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61 紅い絨毯の間

 

 ホワイトクリスマスなんて生まれて初めて!


 うっすらと降り積もった雪に少し浮き立ちながら、舞花は王宮に向かう馬車に乗り込んだ。隣にアントワーヌ、向かいにはマキシミリアン、斜向かいにはアルフォンスが乗っている。静かに馬車が動き出した。


 流石に侯爵家の馬車だけあって中は広々としており、脚がぶつかることはないが、マキシミリアンとアルフォンスがこの至近距離で並んでいると、妙に威圧感があり、まともに前を向けずにいた。


 だが、外を眺めようにも、馬車の中の熱気で窓が曇っており、何も見ることができない。しかたなく、下を見続けていた。


 そんな私の様子を見て、マキシミリアンにしては珍しい、穏やかな口調で話しかけてきた。


「Maïka, ça va ? Vous êtes nerveuse ?」


 緊張していないかと言われたら、もちろん緊張はしている。でも、王といわれても、ヴァルドールで一番偉い人以外の情報がない私にとっては、彼に会えるという興奮はなく、失礼なことをしでかさないかという不安の方が大きい。


 多少フランス語でミスしても大丈夫と言われても、これまでの失敗のことを考えると、本当に大丈夫なのかと疑いたくなる。


「Ça va......」


 精一杯の作り笑顔で答えた。


「Si vous ne savez plus quoi dire, regardez-nous. On s’en occupera.」

(もし謁見で答えに困ることがあったら、こちらを見なさい。こちらでどうにかする。)


「失礼のないように」から始まる人なのに、最近おかしい。何かあったんだろうか。第三王子を忘年会に招待したことも、何か言われると思って身構えていた。王子の手紙を破った人だ。招待は言語道断だと怒鳴られるか、招待状を握りつぶすと思っていたら、お咎めなしな上に、あっさり第三王子からの返事が届いた。今もそうだ。にらまれるどころか、気遣いの言葉がかけられた。しかも、声色も表情もいつもよりも幾分柔らかだった。謁見の緊張以上に、あなたのその優しさの方が不気味です、なんて口が裂けても言えなかった。


「Merci beaucoup.」


 そこでまた会話が途切れてしまった。しかし、街の賑わいが聞こえてくるため、気にはならなかった。私は、再び下を向くことなく、曇ったガラスに色とりどり飾りがぼんやりと映るのを眺めていた。


 少し喧騒が納まり、赤い旗が規則正しく並ぶ通りに出た。その通りを進むと、馬車が静かに止まった。





 いつも馬車から遠目で見ていた王宮は、近づいてみると、意外なほど落ち着いていた。かつて訪れたヴェルサイユ宮殿の金色で過剰なほどに装飾を施された豪奢さとは違う、白と紺を基調とした外観は、華美さではなく、荘厳さを体現していた。


 王宮の入口へと続く道の両脇には背の低いもみの木が植えられており、飾りつけがクリスマスの特別感を演出していた。


 さらに吹き抜けになっているエントランスホールに足を踏み入れると、赤を基調に飾り付けられた大きなクリスマスツリー、積み上げられたプレゼントの箱、イエスキリストの誕生を再現した人形などが飾られており、祝祭特有の高揚感に満ち満ちていた。


 そのまま、私たちは待合室に通され、十数分待つと、すぐに王の待つ玉座の間に通された。





 扉が開くと、その場にいた人々が一斉にこちらを向いた。どうやら王と私たちだけというわけではないらしい。私たちが入ってから、こしょこしょと話す声があちらこちらから聞こえる。何を話しているかまでは聞き取れないが、イメージしていた厳粛なる謁見とはほど遠く、皆好奇の目を隠そうとしていなかった。


 その静かな喧騒の中をゆっくりと進んでいく。足元にひかれた紅いカーペットは、毛足が長くふかふかしており、こちらは予想以上に心地よかった。


 奥には王が玉座におり、一段下がったところには王妃が座り、そして王子たちが両脇に立っている。


 案内人が所定の位置で跪くのにあわせて、私たちも止まり、礼を取った。


「召喚人 メカ・アズブ様をお連れしました。」


 案内人がよく通る声で告げると、さっきまでの噂話がピタリと止んだ。


 メカ・アズブ。

 またそう呼ばれてしまった。もう驚きもしないが、公式な場なのだから、きちんと発音してほしかったな。そんなことを舞花は思いながら、お辞儀の姿勢を崩さず、ゆっくりと顔を上げた。


