14.知ってるよ。俺の宝物が俺にふさわしくないって、わかっているけど
俺、山田尚也は、後輩の秋谷奈月と焼き鳥を食べに行った翌日、いつもどおりの時間に出社した。
今日は一日、社内で設計書の作成だ。
前任者が作ったひどい設計書を、どうにか今のフォーマットに移している途中なんだけど、本当に厄介な案件だ。
ほぼ毎日、秋谷が一緒に帰ってくれるから、パソコンを叩き割らずに仕事を続けられている。あの子はやっぱり、俺にとって何よりの宝物なんだ。
パソコンを開いて、コンビニで買ってきたコーヒーをすすっていると、隣の席に花沢さんがやってきた。
「おはよ、山田くん」
「おはよう、花沢さん」
「昨日、あの後あの子とどこか行ってたの?」
笑顔で聞いてくる花沢さんの顔を、思わずまじまじと見つめてしまった。
……花沢さんにぶつかられて、よろけた秋谷。咄嗟に抱き止めて、そのままにしていたら、秋谷がしがみついてきて、嬉しくて腕の中にしまいこんでいた。
苦しいと言いつつ、秋谷が離れようとする気配がなかったから、調子に乗って抱きしめていたら、
『彼女って感じじゃないなって思ったんだ』
と、花沢さんに言われた。
……そんなことは、俺が一番わかっている。
秋谷奈月は、高校の頃からかわいい女の子だ。いつも楽しそうな笑顔で、さらさらの髪が風に揺れていて、明るくて太陽みたいな女の子。
日陰にいる俺を照らしてくれる、あの子は俺の光なんだ。
俺なんかが釣り合うわけがないことくらい、俺が一番知っている。それこそ、十年前からずっと。
それでも抱きしめて離さなかったのは、俺の宝物を誰にも見せたくなかったからだ。
我ながら、本当に重くて気持ち悪い。
そんなことを目の前の同僚に言う必要もないので、目を伏せて適当に取り繕った。
「うん、居酒屋に行ってた」
花沢さんにそう答えると、彼女は「ふうん」と頷いた。
「美味しかった?」
「美味しかった」
「今度私も連れてってよ」
「いやー、俺あんまり酒強くないから、他のやつと行ったほうが楽しいよ」
へらっと笑って、視線をパソコンに戻した。
大して酒に強くもないくせに、それでもあの子となら居酒屋でもどこでも行きたいし、あの子が喜びそうな店を探したい。
美味しいと感じられるのも、秋谷が「先輩、これも美味しいですよ」と笑ってくれるからだ。
秋谷と一緒じゃないときの俺の食事を見たら、たぶんあの子はドン引きする。
次はどこに行こうか。あの子は何なら喜んでくれるだろうか。そんなことを気分よく考えながら、メールを確認していった。
***
数日後、客先で打ち合わせを終えたあと、先方のまとめ役に呼び止められた。
「よかったら皆さんで使ってください」
そう言って渡されたのはビアガーデンのチケットだった。そういえば、前に秋谷が行こうって言ってたっけ。
「いやー、親会社から支給されたんですけど枚数が多くて消費しきれなくて。利用率を確認しているらしいので、使ってもらえると助かります」
うちのリーダーが笑顔で受け取って、一緒に頭を下げた。
客先のビルを出ると、一緒にいた花沢さんが手元のチケットを覗きこんだ。
「わ、本当に短い。今月いっぱいじゃない」
「あと一週間ちょいで飲み会開くってのはキツイな……山田、いるんならあげるよ。花沢さんでもいいけど」
「いいんですか? ありがたくいただきます」
秋谷と行こう。そう考えて、受け取ったチケットの裏側を確認しようとしたら、花沢さんが首をかしげた。
「え、でも山田くん、お酒強くないんだよね?」
花沢さんが、不思議そうに俺を見ていた。
「俺はね。でも、こういうのが好きな子がいるから」
「えー、でもさ」
花沢さんがにこりと微笑んだ。
「飲めないのに、飲む子とマンツーきつくない? 互いにさ。だから私も一緒に行くよ。相手にももう一人連れてきてもらえばいいじゃん」
普通に嫌だ。
なんで好きな子との時間に、他の人間を混ぜなきゃいけないんだ。
……っていうのが、思いっきり顔に出ていたらしい。
