63 秘密のお願い
クリスマスイブは王の謁見だけでは終わらなかった。むしろ始まってもいなかった。
ボーモン家の屋敷に戻ると、ドレスを脱ぎ、普段のワンピースに着替えた。私はこのあと、どんな顔をしてマキシミリアンに会えばいいのだろう。思い出すとどうしても笑ってしまう。あんな偉そうな態度をしておいて、人一倍心配性なんて、面白すぎる。
鏡を見て、にやにやしている顔を引き締め直し、昼食へと向かった。
昼食の話題の中心は、やはり王の謁見のことだった。といっても、私についてではない。私が色々と王と話している裏で、三人は王族や貴族たちと視線でやりあい、小声で短い言葉を交わしていたらしい。きらびやかに見えて、実は殺伐とした恐ろしい世界だ。
彼らの話は、知らない名前がたくさん飛び交っていた。やはり派閥争いとかがあるのだろう。第三王子が私に近づく理由もなんとなく想像できた。
途中、謁見に立ち会っていないエレオノールから感想を聞かれたので、王妃が献上した髪飾りをつけてくれていたこと、パフェを所望していたことを話した。
「この前、マリー=フランソワーズと話した時に、うちで食べたパフェの話をしたのよ。」
パフェの流出源が判明した。アルフォンスではなかったようだ。やはり侯爵夫妻となると、王や王妃との親交も深いのだろう。もしかしたら、その場に王もアルフォンスもいたのかもしれない。
「今度、うちの料理人から王宮の料理人へレシピを伝えてもいいかしら。」
「もちろんです。その方が私も助かります。ありがとうございます。」
国王に献上するパフェとか何をのせていいのか分からないので、プロ同士で情報交換をしてくれるのは本当に有難い。少し心に引っかかっていたパフェの一件に決着がついて、ひと安心した。
昼食を食べると、屋敷のなかは礼拝と晩餐会の準備へと移っていった。
エレオノールたちが晩餐会の準備を始めるなかで、私は自室に戻り、忘年会の仕込みを始めた。今日進めたいのは、ビンゴの準備だ。プレゼント用に用意された箱をひとつ分けてもらい、腕を入れるために、ナイフで丸く切り抜き、自分の手を入れてみる。しかし、思ったよりも穴が狭い。なので、もう一回り大きく切り直し、出し入れした時に怪我をしないよう、縁をテープで補強した。そして今度は、紙を小さく切り分け、75までの数字を書いていく。52まで書いたところで、誰かが扉を叩いた。
「すみません。水の漢字は3画ですか?4画ですか?」
そこに、アントワーヌが漢字の質問をしにやってきたので、せっかく来たのだからと、この後のビンゴカードの作成を手伝ってもらうことにした。厚紙を25マスにわけて、数字を書いていく。アントワーヌは手を動かしながらも、漢字に関する質問が止まらない。
日が傾いてくると、ジョゼットがドレスを抱えてやってきた。礼拝では王の謁見のために着ていたドレスとは違うドレスを着る。ジョゼットに髪も結い直してもらう。一日に二回もドレスを替えるなんて、無駄に思えてしまうが、それがこちらの常識らしい。恥をかくのは自分だけではないので、ここは大人しく従った。
そして準備が整うと、夜のクリスマス礼拝へと向かった。今回はエレオノールもいるので、馬車は二台に分けられた。いつものようにマキシミリアンとアントワーヌと一緒だと思っていたら、エレオノールに呼ばれ、エレオノールとアルフォンスの馬車に乗り込むことになった。
まず、エレオノールが車内で礼拝の説明をしてくれた。私は相槌を打ちながら、なぜこちらの馬車に呼ばれたのかを考えていた。
「何か質問あるかしら?」
礼拝の説明が一段落すると、エレオノールがこちらを見た。
「はい。どうして、私はこちらの馬車に呼ばれたのですか?」
多分、期待されている質問とは違うだろう。でも気になって仕方がなかった。エレオノールがこういうことで怒らないということは知っている。
「それはね、お願いしたいことがあったのよ。」
そう言って、エレオノールはアルフォンスの方を見た。視線で会話を交わす夫婦の姿は、何かを企む悪役侯爵夫妻に見えなくもない。悪い予感がする……。
「実は、忘年会にお招きしたい人がいるの。」
最近、規模の大きな話ばかり聞いていたせいか、あまりに普通のお願いで拍子抜けしてしまった。
「どなたですか。」
「それが、ね。サプライズゲストってことには出来ないかしら。」
「サプライズ?」
「そう。秘密のゲストよ。」
サプライズになるということは、会場の大半が知っている人なのだろうか。つまり、それなりに偉い人?でも、私の知り合いではないのだろう。だって、私の知り合いはすべて招待リストに入れてしまっているから。しかし、「無礼講」のことがあるから、なんとなく乗り気はしない。
「大丈夫ですけど......。」
「大丈夫、会の趣旨はすでに説明してありますし、責任もこちらで持ちますから安心して。」
さすがにエレオノールだ。私の不安なんてお見通しだった。
「分かりました。一名でいいでしょうか。」
「そうね。」
エレオノールがアルフォンスを見ると、彼は頷いた。
「一名でいいわ。」
「別に二、三人増えても構いませんが。」
「いいえ。こちらが大変になるだけだから、大丈夫よ。」
少しひっかかりのある言い回しだったが、私の理解違いかもしれない。とりあえず、これ以上深追いしないことにした。
「座席表の名前はどうしましょうか。」
またエレオノールがアルフォンスと視線を交わした。
「......ひとまず、CAとしておいてくれるかしら。」
「イニシャルですか?」
「そんなものね。」
「分かりました。」
どうしてここで私はあっさりと引き受けてしまったのだろう――
ゲストが現れた瞬間に後悔することを、この時の私はまだ知らない。
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