ、先程まで自信満々に作戦を語っていた庭の顔を凝視していた。


「うん。第3段階はまだ具体的なことは何も決まってないの。状況がどう動くか、ヒナたちだけじゃ予測できないし」

「まあ、ある程度は絞れてんだけどな? 俺たちの思い通りに行くプランA。思い通りに行かないプランB」

「2つしかないじゃない」

「そう言うなよきっつん~。俺らだってない頭捻って頑張った結果じゃん?」

「ちょっと明、ヒナを明とおんなじレベルにしないでくんない? ……んで、話を戻すけど、第3段階は柳澤君、君が主役だからね」


 俺は再び口にコーヒーを運ぶ途中で、思わず動きを止めた。


「……は? 俺?」

「そう! 雪芽姫を背に庇い、果敢に優利に立ち向かう王子様役っ。どう? 感極まった?」

「いや、具体的なプランがないのに、主役なんてあるのかよ?」


 俺の反応に、庭は一瞬不満そうに目を細めたが、すぐに気を取り直したのか説明を始めた。


「あるに決まってるでしょ? でも、さっき話してたプランAは特に何もすることはないの。録音する証拠も使わない。ただ待ってれば優利が勝手に来ると思うから、それを撃退すればいいだけ。でもプランBは違う」


 庭は真剣な目をして少し身を乗り出す。


「プランBはヒナたちの作戦が途中までしかうまく行かなかったときのヤツ。つまりこっちから動かないと優利には勝てないし、状況がどうなっているかは、その時になってみないと分かんない。だから柳澤君が主役なの」

「……ん? 途中までは理解できたが、結局どうして俺が主役なのかはよく分からなかったぞ?」


 俺の言葉に、庭は一瞬キョトンと恍《とぼ》けた表情を浮かべたが、すぐに眩しいくらいの笑みを浮かべ、言った。


「だいじょーぶっ! 柳澤君ならできるから!」




 ――ということだったが、本当に大丈夫か? マジで全部アドリブでやることになってるんだけど……。



 現状プランBでの進行を余儀なくされているが、俺の手元には雪芽が録ってきてくれた証拠がある。

 しかしこれは一発逆転の切り札。安易に切ることは許されないし、不適切なタイミングで切ればただのゴミ屑になってしまう。

 しっかりとタイミングを見極めて、もっとも効果的な時期に使わなくては。


 俺は今一度目の前の広瀬を見やる。その表情は少し困ったような笑みを浮かべているだけだが、目には今にも俺を殺してやろうと言わんばかりの敵意を宿していた。

 そんな広瀬の目と同じ視線を、ありとあらゆる方向から感じる。


 裁判は裁判でも、これだと魔女裁判のようだな。

 出される判決も勝敗も、すべては広瀬によって決められている。そんな雰囲気だ。


 ……でも、そう簡単に行くと思うなよ、広瀬。

 確かに俺にはお前のような人脈も知恵もないかもしれないけど、信頼の置ける友がいる。形だけの、上っ面だけのお前には負けない。



「さて、俺が進行を務めるのもなんだか変な感じだけど、お互いの言い分を整理しようか」


 広瀬はそう言うと俺に微笑みかける。

 随分と圧の強い微笑みもあったものだ。ただ俺が勝手にそう感じているだけで、本当はそうでもないのかもしれないが、広瀬の仮面の奥を知ってしまっては、ただの微笑みにも意味を求めてしまいそうになる。


