↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まだ、夢の途中  作者: 神座 紫苑
第一部: 潜伏期 ─ 天宮ひかり編
PR
23/40

chapter-07: 久杉の森 第二節 ちがう手

夢は、夜ごとに続いた。


ある夜、手は何も握っていなかった。


ただ立って、森を見ている。背の高い杉が頭の上のずっと上まで伸びて、葉のあいだから落ちた木漏れ日が、下草のうえで薄い斑になって揺れていた。足の下の土は湿っていて、踏むと古い葉のあいだから、ほどけたような甘い匂いが立った。


視界のふちに、まくり上げた袖のはしがあった。色の褪せた、細い格子の布だった。


風が来る。葉のざわめきが頭の上いっぱいに広がって、それからゆっくり遠ざかっていく。何をするでもない。ただ、その音を聞いている。聞いているだけで、胸のあたりがゆるんでいく。


目の高さは、やっぱり、知らない高さにあった。


べつの夜、手は鎌を研いでいた。


砥石(といし)の上を、刃がゆっくり往復する。刃と石のあいだに、ちいさな水の音が乗った。水が黒くにごって、錆がひと撫でごとに落ちていく。刃の反り。刃の根元の、ほんのわずかな欠け。柄の木目。手に馴染む長さ。


錆の落ちたところが、灯りのしたで、ひと筋だけ銀色に浮かんだ。手はそれをしばらく見て、また砥石へ戻した。


その鎌を、どこかで見たことがある。


夢のなかでは、それがどこか、思い出せなかった。


***


朝、目が覚めて、ひかりはまず机のすみを見た。


薄い布のかたまりが、そこにある。


布団を出て、布をめくる。祖父の鎌だ。初夏に物置の片付けを手伝ったとき、祖母からもらった。錆を磨いて、それからずっと、ここに置いてある。


刃の反り。刃の根元の、わずかな欠け。柄の木目。長さ。


夢のなかで研がれていた鎌と、同じだった。


ひかりは、しばらく鎌を見ていた。


おかしい、と思う。夢のなかの手は、自分の手ではない。目の高さも、自分のものではない。森の心地よさも、自分の知らない心地よさだ。夢なら、それでいい。夢は、覚めれば消える。


でも、夢に出てきた鎌が、机の上にある。


鎌は、現に、ここにある。


ひかりは、夢のいちばん静かなところにいる人のことを、思い出そうとした。いくつかの夢の奥に、いつも同じ人が座っている。薄い灰色のカーディガン。湯呑みからのぼる湯気。夢のなかの目は、その人を、長く見つめている。


おばあちゃんだ。


気づいて、すぐ、もうひとつ気づいた。


夢のなかで見つめる視線が抱いていた感情は、わたしがおばあちゃんに向けているものとは、まったく違うものだった。


あれは、わたしの目ではない。


ひかりは鎌に布をかけ直した。流してしまえる夢と、流せない夢がある。机の上のそれは、もう、あとのほうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。