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06.私があなたの笑顔に生かされてるって、知らないままでいてください

 山田先輩とごはんに行った翌日の昼、私はベッドの上で身もだえていた。


「あー……好き……無理、好き……」


 昨晩のほろ酔いの山田先輩にやられたダメージが致命傷なのだ。だってさあ、だってさあ!!


 元から穏やかな人ではあったけど、お酒でちょっとかすれた声でふにゃっと微笑まれたら、十年先輩に片思いしてる身としては過剰供給なのです。

 そもそも供給があったのは十年のうちの最初の一年だけで、高校二年からふた月ほど前までの九年間は供給なしで生きていたのに。

 それがいきなりの供給過多で、ちょっと受け入れが追いつきませんね……。


 昨日はいい気分で帰ってきて、さっとシャワーだけ済ませて、そのまま寝てしまった。だけど今朝起きてから諸々思い出して、処理しきれなくてこのように悶えている次第である。

 でもカーテンの隙間から射しこむ光もだいぶ高くなってきたし、そろそろ起きて洗濯を回した方がいい。


 のそのそと起き上がって、とにかく顔を洗って歯を磨いた。洗濯を回してカーテンを開けると、外には春のうららかな日差しが降り注いでいた。

 山田先輩に再会してから、景色がやけにきれいに見えた。

 鼻歌交じりでベランダを掃いちゃったりする。引っ越しをしてから初めてのことかもしれない。


 そのまま洗濯ものを干していたらスマホが震えた。

 山田先輩と早川さんからだ。

 まだ先輩の供給の受け入れ態勢が整っていないから、まずは早川さんのメッセージから確認する。


『デートどうでした?』


「国が傾きそうなくらいかっこよかった」


 そう送ると、すぐに返事が返ってきた。


『(笑)今度その傾国の美女、見せてください』


「ダメ」


 送ってから、ダメもなにも、自分が山田先輩の写真を一枚も持っていないことに気づいた。高校のときの写真は、たぶん実家に置いてきたガラケーを見れば入ってるはずだけど、充電できるかもわかんないし。


 そうなると、早川さんに見せるなら直接ってことになるけど……やだな。早川さん、かわいいから。

 かわいくて明るくて元気で、きっと山田先輩から見てもいい子だと思う。

 だから、会わせたくない。


 つい余計な想像をしてもやもやしていたら、早川さんから返事が来た。


『こちら、あたしのハニーです』


 早川さんと、たくましい美女のツーショット写真だった。腕を組んでポーズを決めている。ちょっと意味が分からなくて、しばらく写真を見つめてしまった。


「私の傾国の美女とは方向性が違うなあ」


 つまり、早川さんは私の警戒に気づいたんだろう。

 後輩に気を遣わせてしまった……。


「彼女さん? お美しいですね」


 と返して、ほったらかしていた残りの洗濯物を全部干した。


 それからベッドに腰かけて、ようやく山田先輩からのメッセージを開く。


『おはよ。昨日はちゃんと帰れた?』


「すっき……っ」


 先輩、私のこと心配して連絡くれたの? 好きすぎる。無理。

 心の準備をしてなかったら、たぶんまたベッドでミノムシになっていた。

 しばらく打っては消し、打っては消して、ようやく


「おはようございます。ちゃんと帰りました。先輩は大丈夫でしたか?」


 と、無難そうなメッセージを送った。

 スマホをテーブルに伏せて、部屋の中に掃除機をかけた。途中でまたスマホが鳴っていたけど放置して、掃除を先に終わらせる。

 掃除機を片づけてから早川さんに返事をして、山田先輩からのメッセージを確認した。


『今電話大丈夫?』


「だいじぶです!!!」


 つい反射で送ってしまった。なんにも大丈夫じゃない。

 なのにメッセージには一瞬で既読がついて、次の瞬間には電話がかかってきた。


「いー……マジか」


 心の準備をさせてくださいよお……。でも先輩をお待たせするわけにはいかないから、通話ボタンを押す。


「も、もしもーし……」


『……おはよ』


 スマホの向こうから、低い声がした。

 もしかして、山田先輩、寝起きなのかな?


