75 その言葉は誰に
「舞花さんは、お二人のことをどう思っていらっしゃるのですか。」
「え。」
クリスチアン氏が満足げな顔をそのままこちらに向けてきた。私は予想外の質問に言葉が詰まった。
マキシミリアンに関しては、ここ最近ツンデレが発覚してから、急に印象が変わった。しかし、ツンデレな人の前でツンデレと言うわけにはいかない。さらに、フランス語でツンデレって説明がつかない。「厳しいけれど、優しい」では片付けられないほど「ツンデレ」は奥が深い(友人談)。
そしてフィリップ王子についても、素直に「狐野郎だと思います」とは答えられない。だからといって、外見を誉めるのも違いそうだし……。
「困らせてしまったようですね。質問を変えましょう。どうして、フィリップ殿下を忘年会に招待したのですか。やっぱりコネクション作りでしょうか?」
私が悩んでいるのを見かねたのか、質問を変えてくれたのは有難いが、一言多い。マキシミリアンは私がきちんと答えられるか心配しているのか、鋭い視線を向けてくる。しかし、この質問に関しては、誰かから聞かれると思って、答えが用意してある。
「実は私、フィリップ殿下には感謝しているんです。」
そういって、私は一瞬フィリップ王子の方を向いた。王子は見当がつかないのか、首が傾げており、こっちを凝視している。口元は微笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。安心してほしい。私はあなたがたのような器用さは持ち合わせていない。再びクリスチアン氏の方を向いた。
「王家の贈答品リストに、つまみ細工を入れた方がいいと助言してくださったのも、手作りキットを販売するきっかけを作ってくださったのも、フィリップ殿下です。本来は秋のサロンの成功で終わらせず、さらにたくさんの人に知ってもらえたのは、フィリップ殿下のおかげなんです。」
クリスチアン氏は興味深そうに立派なつけ髭をいじりながら聞いている。この理由をすでに知っているマキシミリアンと友人たちは、私よりもフィリップ王子の反応を注視していた。
そしてフィリップ王子はといえば、先ほどよりも笑顔が引きつっているように見える。やはり彼にとっても、私の答えは意外だったのだろうか。
「素晴らしいお話ですね。全く知りませんでした。」
そういって、フィリップ王子に拍手を送る。彼は一体どこまで把握しているのだろうか。実際にフィリップ王子がしたことを知っていたら、いくら私が持ち上げたところで、賞賛を送るようなことはしないはずだ。だから、事情を全く知らずに私の言葉を鵜呑みにしているか、皮肉ってからかっているかの二択だった。
フィリップ王子の顔がさらに引きつっているところを見ると、案外後者なのかもしれない。
でも、私にとってはどうでも良かった。それよりも、冷めないうちにブイヤベースを楽しみたかった。それを伝えるように、私は視線を皿に移した。
「いや、私は安心しました。」
クリスチアン氏は続けた。ただしこの言葉は私に向けたものではなかった。先ほどまで平易だった語彙が一気に貴族向けのものに変わっている。なので、急に話が理解できなくなった私は、安心してブイヤベースを食べ進めた。
「実は、前の召喚人のジャン=クロード・シャンベリー氏と友人でね。彼に次の召喚人に会ったら、よろしくと言われているのです。彼はこちらの世界にたくさんの友人がいましたが、それでも酔うと決まって、故郷に帰りたいと言っていました。」
クリスチアン氏はフィリップ王子とマキシミリアンだけでなく、テーブルにいた私以外の全員に話しかけていた。思い出話のように語られる話は、柔らかな口調に反して、次第に重みを増してきた。
「彼女も私たちの都合で、召喚された方です。我々に恩恵はありますが、果たして彼女に恩恵はあるのでしょうか。」
それまで聞きながら食していたはずなのに、私以外の手が完全に止まっていた。
「召喚に関わった人間に、それを決定した王族はどのように責任を負ってゆくのでしょうか。」
異常な雰囲気に気づいた私が顔を上げると、誰もがその問いかけを固唾をのんで聞いていた。「責任」「王族」。私が聞き拾った単語だけでも、これが軽い世間話ではないと判断するには十分だった。
その時、給仕のひとりがクリスチアン氏の肩にそっと手を置いた。
「……おっと。」
クリスチアン氏は、ボーモン家では見慣れぬ給仕の顔を見上げた。
「無礼講だとしても、少し言いすぎましたね。お酒が入っていたもので。お恥ずかしい。」
そして、困ったように笑った。
「今のことは、忘れてください。」
そういって、クリスチアン氏は席を立った。もし彼が本当の貴族だったら、大変なことになっていただろう。いくら政治に疎くとも、王族を批判することは反逆罪になる。しかし、彼にその心配はない。なぜならば、彼が王だから。彼が自己批判する分には罪に問われない。
「待ってください。」
そう呼び止めたのは、マキシミリアンだった。マキシミリアンは立ち上がり、クリスチアン氏の手をとった。
「あなたは召喚人の歴史をご存じな……。」
クリスチアン氏が振り向くと、何かに気づいたようで、掴んでいた手をパッと離した。そして深々と頭を下げた。言葉を失ったマキシミリアンが私の方を睨んだ。それにひるんでいると、彼は向こうのテーブルにいる自分の父親を見た。カトリーヌたちはマキシミリアンのよく分からぬ行動をいぶかしげに見ていたが、私には何があったのか分かった。多分、何度も謁見したことのあるマキシミリアンは、至近距離で顔を見て、クリスチアン氏の正体に気がついたのだろう。
そして、クリスチアン氏の後ろに控えていた見慣れぬ給仕を見て、確信をしたようだ。
「失礼いたしました。」
「大丈夫ですか。では後ほど。」
クリスチアン氏は自分のテーブルに戻り、マキシミリアンも自分の席についた。その時に、再び私のことを睨んだ。でも、クリスチアン氏は私の招待客ではないので、私は悪くないし、睨まれてもどうしようもない。彼の無言の圧力を見て見ぬふりをするしかない。
「みなさん、〆を試してみてください。美味しいはずです。早く頼まないと次が来ちゃいますよ。」
マキシミリアンの眉間に皺がよった。
次回も土曜日の21時前に更新予定です。




