74 〆が待ち遠しい
忘年会と言えば、鍋。
ということで、2品目のメインディッシュとなる魚料理は、鍋にしてもらった。といっても、出汁もないこの国では、日本の鍋を再現することはできない。そこで、ブイヤベースである。
そんな中、ひとつだけお願いしたことがある。それは〆を出すということ。私は再び手元の鐘を鳴らして全体の注意をひく。
「このブイヤベースですが、最後にスープだけ残しておいて下さい。こういうスープ料理の時に、日本では「〆」というものがあります。今回は、ここにご飯を入れて、リゾットにしてスープを楽しむんです。スープだけになったら合図をして頂ければ、〆をしてもらえるようになっています。ぜひ試してみてください。Bon appétit!(召し上がれ!)」
私の説明が終わると、次々とブイヤベースが運び込まれてきた。赤いスープに海老らしき頭がのぞき、さらに白身魚や貝などが見え隠れしている。お腹が膨れ始めているはずなのに、また食欲が戻ってきた。
会場は再び歓談ムードに戻っている。この国の人たちは、よく食べるけれど、同時によく話す。私に話しかけてくれる時は、皆、簡単な言葉を選んでくれるから、だいぶ分かるようになってきた。けれど、そうでないとなかなか会話についていくことは難しい。特に王子の話は小難しい。ボーモン夫妻の話し方もそうだが、多分、言葉が洗練されすぎているのだろう。私の乏しい語彙では、何を話題にしているのかさえ分からないこともある。
今のところ、喧嘩もなく穏やかに進んでいるのではないだろうか。マキシミリアンもフィリップ王子もいい歳をした大人である。エレオノールの読み通り、こんな場でバトルを始めるほど子供ではないというわけだ。
「全く舞花さんといい関係を持てているマキシミリアンは羨ましい限りです。」
マキシミリアンの料理に関する質問に答えると、フィリップ王子が会話に入ってきた。
「でも、こうやって忘年会に招待されているのですから、フィリップ王子も同じようにいい関係を持っているということじゃないですか。」
マキシミリアンが、作り笑いで反論をする。私は王子の会話をマキシミリアンに任せ、ブイヤベースを食べ始める。
「そうだといいんですが……。」
何か含みがあるような返事をして、フィリップ王子もブイヤベースを一口食べた。でも、そこで会話が終わったわけではなかった。
「そうだ。私たちの方でも舞花さんの知識をもっと広げるお手伝いが出来ると思うんです。」
「それは、どういうことでしょうか。」
「例えば、王宮には各地から多くの方が集まります。そこで舞花さんの故郷の料理や装飾品を紹介すれば、今よりずっと多くの方に知ってもらえるでしょう。どうでしょうか舞花さん、興味はありませんか。」
せっかくマキシミリアンが相手をしていてくれたのに、フィリップ王子がこちらに話を振ってきた。ブイヤベースを堪能していた私は、話を聞き返した。
「確かに、秋のサロンなどは色々な人に見てもらえて、とてもいい機会でした。またそのような機会があれば、プロジェクトのメンバーと参加したいですね。」
ブイヤベースに戻りたい私は、無難な答えを返す。
「現在は、ボーモン家主導のもとでしか活動できていませんが、もっと色んな人のもとで活動するのもいいと思うんです。どうでしょう。」
何を言いだすんだこの王子は。私はため息と額に手を当てたくなるのをぐっと我慢した。つまりこれって、マキシミリアンの手腕が足りないという批判をしているということだろうか。やはり嫌な方向に話が進んでいる気がする。
「でも、召喚人プロジェクトって、国のプロジェクトですよね。」
正直政治よりもブイヤベースに集中したい。なので、話を早く切り上げられるように、あえてストレートに事実をつきつけることにした。
「そうですね。」
「それであれば、国が任命したマキシミリアン、つまりボーモン家の指導のもとで、プロジェクトを通じて、活動するのが国としての方針ですよね。」
「その通りです。」
「だったら、私は国の方針に従って、ボーモン家を通していろいろなことをするのが一番自然なんじゃないかなと思うんです。」
一瞬、間が開いた。いつの間にか、このテーブルにいる全員が私たちの会話を固唾をのんで聞いていた。それを知ってか知らずか、フィリップ王子が改めてニコっと笑った。
「確かに仰る通りですね。気持ちが先走ってしまったようで、失礼しました。」
予想外に、フィリップ王子はあっさりと引き下がり、ホッとする。これでブイヤベースに集中できる。そう思ったのも束の間だった。
「失礼、なかなか興味深い話をされていますね。」
少し離れたところから、声がした。振り返ると、後ろのテーブルにいた、三つ編み髯おじさん、王もといクリスチアン氏が立ち上がってこちらへやってきた。
「クリスチアンさん!」
「どうも。少し話が聞こえてしまいましてね。ご一緒しても?」
「もちろんです。」
私が答えると、給仕の人がすっと私の隣に椅子を移動させ、そこに座った。座った王はフィリップ王子を見ると、フィリップ王子の笑顔が、ほんの少し固まった。そのあとテーブルにいる全員に軽く会釈をした。ここで王の招待を知っているのは、フィリップ王子と私だけである。私からはマキシミリアンにも知らせていない。そのせいか、みな彼を少し警戒しているようだった。
「私は、クリスチアン・フォンテーヌと申します。」
聞きなれない名前に、警戒の色は一層濃くなっている。招待を知っている私からすると胡散臭い変装だったが、マキシミリアンもまだ正体に気づいていないようだし、どうやら上手く隠れているらしい。
「私は長らく遠方におりまして、政治に疎くて申し訳ないのですが……王子は、どんなご縁で舞花さんのこの会に呼ばれたのですか?」
「以前、少しご縁がありましてね……。」
一緒に屋敷に来たのに、王子と王の間で意思疎通は取れていないのだろうか。こちらはこちらで気まずい雰囲気が流れる。こういうことは家で済ませてきてほしい。
「そうなのですか。王子から見て、舞花さんはどんな方でしょうか。」
「幅広い知識を持っており、それをその場にあわせて使える賢い方だと思いました。」
「なるほど。マキシミリアンさんにとってはどうでしょうか。」
知らない人に名前を呼ばれ、マキシミリアンの顔が一瞬曇った気がした。やっぱりクリスチアン氏の正体に気がついていないのだ。
「舞花は、とても努力家で寛容な心を持っていると思います。だから半年でこれだけ言葉を習得していますし、我々の文化や風習にもかなりなじんできています。今回の忘年会に関してもこつこつと準備していました。そして、とても柔軟な考え方を持っています。プロジェクトで難しい場面に遭遇した時に、斬新な打開策を出してくれました。」
「そうですか。」
クリスチアン氏は楽しそうに耳を傾けている。私としては、三者面談で褒められているような気恥ずかしさで、うつむくことしかできない。
「やはり一緒に暮らしているだけあって、よく見ているんですね。」
クリスチアン氏はマキシミリアンの答えに満足げに頷いていた。
最近バタバタしていまして、遅くなりました。今週も土曜日の更新をめざしてがんばります。




