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58 アントワーヌの考察 カンジ編➀


カンジは数百あると覚悟していた。


しかし、多分この予測は大きく外れているということが、カンジ学習の初日から判明した。まず、舞花に「まずはこれから始めましょう」と渡されたカンジ一覧。ここには100個のカンジが書き連ねられている。


100個。

アルファベットの約四倍。

ひらがなの二倍。


舞花曰く、日本ではこれを小学校の一年目、つまり6歳で習得するらしい。



しかも、それは終わりではない。むしろ、始まりに過ぎない。



次年度からは学習対象のカンジの数が跳ね上がり、二倍程度になる。日本は小学校が6年ということなので、単純に計算すれば6年間で1100字。


それで終わりかといえば、そうではない。中学校、高校に行ってもなお、新しいカンジが出てくるという。そして学校で習わないカンジも多く存在する。



完成しない、

いや完成することができない文字学習。

日本人はいつ言語を「習得した」と思うのだろうか――。



フランスで知識人であるための前提は

言語を正しく理解し、正しく操作すること。


その前提を、カンジは真っ向から否定してくる。

言語習得に完成などありはしないと。

こちらがそれを受け入れざるを得ないほどの圧倒的な文字の数量を携えながら。



しかし、その数量に圧倒されることなく、日本人はほぼ全員が読み書きが可能だという。


義務教育で全員学校に行っているから、と舞花は説明しているが、それは説明になっていない。ならば、同じく義務教育を行っているヴァルドールで再現できないのは、どういうことだろうか。


我が国だって、他国と比べると識字率が高い。しかし、やはり貧民層の識字率は高いとはいえない。


ならば、舞花から日本の教授方法自体も学んでいかなければならない。



そう考えた矢先、カンジ学習の初日から、その片鱗が見られた。


「次の日に漢字テストをします」


人がテストをすると言ったときは、不貞腐れたような表情をしていたのに、自分が教師役になった途端にそれを忘れて、テストを出してくる。


そしてミスした問題は、その場で10回書かせ、翌日のテストに出題される。


これが毎授業。私なんかよりもよっぽど多い。それを当たり前のように課してくる。


舞花には自覚がなさそうだが、結構なスパルタ式だ。やっぱりこのくらいしないと、その量を消化するのは不可能だろう。思わず納得してしまった。




とはいえ、学習するカンジは毎日3つずつ。


1日目は「山」「川」「木」だった。


そこで私は、興奮のあまり両手で顔を覆ってしまった。


「山」

これは山だ。

三つの高い峰が連なっている。


そして「川」に「木」。

流れる川に大きく根をはる大樹。


カンジとは、古代人が世界を写しとった痕跡なのだ。

彼らは山を見て山を書き、川を見て川を書いた。

つまり、これは象形文字だ。


でもそうなると、前に見た犬や牛といったカンジは説明ができない。そして、たった三字で断定することもできない。私は夢中になって、この三字を書いていた。



そして翌日。

テストは問題なく合格し、新しい三つのカンジが書かれた。

「林」「森」「花」。


私はまた震えていた。


木を増やして密集度を表現している。

つまり、この木はもう木ではない。

記号だ。


象形文字だった「木」が記号化しつつある。もしかしたら、構成部の象形文字を組み合わせることによって、そのものを表すカンジになっているのではないだろうか。


では、「花」は何だ。

私は考えた――。

上部は花弁。

下部は根と葉。いや、根と茎だろうか。


そして舞花に仮説の確認をしてみる。

「これは何を表しているんですか。」

私は、花びらに当たる花の上部を指さして、尋ねた。

「草かんむり、ですね。」

「草かんむりとは何ですか。」

「部首です。」

「部首とは何ですか?」

「うーん......。漢字の意味に関係するパーツ...ですかね。草かんむりは植物に関係する漢字によくついています。こんな感じです。」


そして、舞花はいくつかのカンジを書いた。

「草、葉、菊」


「では、この草かんむり単体は何というカンジですか。」

「そんな漢字はありません。」


存在しない――。

つまり、この草かんむりは初めから記号なのか。


「では、木や林には草かんむりがつかないのですか。」

「そうですね。植物だからといって、必ずつくわけではありませんよ。それに木へんというのもあります。」


木へん。

これが記号化した木の名称だった。


「花の上は草かんむりですよね。では、下は何なんですか。」

「これは化学の「化」ですね。」


まったく予想もつかぬ方向からの答えに唖然としてしまった。


化学と花の接点とは......。


変化すること?


つぼみがふくらみ、花が開き、枯れる。

その花の変化する様を表しているというのか。

花の表層をなぞるのではなく、その変化に本質を見たというのか。


山や川が世界の写し取りなら、 花は世界の理解そのものだ。

美しい。

そして、深い。


それにしても、化学という文字を作ってから、花という文字を作ったということなのだろうか。


舞花が書いてくれた他の草かんむりのカンジについても尋ねてみる。

「草は草かんむりに早いです。菊は、草かんむりに…米と、何でしょうかね。名前があるかもしれませんが、知りません。」


早い?米? 

接点が全く見いだせない......。


そこで、舞花に私の「花」の理解について確認をとった。


「……違います。」

舞花が申し訳なさそうに言った。

「これは意味じゃなくて、音なんです。」

音。

私は顔を上げた。

「音?」

「はい。草かんむりが意味を表していて、化は「カ」という読み方を表しているんです。」


待ってくれ。


花の意味は「草」?

意味と音を表す部分がある?

「花」に「カ」という読み方?


いくつもの疑問が頭に浮かんでくる。


その時、ドアをノックしてジョゼットが入ってきた。

「夕食の時間です。」


「分かりました。では、アントワーヌ。ここまでにしましょう。」

そう言って、舞花は部屋から出ていってしまった。



取り残された私は大きく混乱していた。

追加された情報が多くのものを含みすぎている。


そもそもカンジは象形文字ではなかったのか――。

音と意味の組み合わせとはどういうことなのだろうか。

そして、花のカンジの音が「ハナ」ではなく「カ」なのは、どういうことなのだろうか。



夕食など食べている場合ではない。

なぜ彼女はあんなにのんきなのか。



カンジは数だけではない。

何か、私たちは知らない未知の体系によって成り立っている。


では、なぜその体系を教えるところから始めないのだろうか。

ひとつひとつの具体を教えるよりも、体系から教えていったほうが理解が進むはずだ。

舞花だってそれを好むタイプなはずだ。



――もしかすると、明確な体系がない......。



今までの舞花の発言や教え方を考えれば、

可能性はなきにしも非ず――。


もし日本人が、この巨大な体系を理解せず、

ただ一文字ずつ積み上げているだけなのだとしたら。


完成のない言語を、

終わりのない学習を、

幼い頃から当然のものとして受け入れているのだとしたら。


その道を十何年歩んできた舞花。


彼女には、いったいどんな風景が見えているのだろうか。



「特に何も」というあっけらかんと言い放つ舞花の顔が浮かんできた。

そんなことはないはずだ。



恐ろしい可能性から目を逸らすために、私はこの漢字一覧の漢字を順に書き写し始めた。


火曜日・木曜日・土曜日の21時前に更新しています。

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