60 止める所以
「入れ。」
「失礼します。」
マキシミリアンがアルフォンスの執務室の扉を開けると、すでに先客がいた。
「ちょうどよかった、マキシミリアン。あなたにも一応共有しておこうと思って。」
マキシミリアンは一瞬クラっとしたが、両親の手前、何事もなかったように繕った。
すでに遅かった。舞花に負けた。
「舞花から、忘年会に第三王子を呼びたいと提案されてね、アルフォンスとも相談して、了承したところよ。」
先ほどアントワーヌに聞いたことが、決定事項として繰り返される。
「父上。先日、舞花を守ると言ったばかりじゃないですか。」
マキシミリアンの矛先が奥に座るアルフォンスに向けられた。
「しかし、今回提案をしたのは舞花だ。その裏に第三王子の影はない。しかも、感謝のために呼びたいという。実に愉快じゃないか。誰がそんなことを予想できよう。」
「本当に、舞花には驚かされてばかりね。」
アルフォンスもエレオノールも楽しそうに笑っていた。 その笑いがマキシミリアンの焦燥感を煽っていた。
「楽しまないでください。彼女は第三王子の狡猾さを分かっていません。」
「もちろん、放っておくというわけではない。忘年会の間、第三王子と彼女が接触する際は、お前が盾とならなければならない。」
「もちろんです。」
マキシミリアンの応える声に少し力が入った。
「しかし、その狡猾さを理解した上で呼びたいと言うのだ。止める所以がない。お前にもだ。」
「まずは、落ち着きなさい。」
ここに来るまでは第三王子の招待を止めるつもりだったのだが、見事に言いだす前に釘を刺されてしまった。その上、この歳になって態度まで注意されるとは。その結果、そのまま退出せざるを得なくなってしまった。
マキシミリアンは自分の執務室に戻らずに、アントワーヌの部屋に向かった。アントワーヌは自分の机に向かっていた。
「どうして、私に知らせなかった。」
「いや、知らせたじゃないですか。」
アントワーヌは振り返ることなく答えた。手は漢字を書き続けていた。
「しかし、全てが終わったタイミングでだ。」
「こうなるからですよ。」
アントワーヌは嫌そうな顔をして、振り返った。
「日中にこうなって、私の学習時間を潰されてはたまらない。今、やっとカンジの講義が始められたところなんです。」
その冷たい言い方がマキシミリアンの癪に障った。
「お前は、舞花の安全よりも自分の学習の方が大切だというのか。」
「その比較は間違っています。安全の判断に関しては母上たちに判断を仰ぎました。そして、父上と母上は危険があると判断しなかった。」
アントワーヌも声が大きくなってきた。
「私は、あなたの個人的な事情よりも、私のカンジ学習を優先させたんです。」
「第三王子のことは、個人的な事情ではない。」
「私にとっても、これは仕事です。邪魔しないでもらいたい。」
ふたりとも黙っていた。兄弟での言い争いなんていつぶりだろうか。舞花が来る前なら考えられない光景だった。最低限しか会話もしなかった兄弟が、今ではお互いに感情のままに声を荒げるなんてことがあるなんて。
「……お前は何も思わないのか。」
先に口を開いたのはマキシミリアンだった。
「第三王子はキツネだぞ。」
アントワーヌは大きくため息をついて、マキシミリアンに背を向け、窓の外を見つめた。
「分かっています。でも、舞花にその狡猾さが通用するとは限りません。そして今回の招待も、彼の計算からは大きく外れたものです。」
「だから何をするかが分からない。」
アントワーヌは視線を上げ、窓ガラスに映ったマキシミリアンを見ると、ガラス越しに目が合った。
「それは、第三王子にとっての舞花も同じです。」
アントワーヌは自分の万年筆にインクをつけて、漢字をゆっくりと書き始めた。
「確かに彼女の行動は読めないが、それは誰かを害するものではない。むしろそれを悪用される可能性だってある。」
彼は再び手を止め、ガラスに映るマキシミリアンを見た。
「しかしそれは可能性です。」
アントワーヌは静かに筆を置き、もう一度マキシミリアンの方を振り返った。
「彼女は子どもではありません。彼女も第三王子がどんな人だか分かったうえで呼ぼうとしています。一度、彼女の判断に任せてみてもいいのではないですか。」
そして、彼は再び万年筆を手に取り、また漢字を書き始めた。
翌日、フィリップは舞花から送られてきた招待状を読んでいた。
「プライベートな夜会への招待状、だと。」
手紙をもう一度読み直し、フィリップは部屋のすみに待機していた側近に話しかけた。
「彼女のねらいは何だと思う。」
「あなた様との関係を結びたいのではないでしょうか。」
フィリップは少し考えて答えた。
「いや、違うな。関係を築きたいならば、彼女はもっと別のやり方をするだろう。」
再び、手紙に視線を落とした。
「彼女は私との関係なんてどうでもいいと思っている。だから、こうやって招待状を送ってきた。」
解せない答えなのだろう。従者は何も答えなかった。
「この時期は忙しいのだがな...… 参加するとしよう。」
そして、新しいレターセットを取り出しながら、フィリップはマノンの工房で舞花と会った時のことを思い出していた。あの時は、あと一歩で上手くいきそうだったところで、何に勘づいたのか返事を保留された。その時から、彼のねらいはことごとく潰されていた。しかも、他ではない舞花自身によって。その彼女から、利害を感じさせない、ごく個人的なお誘い。
彼女は何を考えているのだろう――。
返事を書きながら、フィリップの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
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