73 前菜戦
「さっきの料理も日本の料理なのかい。」
前菜のお皿が下げられたタイミングで、フィリップ王子が私に話しかけてきた。
「ポテトサラダと唐揚げですね。日本の料理ですよ。といっても、どちらも庶民の料理です。それでも、プロの料理人の手にかかると豪華になりますね。」
私はペロッと平らげた料理のことを思い出した。私がボーモン家の料理人の前で作ったのは我が家のポテトサラダだ。荒くつぶしたジャガイモに、きゅうりと生玉ねぎを混ぜ、マヨネーズとヨーグルト、マスタードを入れて混ぜる。そして、半熟卵をトッピングして出来上がり。
それが少し固めのピュレの山には歯ごたえのよい野菜が混ざり、上にポーチドエッグが鎮座している。
「あの周りにあった肉の揚げ物は、香りだけでなく歯ごたえもよかった。」
それは周りにちりばめられていた一口サイズの唐揚げのことだろう。私が紹介したのはもっと大きなサイズだったのに、料理人たちはいつの間にか一口サイズに仕立てていた。
「あれは、ジャガイモの粉をまぶして揚げているんです。」
「ジャガイモの粉?」
不思議そうな顔をしている。まあ、王子が厨房に立つ機会などないから、片栗粉を知らなくてもしょうがない。料理人から聞いた情報を王子に伝えた。
「はい。ヴァルドールでは、スープにとろみをつけたりするのに使われるそうですよ。この揚げた肉は、日本で人気の家庭料理で、子供も大人も大好きです。お酒との相性もいいんですよ。」
「確かにワインに合う。」
王子が唐揚げを食べるというのも変な話だが、気に入ってくれたならばよかった。
「ポテトのサラダも揚げた肉もヴァルドールでも人気が出るのではないだろうか。」
日本でも人気があるのだ。こちらで人気が出てもおかしくはない。
「そうですね。居酒屋で出したら人気になると思いますよ。」
「舞花さんは、レストランの経営などに興味はないんですか。」
「経営」という聞き馴染みのない単語が出てきてビックリする。
「ないですよ。それにそんなことは出来ません。」
笑顔で対応したものの、嫌な汗が出そうになった。話がややこしい方向に向かっている気がする。助け舟を求めるためにマキシミリアンを見た。しかし、こちらの心境を察してか、さっとクレモンスの方から助け舟がきた。
「そういえば、次の料理は何かしら。舞花、それもあなたが考えたの?」
「次はね、」
失礼かもしれないが、私は思いっきりフィリップ王子の方に背を向けた。その一方で、王子に話しかける人がいた。
「先ほどのレストラン云々の話は、どういう意味なんでしょうか。」
マキシミリアンがフィリップ王子に話しかけた。声は穏やかだが、笑ってはいない。
「そのままの意味ですよ。彼女は装飾店をオープンさせて成功させています。だから、今度は料理店かなと思っただけですよ。」
フィリップ王子も穏やかな笑顔で返す。遠くから見れば、美しい男性2人が世間話をしているようだが、静かに腹の探り合いが始まっている。
「いや、あのお店は彼女個人のものではありません。召喚人プロジェクトの一環となっています。」
「わかっています。言葉のあやですよ。そんな怖い顔をしないでください。」
「怖い顔」と言われて、マキシミリアンの眉間に軽い皺が寄った。
「あ、次の料理が来ましたよ。」
気づけば会話の手綱がフィリップ王子によって握られていた。
「……」
返事をしないマキシミリアンの耳元にフィリップ王子が囁いた。
「商才があるのに残念だな。」
予想外の攻勢に、マキシミリアンの眉がぴくりと動いた。しかし、もうフィリップの関心はマキシミリアンから離れていた。
「美味しそうじゃありませんか。これを世に出さないのはもったいないな。」
フィリップ王子は皆に聞こえる声で、はしゃいだ。
「それは、どういう……」
そこにマキシミリアンが牽制をしようとしたが、舞花に話しかけるフィリップ王子の声に遮られた。
「舞花さん、これはなんですか?」
私は促されるまま、串揚げの説明を始めた。
「串揚げです。パン粉をつけて、揚げたものです。」
「すごくサクサクしていますね。あ、これは肉でなくて、人参かな。」
テーブルの他のみんなからも美味しいという感想をもらった。
「舞花さんはこういう料理をたくさん知っているのか。」
「そうですね。ただ、作り方はどれもうろ覚えですが。」
罠に注意しながら、答えを口にした。
「ならば、」
フィリップ王子が、何気ないことのように尋ねてきた。
「あなたの故郷の料理を他の人に紹介する予定はないんですか。」
「特にはありませんが……。」
「それはもったいない。まずは王宮に来て、教えていただけませんか。」
「ううん……。」
思わず言葉に詰まった。
王宮に行く。
その一言だけで、気が重くなった。
「やはり秘密なのですか。」
「そういうわけではなくて……。」
フィリップ王子の残念そうな顔がこちらを見ている。演技かもしれないが、この誘いを無下にするといいことがない気がする。でも、どう説明したらいいのだろう。
今まで王宮に行くたびに、特別なレッスンを受けたり、新しい作法を学んだりしなければならなかった。私個人としては料理を教えるのは構わない。むしろ、日本の料理を知ってもらって、こうやってアレンジしてもらえるのは楽しいし、嬉しい。でも、王宮に行くのは出来れば遠慮したい。
マキシミリアンに尋ねても厄介なことになりそうだし、アントワーヌに……。そう思って、向こう側のテーブルに視線を移すと、熱心に王に説明をしているアントワーヌがいた。
「教えるならば、王宮のシェフがここに来てくださると助かります。」
「こちらに……。」
フィリップ王子が、少し意外そうに私を見る。私は満足して頷いた。
「はい。……私が王宮で料理なんて、恐れ多くて。」
「確かに、それが一番いいでしょうね。」
すかさずマキシミリアンが口を挟んだ。
「こちらの料理人が舞花のフォローに回れますので、よりスムーズにお教えできます。」
「そうですか。」
フィリップ王子が変わらぬ笑顔で微笑んできた。
「舞花さんはすっかりボーモン家になじんでおられるんですね。」
「はい。皆さんいい方ばかりです。」
私の返事に、フィリップ王子の笑顔が若干固くなった気がするのは、見間違いだと思いたい。
次も土曜日の夜21時前に更新予定です。