「お、おはようございます。えっと、先輩?」


『ん……おはよ』


 先輩、「おはよ」しか言ってない。かわいい、どうしよう。


『秋谷、昨日ちゃんと帰れた?』


「はい、大丈夫です。あの、先輩もしかして今まで寝てました?」


『うん……秋谷は起きてた? 偉いね……』


 スマホの向こうから、小さな唸り声がした。もしかして、伸びとかしてるのかな。ああもう、好き。

 言葉を選んでいると、スピーカーにして画面を見ると、早川さんからメッセージが来ていた。


『そういえば、昨晩のヘアオイルの評判どうでした?』


 えっ、どうだったんだろう?

 聞いていいのかな。


「あの、先輩?」


『んー、ごめん、寝ぼけてた』


「大丈夫です……。あのお、昨晩、私、匂い大丈夫でしたか?」


『大丈夫って?』


 スマホの向こうから、怪訝そうな声がした。聞き方間違えた……!

 ダメだ。おとなしく白状しよう。別に隠してるわけじゃないし。

 私は顔を上げて、窓の外を見た。洗濯物が春風に揺ていた。ひらひらと桜の花びらが見えた気がした。


「昨晩、会社を出る前に後輩が柑橘の香りのヘアオイルをつけてくれたんです。ごはん中に匂いが気にならなかったか確認したくて」


『ああ、そういうこと』


 山田先輩は目が覚めたらしく、いつもどおりの優しい声で答えた。


『ミカンみたいないい匂いがするって思ってたよ。いつもはもっと女の子っぽい匂いだよな』


「わ、気づいてたんですね」


 臭くなくてよかったけど、それはそれで恥ずかしい。

 スマホの向こうで、また小さく唸るような声が聞こえた。


『ごめん、キモくて……』


「キモくないです!」


『うるさ』


「キモくないです!!」


 言い返すと、先輩の笑い声が聞こえた。誰ですか、私の好きな人のことキモいとか言うの。許さないよ、ほんと。


『ふふ、ごめん。俺もおじさんだからさ、女の子の匂い嗅いでたらキモいかと思ったんだけど』


「少なくとも私は大丈夫です。ていうか、先輩とのごはんのためにつけてもらったから、むしろお願いします」


『……わざわざ?』


 先輩の声が、少しからかうような口調になった。

 ついむきになって言い返してしまう。


「はい、わざわざ。先輩とのお出かけは初めてですから」


 そう、私は今まで先輩と出かけたことがない。高校のときは、学校の中だけの付き合いだったし。

 だから余計に浮かれ倒しているんだけど。


『秋谷はさあ、ほんとにさあ……』


「先輩はいつものと、昨日のだとどっちが好きですか?」


『どっちでもいいよ。でも、わざわざつけてくれたっていうのは嬉しい』


「なるほど。じゃあ、普段使いと、先輩とのお出かけ用は分けておきます」


『あと、爪の色も変わってた』


「気づいていただけましたか! あ、キモくないですからね? 気づいてもらえて嬉しいです」


 おしゃれしがいがある。

 あとで違う色を買ってきて塗り直そう。

 その後は少し話しておしまい。

 また今度ごはんに行く約束をして、通話を終えた。


***


 翌週の金曜日、また私は山田先輩と待ち合わせてごはんを食べに行った。

 今回はちょっといい定食屋さんで、向かい合ってごはんにした。

 並んで座るのも近くていいけど、向かい合うのも先輩の顔をじっくり見られて最高。


「秋谷さ」


「はあい」


「見過ぎ」


 先輩は苦笑して箸を進める。皿の上では鰆がきれいにほぐされていた。


「すみません。つい。先輩の顔は見られるときに見ておきたいんです」


「いつでも見られるだろ」


「……写真撮っていいですか?」


「なんか怖いからダメ」


「ぶー」


 私は先輩ほどきれいに魚をほぐせないけど、焼き魚は食べたい……ということでホッケをいただいていた。

 日本酒がほしいなあ。


「そういえば、今日は時間は大丈夫?」


 ふと先輩が言った。


「大丈夫ですよ。私、一人暮らしですから」


「やっぱりそうなんだ。俺もだよ。いいよな、一人暮らし」


「楽ですよねえ。ついだらけちゃうんですけど。でも先輩にお誘いいただけると思ったら、ちゃんと起きて掃除や洗濯をするようになったので、今後もお誘いください」


「じゃあ、遠慮なくこれからも誘わせてもらうわ」


 目の前でニコッと笑う先輩がかっこよくて、私は締まりなくふにゃふにゃに笑っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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