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71 想定通り

 

「案内しよう。」

 アルフォンスが、王に声をかけ、玄関ホールから、大広間とは反対の廊下へと進んでいった。


 気づけば、玄関ホールには先ほどまで行き交っていた使用人の姿がなくなっていた。アルフォンスが人払いをしたのだろう。


 いまだに貴族相手の作法も分からず、「無礼講」を持ち出したくらいだ。王の対応なんて、手に余りすぎる。もうここは王を呼んだボーモン夫妻に任せようと心に決めた。


 そして自暴自棄気味に「クリスチアン」の漢字を考え始めた。


 横を見ると、アントワーヌは何か考えているようだった。彼なりに、両親が隠れて王を招待していたことに思うことがあるのだろう。そっと声をかけた。


「どうしたんですか。」

「いや、これは良い兆候だと思って。」


 予想外の答えに、私は思わず聞き返した。


「王が日本文化に直接触れる機会ですよ。ここでしっかりその素晴らしさを堪能してもらえれば、形式的にではなく、きちんとした王の庇護が受けられる。父上もよく考えたものです。」


 王と一緒に過ごす心労よりも、日本文化の普及の方が優先というところは、実に彼らしい。アントワーヌにとっては、王すら日本文化を広めるためのツールになってしまう。


 そういえば、王とアントワーヌは同じテーブルだった。このテーブルにはジョゼットやポール、工房の人間など一般市民が多い。エレオノールにこの席順でゲストは大丈夫かと何度か確認したが、「むしろこっちの方がいいのよ」と言われていたことを思い出した。彼女にとって、アントワーヌの反応は予定通り。それでいいのかと思うが、エレオノールがいいと判断したなら、それでいいのだろう。


 そして王が気兼ねなく一般市民と触れ合えるように取り計らわれているのだろう。このテーブルのすぐ横にはアルフォンスたちの座るテーブルがあるのでフォローも完璧だ。ジョゼットやポールたちには悪いが、知らぬが仏ということで、黙っておくことにする。


 しかし、それを不満に思う人もいるのではないか。私は某短気で心配性な男性の顔を思い浮かべた。


「でも、マキシミリアンは……。」

「まあ、怒るでしょうが、さすがに皆の前では怒れないので、大丈夫でしょう。」


 きっと席順のことに気づいているアントワーヌは、先ほどよりも上機嫌な足取りで会場に向かっていた。


 大広間に入ると、すでにほとんどの人が席に着いていた。まだなのは、私とアントワーヌ、それとアルフォンスとシークレットゲストだけだった。


 私の席は、カトリーヌやクレモンス、マノン、マキシミリアン、そしてフィリップ王子と一緒だ。エレオノールは「若い人たちは水入らずでおしゃべりを楽しむといいわ」と言っていたが、完全に自分の陣地に敵を呼び込んだ形になっている。


 とはいえ、全員、分別をわきまえた人たちである。私が席に到着したときは、いい感じで歓談していた。マキシミリアンもイライラしている様子はない。ほっと一安心した。


 よし、次は乾杯だ。でも、私が王たちを待った方がいいのだろうか。そう迷って、エレオノールの方を見ると、彼女は机の上を指し、次にベルを振る仕草をした。


 机の上には小さなベルがある。普段は使用人を呼ぶためのものなのだけれど、きっと今日はこれが始まりの合図になるのだろう。私は立ち上がってベルを鳴らした。


 話し声でざわついていた会場が、急に静まった。皆がこっちを見ている。


「今日はお越しいただき、ありがとうございます。私がこの国に来て、半年が経ちました。」


 震える声を抑えながら、ゆっくりと話していく。


「その間に、みなさんと出会い、いくつも素晴らしい経験をしました。言葉も文化も異なる私を受け入れてくださったことを感謝しております。」


 私は深々とお辞儀をした。日本式のお辞儀の意味が、そのまま伝わるわけではないことは分かっている。それでも、私にとっては感謝を伝える大切な仕草だ。

 心を込めて丁寧に頭を下げ、ゆっくりと上げた。


「今日は無礼講ですので、身分を忘れて楽しんでください。」


「A Valdore !」


 グラスを掲げた。


「A Valdore !」


 そろった声が返ってきた。


 そこからは思い思いに近くの人とグラスを合わせている。エレオノールから、乾杯ではアイコンタクトが重要なのよ、と教わった。ひとまず私は両隣のクレモンスとマキシミリアンと乾杯し、フィリップ王子の方を向いた。


 ちょうど王子もこちらを向いた。あまりにまっすぐ見つめてくるので、目を逸らしたくなるのを必死に堪えながら、グラスを合わせた。すでに戦いは始まっているのか…と内心思っていたら、「舞花さん、ご招待ありがとう。光栄です。」と微笑まれてしまった。


 あまりの眩しさに、王子と私を同じ席にしたエレオノールを少し恨んだ。自分でまいた種は自分でどうにかしなさいということだろう。ここは腹をくくるしかない。


 周りの人と、グラスを掲げて乾杯をしていると、アルフォンスが男性を引き連れて大広間に入ってきた。


 多分、王だろう。

 いや、絶対王である。

 しかし、金髪の短髪は鮮やかな赤髪の長髪になっており、三つ編みで束ねてある。さらに立派なあごひげまで加わっている。そのほかの部分にも化粧が施されているものの、髪とひげの印象が強いため、他のところに目がいかない。


 でも、本当にバレないのだろうか……。

 いや、バレても困るのは王自身であって、私ではないではない。


 ……多分。


次回の更新も土曜日の21時前の予定です。70話で、王は「クリスチャン」と呼べと言っていましたが、フランス語読みすると「クリスチアン」の誤りでした。すみません。

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