76 新たな花が開く
デザートのパフェは、正直上の空だった。パフェを許容範囲スレスレの速さで食べ終え、私はこの後のファッションショーの準備に移った。控え室には次々と関係者が集まっている。
今回は身内の会なので、仲間内でモデルをやることになった。春はカトリーヌ、夏はマノン、秋はクレモンス、冬はエレオノールにお願いしている。音楽に合わせて、順番に登場してもらう。そして最後に私が登場する。特別な舞台装置はないけれど、代わりにマキシミリアンがナレーションとして簡単な説明をしてくれる。
当初はアントワーヌだったのだが、気持ちが溢れすぎて、話が止まらないので、1回目の練習で首になった。そして会場にいる誰かがアントワーヌの被害者になるのを避けるために、彼はピアノ係として隔離されることになった。
代わりに白羽の矢が立ったのがマキシミリアンだ。彼は収集していた秋のサロンの反応をうまく利用し、わかりやすく、興味を持ってもらいやすいナレーションになっている。
まず、マキシミリアンにエスコートされながら私は召喚されたときの服装に着替えてステージの真ん中へ行く。そしてマキシミリアンが語り始める。
「今年の夏、日本人の舞花がヴァルドールに来ました。」
改めて紹介されると気恥ずかしいが、皆がこちらを温かい目で見守ってくれているのを感じるので、私も微笑み返す。この半年、丈の長いワンピースばかり着ていたからだろうか、久しぶりにはいたズボンは懐かしい着心地だった。
「日本は四季の移り変わりを楽しむ文化があります。今回は服と髪飾りで、我々も四季の移り変わりを楽しんでみましょう。まずは、春をモチーフとしたカトリーヌ嬢の入場です。春の花、桜は、日本ではとても人気の花で――。」
カトリーヌが桃色のYukata(浴衣風のワンピース)を着て、登場した。頭のかんざしは大きくはないものの、そこからいく筋もの花びらが垂れており、散っていく様子を表している。
驚きの歓声や拍手に包まれる。ここにはかんざしプロジェクトの関係者が多いので、初見の人は少ないが、改めてショーとして見ると、その輝きが一段と高まっている。
王やフィリップ王子は、秋のサロンの噂は聞いていたものの、ショーを見るのはこれが初めてだった。一般的な女性の服装とは趣向の違うワンピースは、レースなどの装飾は少なく、ゆったりした感じの衣装だ。腰には男性のようにベルトがついている。そして、カトリーヌが歩くたびに、かんざしから伸びた花びらが揺れる。
思わず息を飲んだ。
作り込まれた圧倒的な美しさではなく、柔らかな優美さがそこにはあった。
続くマノンのYukataは、白地に手毬のようにころころ丸い青、紫、水色の紫陽花が咲き乱れている。頭にも紫陽花が飾られていた。 涼やかな色合いは、初夏の爽やかな空気を漂わせている。
クレモンスは、黄色いワンピースに、大きな紅葉が散っている。頭には大輪の菊が咲き誇っている。秋の豪華さをそのまま着たような衣装だ。
そして、エレオノールの冬衣装は、黒地に赤と白の大輪の椿が一輪ずつ咲いているという大胆なものだった。私が着たら衣装負けしてしまいそうな、大胆さだった。
4つの季節が揃ったところで、端に佇んでいただけの私が真ん中に立った。
「皆さま、ありがとうございました。今回、来ていただいたお礼に、日本の冬牡丹のコサージュをプレゼントいたします。よかったらお使いください。」
そう言うと、給仕の人が私たちに4つの籠を持ってきた。それを私以外の人たちが受け取り、テーブルを回って、配ってもらう。今回は私がこの季節、家族で近くの神社に見に行く、冬牡丹をイメージしている。それをヴァルドールの色である金色のリボンで作った。
実はこの演出は、私からのプチサプライズのひとつである。なので、先ほど控え室で籠を渡すから、中のものを配ってほしいとは言ったものの、それが何なのかは私しか知らなかった。「これって」という視線がカトリーヌから来たが、その質問は後で答えることにして、まずは配ってもらった。
配り終えたところで、4人に退室してもらい、残ったマキシミリアンと私は、プレゼントが全員に行き渡ったことを確認してから、彼にエスコートされながら、ステージを後にした。そして、ピアノの演奏も止み、扉が閉まった。
「ブラボー」
アルフォンスの歓声を皮切りに、拍手と歓声が送られた。私たちは再びステージに戻り、お辞儀をする。普段は王として大げさなリアクションを封じられている現クリスチアン氏は、ここぞとばかり「ブラボー」と叫んでいる。意外なことにフィリップ王子も声を上げていた。私は初めて下心のないフィリップ王子の心を垣間見た気がした。
そして、衣装のまま席に戻ると、早速カトリーヌたちからの質問攻めにあった。
「舞花、これって、つまみ細工ではないわよね。」
そう、今回は時間と材料の関係でつまみ細工ではない。大学の卒業パーティのために作ったコサージュを基にして、リボンで小さなコサージュを作っただけだ。本当はミシンがあればもっと早かったが、ここはしょうがない。リボンを波縫いし、ギャザーをかけて、形を整えながら丸くしていき、台座となるフェルトに貼り付ければ完成だ。
と、一生懸命説明したものの、なかなか言葉では上手く伝わらない。そう思っていると、マノンの工房のクララがやってきて、リボンと針と糸を差し出した。
「どうぞ。」
別にマノンの指示ではなさそうだ。でも、マノンもクララの行動に満足そうだった。つまり、クララは自分がこのコサージュをもらった瞬間から、何が必要か考えて、持ってきたということだろうか。そういえば、控え室には万が一に備えて、道具が一式用意してあった。
「舞花、これで必要なものは足りている?」
マノンの口ぶりから、私がみんなの前でコサージュを作ることは決定事項だということを悟った。まあ、大きくても1つ10分程度だ。10分なら問題ない。
「みなさん。今から舞花がこのコサージュの製作方法を実演してくれます。ご興味のある方はどうぞこちらのテーブルにお集まりください。」
マキシミリアンが全体に向けてアナウンスする。いつもは空気が読めない男が空気を読んでいる。いや、私が実演せざるを得ない方へと空気を「作っている」。このアナウンスを聞いて、会場中の椅子が動く音がした。
「希望者が多い場合は、何度か実演しますのでご安心ください。」
こういう時、守ってくれたり、心配してくれたりするのがあなたの役割ではなかったのだろうか。私よりも、社交の方が大切だということなのだろうか。
結果、私は10人くらいに囲まれながら、このコサージュを5個も作らされ、目はしぱしぱ、手もふるふるになっていた。
そんな私を酷使する存在がもう一人いた。
「舞花、牡丹って春の花ですよね。どうして冬の花なのですか。」
その質問の答えって、今じゃないとダメですか、アントワーヌさん。
体調を崩してしまいました。みなさんもご自愛ください。
今回も土曜日更新を目指して頑張ります。