 すると、アルフォンスと同じ年頃の穏やかな表情を浮かべた男性の顔があった。この王宮に似つかわしい、落ち着きのある為政者だった。フィリップ王子も歳を重ねたら、こんな雰囲気を纏うようになるのだろうか……。


 視線がしっかりと上がりきると、ばっちり目があった。その機会を逃さず、練習してきた口上を述べた。


「ヴァルドール王国陛下に謁見を賜り、光栄に存じます。異世界の東国、日本より参りました、長谷部舞花と申します。本日はお招き頂き感謝申し上げます。」


「舞花殿、楽にしてくれ。ヴァルドールによく来て下さった。」


 王は「舞花」と正しく発音した。それだけで、彼が自分にきちんと関心を払ってくれていることが伝わってきて、王の評価が一気に高まる。


「貴殿の活躍は、私たちの耳まで届いておる。」


 そう言って、王は王妃の方を見た。それに従って彼女を見ると、贈答品として献上したつまみ細工の髪飾りが、彼女の髪を彩っていた。


 嬉しい。お礼が言いたい。そう思って、マキシミリアンの方を見た。すると、彼は私の言いたいことが伝わったようで、小さく頷いた。


「Je suis heureuse que vous portez notre ornement. (髪飾りをつけて頂き、とても嬉しいです)」


 王と王妃が頷いた。


 その後は、想定内の質問ばかりだったので、大きなミスもなく話が進んでいる。


「貴殿から見て、ヴァルドールはどう見える?」


 この質問は――。数ヶ月前にマキシミリアンに尋ねられて、全く答えられなかったことを思い出す。


「Au début, comme je ne comprends pas bien la langue, j’étais inquiète. Mais maintenant, je suis contente d’être ici, parce que les gens essaient d’accueillir ma culture, même si elle est très différente. Vous êtes curieux et vous donnez beaucoup d’importance à la culture et aux connaissances. 」

(最初は言葉がよく分からなかったので、不安でした。でも今はここにいて嬉しいです。私の文化は大きく異なるものなのに、受け入れようとしてくれます。皆さんは好奇心が強く、文化や知識をとても大切にしていると思っています)


「そうか。」


 王は満足げに頷いているが、周りは少しざわついた。聞き取れなくとも、すべてが賞賛の響きを持っていないことは分かる。しかし、その批判の色は入室した時に比べると明らかに薄くなっていた。


「舞花殿。貴殿はフランス語が分からないと聞いていたが、だいぶ話せるじゃないか。」


 王はアルフォンスに目を向け、そして再び舞花の方を向きなおした。笑みは消え、目に力が入っている。再び場に静寂が戻った。


「知らない世界で、知らない人たちに囲まれ、思うように意思疎通が出来なかった苦心は想像に難い。

 しかし、貴殿こそ言葉そして文化を学び、受け入れた。その努力は賞賛に値する。」


 賞賛なのだろう。国王が手で私を指し示した。自然とそれを受けるような形でお辞儀をした。


「さらに、この短い期間でヴァルドールに新しい風を吹かせている。」


 お辞儀の上からさらにお褒めの言葉がかけられる。頭を上げると、まだ王はこちらを見ていた。


「今後も、ぜひ我々に力を貸してほしい。そして――」


「いつか、王宮の料理人にも『パフェ』を教えてくれないか。」


 思わず小さくふき出してしまった。なぜ王がパフェを知っているのか。いや、それは問題ではない。私はマキシミリアンの方を見た。彼は、アルフォンスを見ていた。


「......もちろんです。」


 戸惑いながらも、ひとまず笑顔で答えた。それにしても、アルフォンスがパフェのことを王に話していることが意外だった。というか、王と侯爵の会話にパフェとか、笑うしかない。そして、そのパフェをこの公式の場で私に頼む王。場を和ませるためだとしたら大成功だ。むしろ、効果がありすぎて失敗かもしれない。私は歯を食いしばって笑うのを我慢した。


「楽しみですね。」


 王妃はにっこりと笑った。すると、玉座の間にまた小さな喧騒が広がった。



火曜日・木曜日・土曜日の21時前に更新しています。

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