「ことの発端は俺と雪芽が別れたところにある。恥ずかしいことだけど、雪芽が別れ話を切り出したのは皆も見ていたよね?」

「見てた! でもそれって柳澤君の仕業なんでしょ?」

「噂ではそう言われているね。陽介が冬休み中に入院していた雪芽にあれこれ吹き込んだって。……実際はどうなんだい? 陽介」


 広瀬は一通り持論を展開すると、俺に話を振ってきた。

 どうやら本格的に裁判を始めるようだ。俺にも一応の弁明をさせておいて、それを論破、もとい大衆を味方に押しつぶす気なのだろう。


「吹き込んじゃいない。ただ雪芽はお前に脅されていたからな、そうまでして付き合う必要はないから別れろと言っただけだ」

「脅してたなんて嘘だろ! 広瀬がそんな事するわけねぇじゃん!」


 男子生徒のガヤに、周囲もそうだそうだと同調し始める。

 広瀬はそんなクラスメイトたちをなだめる仕草をすると、不敵な笑みを向ける。



「みんなの言う通り、俺は雪芽を脅してなんかいない。そうだろ? 雪芽」

「……ううん、広瀬君は自分と別れたら陽介が大変な目にあうって、そう言ってきたんだよ」

「……陽介にそう言えって言われてるんだね。可哀想に」

「ちが――」

「最低! リレーのときから何も反省してないの!?」

「ホントだよ! お前自分が恥ずかしくないのかよッ!」


 雪芽の弁明は大衆の大きな声にかき消されていく。

 ちらりと雪芽を見やると、雪芽は悔しそうに口を固く引き結んでいた。


「雪芽、大丈夫だよ、俺が君を守るから。さあ、怖がらずに本当のことを言ってごらん?」


 広瀬はあくまで俺が雪芽を脅しているという前提で、雪芽に話しかける。

 さすがにこれ以上雪芽に負担はかけられないな。ここは俺が――




「大丈夫だよ、陽介」




 俺が雪芽に変わって口を開こうとした時、後ろの雪芽が俺の手をとった。

 そして小さな声でそう言うと、毅然とした態度で俺の隣に立つ。その目はしっかりと広瀬を見据えていた。


「私、広瀬君に体育祭の嘘の噂で苦しんでいる陽介を助けてやるから、俺と付き合えって言われて、陽介を助けるために仕方なく付き合ってたんだよ。でもそれは間違いだって気づいたから、だから別れようって、そう言った。でも別れればまた陽介が酷い目に合うって、そう言われたから別れられなかった……」


「いや、いや! それは嘘だよ雪芽。だったら今こうして俺と君が恋人でなくなって、陽介が無事でいるわけないじゃないか」

「それはまだあなたが行動してないだけ! これからまた陽介になにかするつもりなんでしょ? 自分の手は汚さないでっ」

「そんな……。なんてことを言うんだ、雪芽……」


 広瀬はわざとらしいくらいにショックを受けたふりをし、驚愕をその顔に浮かべる。

 それを見たクラスメイトたちは、次々に雪芽を責める声を上げる。


 ……上手いな。大衆を味方につけてその感情を煽る。怒りで正常な判断力を鈍らせ、強引に勝ちをもぎ取る気だ。


「あぁ……、可哀想に。陽介に誑《たぶら》かされて俺の声が届かないんだね。別れると言い出したときも、俺はあんなに説得したのに話を聞いてくれなかった……」

「違う! 陽介は私を助けてくれたんだよ!? それにあれは説得なんかじゃない、脅しだった!」

「……陽介、いい加減雪芽を開放しろ。さすがに俺でもこれ以上は許せないよ」


 広瀬はついには雪芽の言葉を無視し、俺に鋭い視線を投げる。

 これじゃあまるで俺が雪芽を洗脳してるみたいじゃないか。もしそれが真実なら、俺はとんだ悪役だな。


 だが、真実は違う。俺が雪芽を守り、広瀬は彼女を誑かした。



 広瀬、確かにお前はすごい。これだけの人数から信頼されるカリスマ性。巧みに俺たちを追い込み、分断し、雪芽を手に入れた手腕。こうして不利な状況に立たされていたはずなのに、それを覆す冷静さ。俺より優れている点なんてあげればきりがないだろう。


