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18/30

18.キラキラがあなたに降り積もる。それが眩しくて涙が止まらない。

 はい、まさかの一週間ぶっ通しで終電を逃しました。


 先週の金曜日に山田先輩と電話して少し回復したものの、土曜日は出社で、しんどすぎて日曜日は寝て過ごすことしかできなかった。

 そして月曜日から木曜日まで毎日終電を逃し、その甲斐あって金曜日はかろうじて終電で帰れそうな気がした。まあ、普通に無理だったけど!


 お金を使いたくないお客様先の上役と、必要なものは必要だと言い張る現場の仲裁を、なぜか磯山先輩と私がするはめになり、遅くなった。

 意味わからん。そんなもの、私たちを挟まずにやってほしいし、必要なものはそりゃ必要なんだから必要経費だろうが、って言葉が喉元まで出たけど、火に油を注いでも仕方ないのでなんとか堪えた。


 そういうわけで、帰社してパソコンを閉じたのは、夜中の一時になろうかという頃だった。

 もうヤダ。

 山田先輩に「今日も終電無理です」とメッセージを送ることすらできていなかった。

 泣きたい気持ちで私用のスマホをカバンから出したら、山田先輩からメッセージが届いていた。


『こっちも遅くなりそうだから、終わったら教えて』


 なんて?


