70 気がつかなかった私って...
マキシミリアンだけでなく、カトリーヌたちも、忘年会にフィリップ王子を呼んだことが信じられないような顔をしていた。もちろん、ちくちくと嫌がらせをしてくるフィリップ王子は、私にとっても絶対に呼びたい人というわけではない。でも、こういう面倒な人って、きちっと根回しをしておいた方がいいとバイト先の先輩も言っていた。こういう会があったことを知って、何か文句を言われるくらいならば、呼んでしまった方がいい。まだフランス語がつたない私が面と向かった時に何ができるか分からないけれど、それでも彼を知るきっかけがあるかもしれない。外面はよさそうな人だから、正面切って会を台無しにしてくることはしないはず……。
そんなことを考えていたら、馬車が到着した。1台目の馬車は入口を通り過ぎ、正面に2台目の馬車が停まった。向こう側の従者が降りてきて、こちら側の扉に手をかけた。1台目からは従者と思われる人たちがわらわらと降りてきた。
ところが、3台目の馬車からは誰も降りてこない。変だなとは思いつつ、私はアントワーヌとお辞儀をしてフィリップ王子が降りてくるのを待った。
エスコートされ慣れたフィリップ王子は、さっと降りると、そのまま頭を下げた私たちを素通りした。あまりのことに顔を上げて振り返ると、当主であるアルフォンスと握手をしていた。隣にはエレオノールもいる。確かに王子が到着するのだから、侯爵夫妻が出迎えるべきだろう。こちらが声をかけなくても、二人がきちんと来てくれてよかったと私が安心していると、フィリップ王子のあまり穏やかでない声が聞こえた。
「彼を呼んだのは、あなたじゃないですか。」
「そうですが。」
いらだっているフィリップ王子に対して、アルフォンスは彼の反応を楽しむようにニコニコと対応している。それが王子のいらだちを逆なでしているようだ。
「どうしてこんな私的な会に。」
「いや、彼にこういう会があると話したら、興味をもったみたいでね。」
彼らの話から察するに、「彼」というのがシークレットゲストのようだ。つまり、3台目の馬車に乗っているのがその「彼」なのだろうか。つまり、私は知らぬ間に王族の方を忘年会に呼んでいたということなのだろうか。シャルル=オーギュスト、 シャルル=オーギュスト、……、いったい誰だったっけ。自分の記憶力のなさにうんざりする。アントワーヌかマキシミリアンに確認をとっておけばよかった。
「だからって。」
「それよりも、早く挨拶をすませた方がいいのではないでしょうか。後ろが詰まっていますよ。」
アルフォンスがフィリップ王子を促し、彼が私の方にやってきた。手を取られ、甲に口づけされる。その動作を見守っていたら、顔を上げた彼と目が合った。
「あなたは自分が誰を呼んだのか、分かっているのですか。」
「え?」
フィリップ王子が急に詰問するような口調でこちらにも話してきたので戸惑っていると、私をスルーして王子はまたもや後ろのアルフォンスに噛みついた。
「やっぱり、彼女に隠していたんですね。」
「隠していたとは、人聞きが悪い。彼女には名前を伝えましたよ。ただ彼女は彼の名前を知らなかったようです。まあ、来たばかりなのでご容赦ください。」
「なんと……。」
王子が絶句した。その時だった。正面に到着した3台目の馬車から従者一人、静かに降りてきた。そしてすっと馬車の扉を開けた。王子が脇へ退き、頭を下げた。王子の行動に驚きつつも、あわてて私もお辞儀をする。
「どうした、フィリップ。」
下げた頭の向こうから、最近聞いたばかりの声が聞こえてきた。この声って――。
「いいえ、父上。ボーモン侯爵とお話していただけです。」
やっぱり。私は、やっとシークレットゲストが誰なのか分かった。こんなビックなシークレットゲストがいていいのだろうか。フィリップ王子がいらだつのもしょうがない。
「アルフォンス、招待ありがとう。」
頭を上げて振り返ると、やっぱりそこにはヴァルドールの王がいた。仲良さげにアルフォンスと握手を交わしている。私は謁見の時に習った作法を必死に思い出そうと頭をフル回転させていた。すると、王がちょっとしたパニックに陥っている私の方を向いた。
「Mademoiselle Hasebe,」
王は「アズベ」ではなく、私の名字を正しく発音した。やっぱり王は違う。回らない頭を動かして、とにかく、スカートの両端を掴んで、深々とお辞儀をした。すると、目の前に手が差し出された。頭を上げると、王が微笑んでいた。
「招待ありがとう。」
フィリップ王子の年齢を考えると、自分の父と年は変わらないだろうに、若々しい。しかし、なんというかオーラ、いや威厳がある。謁見の間にいなくても、いるだけでそこが王宮になってしまう。そういう品格を持っていた。これなら、シャルル=オーギュストの「オー」は「王」にしよう。
「舞花。舞花。握手をしてください。」
お辞儀をして、頭を上げたまま私は止まっていたらしい。アントワーヌに我に返り、あわてて握手をした。
「そう畏まらなくてもいい。私がアルフォンスに頼んで参加させてもらったんだ。それに今日は『無礼講』だと聞いている。」
そこでウィンクをする。キザな仕草も板についている。というか、いくら「無礼講」とはいえ、王を想定した「無礼講」ではない。どうしたらいいのだろう。「無礼講ですから」と言って、王に向かって普通に話しかけていいわけがない。でも「恐れ多いです」と畏まれば、せっかく王が気を遣ってくれた意味がなくなる。無礼講の曖昧さに改めて気がついた。
「大丈夫。君の会を壊したいわけじゃない。この後、変装をするから、ここにいる君たちさえ普通にふるまってくれれば、皆気づかないよ。あと、私のことは『クリスチアン』と呼んでくれ、マイカ。」
こんなにオーラがあって、顔も割れている人が、変装ぐらいで皆をだませるのか疑わしいところだったが、2回目のウィンクに私は頷くことしかできなかった。
来週土曜日に更新予定です