 でも、お前は俺にかなわない点が一つだけある。お前を慕う皆を駒としか見てない、雪芽を道具か何かと勘違いしていたお前には、絶対に負けないことが。


 俺は目を閉じて大きく息を吸う。それらを吐き出す頃には、恐れることなんて何もなくなっていた。

 繋いだままの雪芽の手が、軽く俺の手を握る。

 目を合わせる必要はなかった。ただそれだけで、俺達は通じ合っていたのだから。



「広瀬。一つ確認してもいいか?」

「……いまさら何を確認する事があるのかは知らないけど、いいとも」

「さっき雪芽との別れ話で、俺に誑かされてると説得したって言ってたけど、本当か? 別れたら俺に何があるか分からないなんて、間違っても脅したりしてないんだよな?」

「ああ。その通りだよ。俺の言ったことは全部真実だ。どこも間違ってなんかいないさ」

「そうか……」




 さあ、準備は整った。

 今まで好き勝手にやってくれたが、ここからは俺たちの番だ。




「雪芽」

「うん」


 俺が雪芽に合図を送ると、雪芽は繋いだ手を離し、その手に自分のスマホを取り出した。

 そして目当てのものを探り始める。


「……なにをしているんだい?」

「なあ広瀬。お前はさっき自分は説得していただけだ。脅しなんてしてないって言ったよな?」

「ああ」

「だとしたらおかしいんだよ。だって――」


『はぁ……。とんでもないことをしてくれたな、雪芽。おかげで俺はクラスの晒し者だよ。どうしてくれるんだ?』

『そんなこと、私には関係ありません』

『あのさぁ、俺言ったよね? 俺と別れれば陽介がどうなるか、君も理解していたはずだ。前回のリレーの噂の比じゃないほど酷い目にあうことになるってさ』


「――俺にはこれが、説得には到底聞こえないんだから」

「……ッ!?」


 雪芽のスマホから流れ出す低い声に、広瀬は仮面の奥の感情を顕《あらわ》にした。

 周囲のクラスメイトたちもあっけにとられた様子で聞き入っている。



『何度言ったら分かるんだ? 俺から逃れることはできない。おとなしく俺の彼女でいれば誰も傷つかないんだよ。君が少し我慢するだけで陽介は今までと変わらず学園生活を送れる。そんな簡単なことがどうして理解できないッ!?』


『別に、私があなたの彼女じゃなくなっても、陽介は今まで通りの学園生活が送れるよ。もちろん私も』


『……そうか、陽介の仕業だな? あのゴミムシがッ……! 何度も何度も俺の邪魔ばかりしやがってッ!! いい加減鬱陶(うっとう)しいんだよ! リレーのデマで潰せたかと思えばどこからともなく湧き出してきて、生意気にも俺を超えて行きやがった。雪芽を救うだって? ヒーローぶりやがってッ!』


 そこには怒りを顕にして罵詈雑言《ばりぞうごん》を巻き散らかす広瀬の声が録音されていた。

 俺も初めて聞くのだが、随分と酷い言いようだ。こんなことを目の前で言われていたのか、雪芽は……。


「……違う、違うッ! これはっ……、何かの間違いだ! みんなっ、騙されちゃだめだッ!」


 我に返った広瀬が慌てて弁明をするが、周囲はその弁明を聞く耳を持たない。

 その意識が向いている先は、今もなお流れ続けている豹変《ひょうへん》した広瀬の音声だ。


『……第一いいのかい? 君が俺と別れるというのならそれもいいだろう。でもその場合陽介はかつて類を見ないほど痛い目にあうことになるよ? 雪芽たちが必死に頑張ったところで俺の駒たちは確実に陽介を追い詰めるだろう』


『構いません。もう何があってもあなたの彼女になることはありませんし、あなたの思い通りになることもありません』

『……はは、あははっ、あははははッ! ……言ったな? もうどうなっても文句は言うなよ? 君が悪いんだ。君は君自身の手で大好きな陽――』


 音声はそこで唐突に途切れた。

 ……ん? なんでそこで止めた? なんか切りの悪いところだったが……。


 俺は戸惑いを隠すこともなく雪芽に目をやると、目があった雪芽は気まずそうに顔をそらした。


「これが、私が広瀬君に脅されてたって証拠です。言い逃れのしようもないよね?」


 あ、逃げた。俺に追求されたくないことなのか?