 ちょっと疲れ過ぎていて、文面の理解に時間がかかった。

 先輩も忙しいのかな。もう一時だけど、連絡していいのかな。

 迷った末に、


「今終わりました」


 とだけ送った。

 スマホをカバンに戻して立ち上がった。


「帰るぞー」


「はーい」


 磯山先輩と裏口に向かい、警備員さんに声をかけて外に出してもらった。タクシーを捕まえるために表の入口に回ったら、山田先輩がいた。


「先輩!?」


 思わず声を上げると、先輩はいつもの柔らかい笑顔を向けてくれた。


「秋谷、おつかれ」


「え……なんで……?」


 私の疑問には答えず、山田先輩は磯山先輩に顔を向けた。


「磯山さんもお疲れ様です。花沢さんが心配してましたよ」


「……マジで。悪いね」


「こっちも炎上案件の火消しで慌ただしくて、遅くなっちゃったんです。花沢さん、駅前のカフェで口から魂出してるんで、迎えに行ってあげてもらえますか?」


「秋谷は任せていい?」


 磯山先輩がそう言うと山田先輩は私を見た。

 小さく頷くと、山田先輩はもう一度磯山先輩に顔を向けて頷いた。

 磯山先輩は少しだけ笑って手を振り、駅に向かって歩き出した。


 その背中を見送っていると、山田先輩が私の顔を覗き込んだ。


「秋谷、少しだけ歩ける?」


「……はい」


 山田先輩がゆっくり歩き出したので、私も黙ってついていった。



 十一月頭の街は冷たい風が吹き抜けていた。

 少し前まで夏だった気がするのに、忙しくしている間に秋が終わろうとしている。

 別に秋を惜しみはしないけど、山田先輩と季節の移ろいを楽しめなかったことが残念だ。

 街灯に照らされて、落ち葉がひらひら舞った。山田先輩がふと立ち止まって振り返り、私を見て少し笑って手を伸ばした。


「秋谷、頭に葉っぱついてる」


「……ほんとだ」


 先輩は私を見て目を細めた。目尻にしわが寄っていて、そこに住みたいくらい素敵な笑い方だった。


「秋谷」


「はい」


「もうちょっとだよ」


 また歩き出した先輩についていくと、やがて大きなショッピングモールにたどり着いた。

 もう二時前でとっくに閉まっているけど、イルミネーションはまだついていた。


「……きれい」


「ね。今月からやっててさ。秋谷と見たかったんだ。ごめんね、こんな時間に連れ回して」


 ショッピングモールの入口に大きなクリスマスツリーが立っていて、キラキラと照らし出されていた。

 何か言いたいのに、喉が詰まって声が出なかった。

 せっかく山田先輩が連れてきてくれたのに、色とりどりのイルミネーションがぼやけて、ちゃんと見えない。


「秋谷」


「……はい」


 見上げると先輩の眼鏡や顔、スーツにイルミネーションの光が当たって、キラキラしていた。

 それすらもぼやけて、そこに先輩がいることしかわからない。

 でも、それだけわかれば十分だった。


「おいで」


「っ、はい……っ」


 先輩の胸に飛び込んだ。涙が止まらなくて、先輩のスーツを汚したくなくて離れようとしたら、先輩の手が私の頭と背中を押さえた。


「せん、ぱい……」


「うん」


 優しい声に、また喉が詰まった。

 腕を伸ばして、先輩の背中に縋りついた。

 温かい腕の中はどこまでも優しくて、私は肩を震わせることを止められなかった。


「す、すみません、先輩」


 泣いて、泣いて、涙を出し切ってやっと止まったけど、私は先輩の胸にすがりついたまま、ぼんやり顔を上げてイルミネーションを見ていた。


「いいよ。嬉しかったから……って言うのは、性格悪いかな」


「嬉しい、ですか?」


「うん」


 見上げると、先輩は眉を下げて困ったように私を見ていた。

 嬉しそうな顔じゃない。


「秋谷が俺の前で泣いてくれたことが嬉しい……ごめん、我ながらキモいな」


「でも、私が先輩の前で泣くのは初めてじゃないですよね」


 先輩の卒業式の日はもちろん干からびるほど泣いたけど、受験の結果発表のときや、文化祭の後夜祭で花火を一緒に見たときも泣いた。

 ……泣きすぎだと思う。


「そうだな。でも、今回のは俺を頼ってくれたって受け取ってるんだけど、どうかな」


「そうですけど。私、高校のときからずっと先輩のこと頼りにしてますよ?」


「そうかな」


「そうですよ。もー知らなかったんですか」


 ふふっと笑って見上げると、先輩も苦笑して私を見ていた。


「ごめん、知らなかった」


「今知ってくれたからいいです。十年前から、先輩は私が誰よりも頼りにしてるんです……これからも、頼らせてくださいよ」


「うん。秋谷にこれからも頼ってもらえるように頑張る」


 山田先輩が私の頭と背中を、また強く抱き寄せた。

 そうやって先輩の胸に顔をくっつけてドキドキしながらうとうとしていると、私のお腹が情けない音を立てた。空気を読んでほしい。

 先輩はくすくす笑って手を離した。


「ごめん、秋谷、晩飯、まだ食ってない?」


「はい、バタバタしてて……」


「ならどこか食べに行こうか。駅前に朝までやってる居酒屋あるから」


「はい!」


 先輩から離れると夜風が吹きつけて寒いけど、空にはたくさんの星が瞬いていて、それを並んで見られるのが嬉しかった。


 二人で駅前まで歩いて居酒屋に入る。半個室の席を選んで、狭いコーナーソファに斜め向かいで座った。

 温かい店内で先輩のメガネがふわっと曇った。私は先輩がメガネを拭くのをニヤけながら眺めた。

 気づいた先輩が呆れた顔をしながら、とりあえずビールを頼んでくれたので、そのまま乾杯した。


「お疲れ様、どう? 落ち着きそう?」


「もうちょっと落ち着かなさそうです……。あの、ちょおっと愚痴っていいですか?」


 可愛い子ぶって先輩を見上げた。手にビールの大ジョッキを抱えてる時点で全然可愛くないのに、先輩はニコッと笑って頷いた。


「もちろん。お酒飲んでデロデロに甘えてくれていいよ」


「……先輩って軽率に国を傾けてきますよね」


「何を言ってるんだよ」


 ほんともう。この人はすぐ私を甘やかしてダメにしてくる。

 そんな私の気持ちなんて知りもせず、先輩は注文用のタブレットをポチポチ操作していた。


「秋谷の好きそうなものを適当に頼んだから、他にも食べたいものがあったら頼んで」


 タブレットを受け取って注文履歴を見ると、焼き鳥がたくさん頼まれていた。あとサラダと刺し身の盛り合わせと……本当に私の好きなものばかり。

 なんなの、この人。

 どれだけ国を傾けたら気が済むんだろう。そろそろ転覆しそう。


「ありがとうございます、先輩。私が食べたいものは先輩が全部頼んでくれたから、飲み物のお代わりだけにしておきます」


 外が寒くて手がかじかんでいたから、熱燗を追加で頼んで、タブレットを戻した。

 ビールを飲み干したところで、サラダと刺し身が運ばれてきた。


 店員が仕切りの暖簾を下ろして立ち去るのを見届けて、私は山田先輩の方に身を乗り出した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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