リーダーが苦笑して、「まあまあ」と割って入った。
「せっかくだし、これからも長い付き合いになるんだしさ。君たち同世代だろ? 一緒に飲みに行ってもいいんじゃないか?」
「よろしくね、山田くん」
「……わかりました」
転職したばかりなのに、もう辞めたくなってきた。
***
数日後の金曜日、ビアガーデンのある駅で、俺はそわそわしながら立っていた。
先ほど秋谷から
『今、会社出ます!』
と連絡が来たから、あと五分そこらで来るはずだ。
そんな俺の隣で、花沢さんがにこにこと笑っていた。
「後輩ちゃんも先輩連れてくるんだよね? どんな人かな」
「さあ……頼りになる人だって言ってたけど」
正直言って、全然面白くない。
あの子が頼りにするのは、俺だけでいい。でも、会社も職種も違うから、仕事中に俺が助けられることなんてなんにもない。まあ、仕事以外でも俺が頼りになることなんてないけど。
テンションが駄々下がりのまま突っ立っていたら、秋谷がやってきた。隣に、スーツ姿の男性を連れて。
「山田せんぱーい」
「秋谷、お疲れ」
「お待たせしました、先輩。花沢さんも、今日はよろしくお願いします」
秋谷はいつもより大人びた表情で花沢さんに頭を下げた。
この子、こんな顔もするのか。
新鮮なようで、少しおもしろくない。
それから秋谷は隣に立つ男性を手で指した。
「こちら営業部の先輩の磯山さんです。私が新人のころからお世話になってます」
「どうも、磯山です。今日は便乗させてもらってすみません。でも飲むのが好きなので、楽しみにしてました。よろしくお願いします」
なんというか、さわやかなイケメンだった。
年は三十過ぎだと秋谷からは聞いていた。
背は俺と同じくらいだけど、俺とは違ってがっちりしてて、営業職だからかよく日に焼けている。
髪はさっぱり短くて、人当たりのいい笑顔を俺と花沢さんに向けていた。
「こちらこそ、急にお誘いしてしまってすみません。山田と申します。俺はあんまり飲めないので、たくさん飲んでもらえると助かります」
「そうなんですか。秋谷と飯に行ってるって聞いたので、てっきりザルなのかと……」
「ちょっと、磯山先輩、そういうこと言わないでもらえますか?」
「……もしかして、山田さんの前では飲んでないの?」
「いえ、普通にがぶがぶ飲んでるんで、秋谷がザルなの知ってます」
「……以後気を付けます」
秋谷が唇を尖らせて、俺を見上げた。
思わず伸ばしたくなる手を、ぎゅっと握りしめる。
「何をだよ。いいよ。おいしそうに飲んでるの、かわいいからそのままで」
「山田くん、さらっといちゃつくね」
花沢さんがいたのを忘れていた。
できればこのまま秋谷と二人にしてほしいけど、そうもいかないので、四人でぞろぞろビアガーデンへと向かった。
駅ビルの屋上にある入口でチケットを渡し、席へと案内された。企業用シートらしく、結構広い。屋根付きのテーブルの真ん中には焼き肉屋みたいな網が置いてある。カウンターで肉や野菜を受け取って、その場で焼いて食えるらしい。
今回は企業シートだけど、外周はカウンター席になっていて、おひとり様用とカップルシートで仕切りが設けられていた。
次は秋谷とカップルシートに座りたい。
秋谷が飲み食いするのを真横で眺めながら、ちまちま食べたり飲んだりするのは、俺にとって至福の時間なんだ。
「席、どうしましょうか」
幸せな妄想は、秋谷の無慈悲な一言であっさり破られた。
磯山さんが苦笑して答えた。
「初対面の女の子の隣も申し訳ないし、秋谷は俺の隣で我慢してくれ」
「あー、じゃあ俺と磯山さんでビールや食べ物取ってくるから、秋谷と花沢さんは火をつけておいて」
「りょうかーい」
「お願いします」
イケメンの隣を歩くのは、本当に嫌なんだけど、仕方ない。
秋谷がニコッと笑って見送ってくれたから、俺は言いたい諸々を全部飲み込んで歩き出した。
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