59 お礼を言いたい人
「まさかその『無礼講』をやるつもりではないだろうな?」
マキシミリアンは渋い顔で舞花に尋ねた。
アントワーヌと話し合った日の夕食の席で、エレオノールから忘年会の許可が降りたことが告げられた。そして、早急に招待客のリストを出し、招待状を出すようにとアルフォンスに告げられた。
そして、忘年会の内容の話になった。
日本では、職場や部活仲間、友人同士で集まって忘年会をすること。そしてそこでは「無礼講」になることを教えた。アントワーヌに説明した後なので、私が説明しきれない部分は彼が補ってくれる。
立場を大切にするマキシミリアンは「無礼講」の説明を聞いてから眉間に皺が寄っていた。
「まさかその『無礼講』をやるつもりではないだろうな?」
「……やるつもりです。」
私の声は思った以上に小さかった。公的なイベントならまだしも、忘年会は私が主催のプライベートなイベントだ。だから、ここは譲りたくない。
「私は、この世界にきてお世話になった人を身分差によって、もてなせないのは嫌です。」
膝の上に置いた手をギュッと握った。
「私にとってはあなたたちと同じように、ジョゼットたちにも感謝しています。この世界では、貴族と一般市民は分けなければいけないのかもしれません。私の世界では、社会的にはみな平等です。しかし、立場の違いはありました。でも、こういう場では立場にこだわらないことで、関係を深めていたんです。安心してください。私は身分社会に反対しているわけではありません。革命を起こしたいわけでもありません。その忘年会の間だけ、少しその境界をゆるめたいだけなんです。」
言い終わり、深呼吸をする。こんなにフランス語で長々と話したのは初めてかもしれない。よくこんなに言葉が出てきたものだ。いつも文法を考えながら話しているため、しどろもどろになってしまう。でも、今は伝えたい気持ちが大きくて、そんなことは考えてもいなかった。
「Bravo, Maïka.」
軽く拍手をしながらアルフォンスが言った。
「Eh bien, Maïka. je vois que vous êtes désormais capable d’exprimer vos idées en français.」
(ほう、舞花、もう十分フランス語で考えを伝えられるようになったな)
「この調子なら、来週の謁見も問題なさそうだな。」
アルフォンスが柔らかな笑みを舞花に向けた。マキシミリアン同様に表情が読みにくい彼に、笑顔を見せられたのは初めてだった。しかし、その笑顔の意味がわかったのは、この後だった。
「Alors, Maximilien. Sur ce point, Maïka a raison.」
(さて、マキシミリアン。舞花の主張は正しい)
マキシミリアンに向けられた顔からは笑顔がスッと消えた。
「確かに身分はわきまえるべきだ。しかし、今回は舞花のプライベートなソワレだ。彼女の流儀に従っても問題はない。むしろ、そこから得られるものもあるかもしれない。」
アントワーヌも隣で頷いていた。
「舞花、これは君にとっては当たり前のことかもしれないが、我々にとっては革命的なことだ。だから、招待状には『無礼講』であることを説明し、それに了承するなら参加してほしいという旨を添えてほしい。」
「分かりました。」
「それでいいな、マキシミリアン。」
「分かりました。」
すでに眉間の皺は消え、いつもの真顔に戻っていた。
「何かあったら、相談してほしい。」
マキシミリアンは舞花とアントワーヌを見た。
「Merci.」
舞花はそう言ったものの、この後の相談相手を変える気はなかった。
「エレオノール、相談したいことがあります。夕食の後、少しいいでしょうか?」
「分かりました。では、またお茶を飲みながらでいいかしら?」
「はい。」
その夜、珍しくマキシミリアンの執務室の扉をアントワーヌが叩いた。
「どうした。」
「忘年会のことで相談があります。」
「聞こう。」
「実は、今日舞花から忘年会に第三王子を呼べないかの打診がありました。」
マキシミリアンは思わず立ち上がった。
「どういうことだそれは。くそ、意味がわからない。」
天を仰いでいたマキシミリアンだったが、説明を求めるように、身を乗り出しながらアントワーヌを睨んだ。しかし、それに慣れているアントワーヌは、怯むことなく、淡々と事実を報告し始めた。
「舞花曰く、贈答品リスト入りも手作りキットの件も、もとはといえば、第三王子の働きかけがあったからだと。だからお礼も込めて招待したいが、失礼に当たらないかということでした。」
下を向いたマキシミリアンの動きが止まった。
「ふふふ。」
不気味な笑いが響いた。
「全く意味がわからない。舞花は理解しているのか?彼女が奴の思惑を全て潰したことを。」
「はい。」
「それで、感謝だと。皮肉なのか。」
珍しくマキシミリアンはまだ笑っていた。
「そうかと思って、確かめましたが、違うようです。」
「分からなすぎて、さらに笑えるな。これは彼女が日本人だからなのだろうか。」
「分かりません。しかし、彼女は可能ならば呼びたいみたいです。夕食後の相談というのもそのことです。」
「Merde!(くそっ!)」
さっきまで笑っていたとは思えないほど、深刻な顔つきになり、マキシミリアンはアントワーヌを残したまま、足早に自分の執務室を後にした。
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