 まぁ、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。気を抜けば広瀬はこの状況からでも巻き返しを図るだろう。



「こ、こんなの出鱈目《でたらめ》だ! 陽介がなにかしたんだろ!? 音声の加工とか、そういうことをっ!」


「加工? そんなこと俺にできると思うか? それもこんなに自然な会話のように? 無理だ。仮に出来たとしてもお前のセリフはどう説明する? 合成音声じゃあここまで自然な発話は再現できない。これは広瀬、たしかにお前が言った言葉なんだよ」


「違うっ! 違う違う違うッ! 俺がこんなこと言うはずない、言った覚えもない! 誰か声の似ているやつに喋らせたんだ。みんな騙されちゃダメだっ!」

「この音声データには日付が記録されているんだよ。そこにはほら」


 雪芽が俺の言葉に合わせてスマホを掲げると、俺たちをぐるりと囲んでいたクラスメイトたちは我先にと身を乗り出してきた。


「……ホントだ。1月9日、広瀬と池ヶ谷が別れた日だ」

「うそ、じゃあ本当に……?」

「時間も合ってるし、多分間違いないんじゃない……?」


 クラスメイトたちは信じられないといった表情を浮かべながらも、広瀬を恐ろしいものを見るような目で振り返る。


「ち、違う! 本当に俺は違うんだッ! その日付だって編集すればいくらでも改ざんできるだろう!?」

「だったらログファイルでも見てみるか? 俺もそういうところまでは詳しくないけど、改ざんしたならそれなりの証拠が残っているもんだ」

「ぐっ……!」


 冷静に、一つずつ広瀬の言い分を潰していく。

 逃げ道を、反撃の隙きを、一つずつ、一つずつ。丁寧に。


「だがっ、その時間は外に出ようと思えば出れたはず! 日付と時間を合わせることもできるだろ!」

「あの時間はホームルームがあっただろ。普通の生徒は外には出れないし、うちのクラスであの時間いなかったのは広瀬と雪芽だけだ」

「お前がお得意の強引なお願いをすれば、他クラスの生徒を教室から抜け出させるのなんて容易いだろっ!? 皆ッ、俺は悪くない! 悪いのは陽介なんだよ!」

「本気でそう思ってるなら各クラスに聞いて回ればいい。きっと抜け出してた生徒なんていないだろうがな」



 逃げ道を失った人間がどうなるか。答えは諦めるか獣になるかだ。

 諦めて抵抗をやめるならそれでいい。自暴自棄になって襲いかかってくるなら好都合。どちらに転んでも俺は勝つ。


 広瀬を守っていた大衆は、今や広瀬を突き刺すための無数の槍に、その意味を変貌させている。

 今まさに逃げ道を失った広瀬は、必死に周囲に呼びかけることを諦め、ただ怒りと憎しみで燃える瞳で俺を睨みつけていた。


 悪いな、広瀬。これはお前が主催の魔女裁判なんかじゃなかったんだよ。

 クラスメイトたちの広瀬に対する信頼を反転させ、地に落とし、首を刈る。

 そう、これは裁判なんかじゃない。言うなれば、これは――




 公開処刑、なんだよ。




 気がつけば俺は口元に薄っすらと笑みを浮かべていた。勝利を確信した者が浮かべる、敗者に対する嘲《あざけ》りの笑みを。


「……ッ! クソぉッ!」


 そんな俺の心情に気がつくと、広瀬は何もかもを置いて走り出した。

 クラスメイトを押しのけ、廊下に飛び出していく。

 ……物理的な逃げ道は塞いでなかったな。


「あっ、優利! 待ってよ!」

「すけっち! あと追うぞ!」

「ああ、まだトドメを刺してないからな」

「え……? お、おう!」


 広瀬の後を追って教室を飛び出していく庭と高野。俺はざわめく教室を背に、ゆっくりとその後を追うのだった。

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